バブルごーん! 掃除機はロボット式……身体の洗い方
ふふん♪ ふーん♪
私はやったッ 遂に就職したぞっ 再就職できたのだっ!
まずは身体を綺麗に洗って、第一印象を魅惑の女神に。
「げろんぱ」
ロボット掃除機が足元の足拭きマットを吸い込んでじたばた。
足拭きマットを引っ張ってひっくり返してあげた。
ナイロンタオルでしっかり洗っ「まて。澄香」
ひっくり返って吸入口からむなしく空気を吸っているロボット掃除機を軽く足の先でつつく。
「過度な刺激を皮膚に与えるのは良くないぞ。それは歯を磨くのにはいいがな」おい?!
これが駄目? 私は百円ショップで買ってきたナイロンタオルを眺める。
スッキリして気持ちいいんだけど。「皮脂と関係ない足の裏なら構わんが」もきゅ。
足のうら……足の裏。足の裏。
「無職のうちに水虫を治しておくべきだったな」やっかましいっ?! 本気でけるわよッ?!
全裸で掃除機相手に文句を言っていると身体が冷えてきちゃった。馬鹿らしい。
ふふふーん♪
「こら、戸を閉めろ」どうせ誰も見てないし。ああ。私の裸に興味があるのね。たっぷりみせて あ げ る ♪
「ひっくり返って動けないだけだ」自業自得です。
「ところで澄香。どうしてお前はそんなに体中を洗うのだ」はぁ。気持ちいいからだけど。
あわあわ楽しい~! シャワシャワ。
「乾燥肌になるぞ。まぁ保湿が多くの要因なのは以前述べたが」なに?
足拭きマットの周りでひっくり返っているロボット掃除機をにらみつけてやる。
またこの間の塩抜きみたいな妄言を放たないだろうな。コイツ。
「何度も言うが美容と称して女性の身を削らせるのは商売のためだ。お前たち人間の女のためではない」
はいはい。それでも乗っちゃうんだけどね。
「皮脂腺というのが人体にあってだな」難しいお話は。パ ス ♪
彼の排気音はお風呂の水の音に消されて耳には入らない。入るのはお風呂の泡くらいだ。
耳の裏とか首筋、腋の下はしっかり洗っておかないと臭うからな。
「では簡単に述べる。基本的に人体の汚れは水溶性だ。長風呂で充分だ」もきゅ?
「毎日二回風呂に入れば夏場でも週二回石鹸を使うだけで済む」二回も毎日入れるかッ?!
「だが、毎日石鹸で洗いたい部分もある。頭だ。次に顔は皮脂腺が多い。ニキビや吹き出物になりやすい」
ああ。確かに……。そういえばアンタ、ライオンはシャンプーしないって言ってなかったっけ?
「言った。スッキリするという意味ならという話だな」なる。
「皮脂腺は背中に腹。そして尻と少なくなっていく。
簡潔に述べるとただ清潔さを保つなら長風呂と主要部分の洗浄で充分だ。
お前がしっかり洗っている首。新が好きな胸やその下」
元カレの名前だすなああああああああっ?!
「澄香たんのワキに背中にゆるくなったお腹に下腹部のラインがだらしなくて最高。ハァハァ 」
再現すなぁああっ?! 変な気分になるだろうがっ?!
あいつはムチムチ好きだからダイエットの邪魔をしたり、風呂に一緒に入っているとコーフンして絡んでくることがかなりあったからな。
「ここがカラダのTゾーン。手の平やかかとは皮脂腺はゼロだ。
頭から順に上から下に向かって、皮脂の量は減り、先端部分ほど出る皮脂量が少ない」ふーん。
「カラダのTゾーンも、皮脂のせいで匂いやニキビができる」臭いのことは言うなと言っておろうが。
思わずお湯をかけそうになったが踏みとどまった。流石に後始末が大変だし、多分壊れる。
「皮脂腺の場所を考えると、お風呂に入ったら、上から下へ洗うのが、理にかなっていて、かつ効率的に洗えるぞ」
ああ。髪の毛をシャンプーしてから洗ったほうが効率いいということね。
「お前みたいに股間で泡を立てて全身を洗うのは……まぁ構わんが」おい……。
「おっさんだな」どうやらはげになりたいようだな。
「私に髪はない」だが、尻尾ならある。中古に変えるぞ。
「むう」
ひっくりかえったまま尻尾をパタパタ。
コイツ感情が読めない。「もとよりない」うっさい。
「ロングヘアの場合、後で髪を洗うとパックやシャンプーがカラダについたまま、流し残しになりやすい」
じゃ、頭を洗ったらキレイなタオルで洗うには、汚れの少ない首や胸から洗うのは正解だな。
「お湯の温度は40度くらいがいいらしい。入浴中目に蒸しタオルを当てると眼精疲労回復に役立つ」あ。それ気持ちよさそう。
「腋は気をつけろよ。お前は腋臭が入っているからな」……ぐむむ。
スポンジタオルを引っつかんだ私に彼の声が響く。
「ちなみにザラザラのタオルで毎日ゴシゴシこすっていると摩擦黒皮症というシミになるのだが。皮膚の老化の原因は摩擦と日光が多勢をしめる」ぴたっ。
こ、これを捨てろというのかッ 愛用のカエルちゃんのタオルをッ?!
「二十七歳。カエルちゃんタオル……コアラちゃん毛布と並んで……」
それ以上言ってみろ。 戦 争 だ か ら な 。
「足の裏を洗うのに使え。お前は特に水虫だからな」水虫水虫言うなッ?! 新だって水虫だっ?!
「お前にうつされたからだろうが」うっさいっ?!
「新はもう治したぞ。お前もさっさと皮膚科に行け」うるさあああああいっ?!
足の裏もそうだが汚れや角質が溜まりやすい指と指の間。指と爪との境目などは特に注意して洗う。
ホント、ムカつく掃除機だ。
ほれ、私の美脚に欲情したか。
掃除機のほうに向き直り、脚をあげてみるが。
「瞼がないということは残念だな。まったく」失礼だぞ。
「お前のように胸が垂れ」手元のボディソープを投げつけてやった。
お湯の香りで正気を取り戻す。冷静に冷静に。相手は掃除機なんだから。
というか、皮膚科より精神科のほうが必要かもね。掃除機の言葉がわかるもん。
私は湯船の傍に置いた珈琲のタンブラーを眺めて苦笑い。
「大きかったり、腹肉が」
私は軽石を思わず引っ掴んでしまった。
「肉のひだ部分に汚れが溜まりやすい。胸の下などは軽く引き上げて洗うといいぞ」
手洗いメンドクセイ。
「石鹸は皮脂を洗い流すのに使うが、刺激を皮膚に無駄に与える必要は本来ない。先ほども述べたがほとんどは湯船に長風呂で解決する。日本は高温多湿だからこまめに身体を洗い、石鹸を使う習慣が生まれただけだな」実際、気持ち悪いもん。
そういえば。ボディーソープって界面活性剤が駄目っていうじゃん。肌の組織ごと取り除くって。
「弱酸性や液体ソープが流行ったのは石鹸がきつすぎて身体に合わない人間がいるからだ。実際需要がある」むう。
「身体に合うものを使え。要するにゴシゴシするなということだ」むううう。
柔らかい木綿タオルのほうがいいと助言されて洗うが。
「きちんと洗えた場所は水玉が弾くようにツルッとした水滴。そうでないところはベタってしまう水滴」わからん。
「とりあえず変な安物のボディソープは使うな」ほーい。
「重曹を入れるとパワーアップする。問題はアルカリ性で皮膚を傷める」ぐは。
「洗い流してミョウバン水風呂というコンボが」ソレダ。
「妄言だぞ。全て信じるな」はいはい。体質体質。
「体質といえば」みゅ。
「牛乳石鹸の青箱がいいという人間もいるな。一週間で石ひとつ使いつぶす勢いであわ立てて力をこめてゴシゴシと洗い落として荒療治でツルツルにするという手が」マジか? 箱で買ってくるわ。
「だから、簡単に信じるなと。お前の身体だぞ。あくまで一例だ」ちぇ。
「ゴシゴシ洗って角化異常なぞ起こしたら粗い角層に石鹸カスが残りやすくなる。
汗と皮脂とまざり細菌大繁殖で逆に悪臭を放つぞ」……ううううううう。
いい匂いを出す細菌を皆殺しにするとやばいらしい。
「細菌は、数の力で勢力を伸ばす。億の良性常在菌と億プラス一の悪玉菌がいたとしたら、たった1個の差で、あっと言う間に、悪臭をつくる黄色ブドウ球菌が優位となる。
さっとシャワーを浴びるだけで約八割。風呂に入れば九割の常在菌が消失する。
常在菌が丸一日かけて元の数に戻るべきところを、アルカリ性の合成洗剤を使って洗い過ぎたらどうなると思う?
重曹なんざ混ぜてみろ。更に効果ありすぎでヤバイだろ。
常在菌のエサとなる大切な皮脂膜までも洗い流す。
常在菌が栄養失調を起こし、アルカリの大好きな有害菌の大繁殖だ」
逆を言えば、しっかりお湯で流してミョウバンさん風呂に入れば?
「知らん。試すなら保湿はしっかりしろ」結局そうなるのか。
もういい。長風呂して、視線をタオルで塞いでおく。
明日は初日だ。仲良くできるかなぁ。前は今思えば浮いてたと思う。
私の名前は紺野澄香。
珈琲を飲むとロボット掃除機の言葉がわかる女。
未来への期待に歳がいなくドキドキする。
タンブラーからかすかに残った珈琲をすすって彼に投げつけた。
何時まで覗いているの。えっち♪




