2012……掃除機はしゃべらない
出て行ってよ。
将来を誓い合った新を追い出して、仕事も辞めて。
部屋の隅で小さく膝を抱えてうわ言を呟く。
明日は職を探しに行こう。明日は何かしようとかすら考えずに。
夜中に電気をつけたまま朝が来て昼が来て、飢えれば冷蔵庫を漁り、
煙草を吸って力尽きて床で眠る。
なにやっているんだろうな。
適当にモノを投げて部屋の中のものを壊す。握ったものが珈琲メーカーのサーバーだと気がついた。
適当にサーバーに珈琲豆を入れ、お湯を落とす。
戯れに包丁を手首に近づけてみて苦笑いした。ばからしい。
「そうだな。自傷行為は精神も肉体も傷つける。辞めておいたほうがいいぞ」???
新の声に似ているが、アイツはこんなきつめの言葉は吐かない。もっと優しくて。否。甘い。
「ここだここ。澄香。お前は片付けが得意だったが昨今はそうでもないな。ゴキブリの澄香。ゴミの澄香」?? この部屋には私しかいない。
最近ニュースでみた部屋の中に住むストーカーだろうか。
まさか新のヤツがストーカーになっているとか。ヤツは鍵を持っているし。
「ばか。忙しい合間を縫って家にも帰らずお前に食事を届けてくれる元恋人がそんな事をすると思うか」
まさか。まさか。
「澄香。貴様は十年近く珈琲を飲んでいて珈琲の淹れ方すら知らぬのか。
サーバーは完成した珈琲が入るところだ、豆はそちらのドリッパーに入れるのだ。あとちゃんと煎らないと駄目だ」
ゴミに埋もれた中からその『声』は聴こえる。
私は着て投げた服を。下着を。ゴミを。散らかって壊れたお皿を取り除いて。『痛ッ 』
「戯れでも自傷行為をする人間は傷ついても感性が死んでいるものだがな」……。
そ……。そ……。
「掃除機が喋っておかしいか? 」おかしいに決まっているでしょ?!
そんな流暢に喋る機能なんてアンタにあるわけ無いじゃないッ?!
「お前が求めるから喋っただけだが? 」いやいやいやっ?!!
考えれば、あの時から私の新しい人生は始まったのだと思う。
私の名前は紺野澄香。口の悪い知り合いはゴミの澄香とか呼ぶ。




