ちょっとな……おいしいアイスコーヒーの淹れ方
しゅわ~。ぽと。ぽと。
コーヒーメーカーから盛大な湯気。無理もない。その下には大量の氷。
サーバーに大量に入れた氷はドリップされた湯気とコーヒーの黄金の輝きを受け止めて香りを封じ込める。
濃い目にドリップしたコーヒーの液を、直接サーバーに大量に投入した氷で受け止めると香りを損じない。
これで美味しいアイスコーヒーになる。
「このクソ寒いのにアイスコーヒーか」
足元でふよふよと尻尾を振る掃除機に苦笑い。
だってそういうときこそオコタでアイスがいいのよ。
「アイスとアイスコーヒーとガムシロップか。
前も述べたが唾液を伴わない砂糖は」
あんたの自説でしょ。それ。根拠ゼロだから。
コアラさんの袖つき毛布を身に纏ったままコタツに入る。
うう。あったかーい!
タブレットを起動。
アプリケーションのインターネットラジオで音楽を聞きながら、青空文庫で本を読む。あっは。我輩は猫である。名はないか。
「我輩は掃除機である。名前はまだない」つけてあげようか?
「不要だ。というか掃除機に名前をつけるな。私は商品であり消耗品だ」みゅ?
「あと、私は餅を食べても踊らないからな。普通に壊れるからやめてくれ」あはは。
アイスクリームを口に運ぶ。
冷たい味わいを楽しみ、口中で解けた甘みにコーヒーの冷たさと香りとほのかな苦味が加わる。
うふふ。うふふ。
就職できたど~~~~~~!
「もう今日だけでその台詞を二十回聞いたぞ……」
ふわふわと私の周りを祝福するように回る彼に微笑む。
ねね。知ってる? すっごく美味しいお茶の淹れ方を新が教えてくれたの。
コレをやればイチコロってくらい美味しくなるのよ。
「掃除機は茶を飲まない。故障する」ぶう。
ふよふよ動く彼は充電装置の前に。つまんない。
「バイトの高校生が澄香に色々教えてくれる話か」うんッ 頼りになるし超可愛い子ッ
「年下好きだからな。お前は」うっさい。
うしし。このあいだ手が触れ合ったの。
「ぶつかっただけだろう」うっさい。
お茶を淹れるのは得意なのだ。もともと事務だしな。
「雑巾の絞り汁を淹れるのもな」ぶはっ!? あのときのセンセごめんなさいッ
だって新を苛めるんだもん。昔の新は可愛かったんだ。
まさか高校を出てからあんなに背が伸びるなんて。反則だろ。
「そういう男もいる」こっちは中学以来ほとんど背が伸びなかったのに。くっそ。
「誤解している男、稀に女もいるが。人間の女性は中学二年生くらいで背丈の成長はほぼ止まる」むう。
あ。そうそう。「ん? 」
さっきの話だけどさ、聞きたい? 聞きたいでしょ? 最高に美味しいお茶の淹れ方ッ
「……『聞け』と言っているではないか。何度も何度も言うが、一方的に話したいことを喋るな。
いい加減オトナの女なんだから、年下が憧れる女を目指せ。どうみてもコドモだ」うみゅ……。
脚をぽかぽか温めるコタツとヒーターつきの袖つき毛布。
アイスコーヒーの香りと苦味が心地よい。
もう一回、新以外の男の子を好きになってもいいかなぁ。
あの優しい腕は甘い牢獄だから。
充電装置に陣取る掃除機は何も言わない。
あのさぁ。そういう時はちょっと態度だけでいいから止めなよ。
「澄香。これだけは覚えておけ」うん?
「女の人生は辛いこと、痛いこと、苦しいことの連続だが。
『世界で一番幸せになる瞬間』がきっと来る。そのときを逃すな。そしてそのときがあったことに気づけ。
そうでなければ、辛いことに流されてしまう」もっと分かりやすく。
「史上、多くの女は『結婚して子を成す事』と答えているが、まぁそうとも限らん。
だが先人たちの言葉には耳を傾ける必要はあると思うぞ」もっとわからん。
私の名前は紺野澄香。
冷たいコーヒーを口に含むと、自分が幸せになれない掃除機の言葉がわかってしまう女。
「私は幸福だ。誰かに使われるために私は生み出されたのだから」
出来たら、私の幸福もセットにして考えて欲しいけどね……。
「無益だ」さいですか。
私はフローリングに寝転がり、身体をゴキゴキと鳴らす。
さぁ。明日もがんばろう。




