勇気ひとつを粉にして……辛(つら)いときに辛(から)い
「……クククク」
私の口元から声が漏れる。
ほのかに出汁の香りのする白い液体の入った瓶を手に、
黒いプレートの上に。垂らす。
「ふわっはははははは……」
悪の大魔魔導士もかくやの笑みを浮かべた私は、冷凍の蛸の足をぽいぽいと落としていく。
ぴちゃ。ぴちゃ。たこの足が白い液体とぶつかりテーブルの上に飛沫を飛ばした。
かっこん。かっこん。
地獄に向かう骸骨兵士もかくやの規則正しい音を立て、
関西出身の新が置いていった全自動たこ焼きプレートが動く。
出汁の効いた香りのする丸い物体に酢醤油を軽くかけて。
じゃじゃじゃ~ん!!!!! 取り出したるは暴君バハネロより更に辛い、
世界一辛い唐辛子『ジョロキア様』ッ! その辛さはバハネロ様のなんと十倍ッ?!
ふふふ~ん。
ジョロキアの粉をパラパラ落とし、
酢醤油を垂らして口元に。
……。
うん。まだ大丈夫。
たいしたことないな。ジョロキアよ。
……。
きたっ きた。
来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来たぁぁぁぁっっああああっっ?!!
辛いからい辛い辛いからい辛い辛いからい辛い辛いからい辛い辛いからい辛い辛いからい辛い辛いからい辛い辛いからい辛い辛いからい辛い辛いからい辛い辛いからい辛い辛いからい辛い辛いからい辛い辛いからい辛い辛いからい辛いォォォオィィィッ?!!!!!!!
ヒーッ! ひぃぃぃ?!
バタバタのたうち、テーブルを叩き、足を上下させると「がつ」と足元を掃除していたロボット掃除機にぶち当たった。
みずみずみずッ?!
水をごくり。それだけでは足りず口の中でくちゅくちゅ。汚いなんていうな。
ごく。
ぐおおおおおおおおおおおおおっっ
辛いからい辛いからい辛いからい辛いからい辛いからい辛いからい辛いからいぃつ?!
「澄香。何をやっているのだ。牛乳を飲め。
たこ焼きの小麦粉と出汁の保護幕を自分から水で洗い流してどうするのだ。
前も述べたが辛味は痛みなのだぞ」
あまりの辛さに珈琲も飲んでいないのに掃除機の声が聞こえた気がする。
『辛いときは辛いものがいい』
元彼の新がまだ医大生のとき、
付き合わされてジョロキア入りのたこ焼きを二人で食べたときの彼の台詞だ。
案の定二人で悶絶、バタバタとあえぎ水を飲み、
唾液を何度も洗面台にぶつける羽目になったのだが。
涙を流し、ばたつかせながら新は大笑いしていた。
『ほら、辛すぎると辛いとか頭の隅に行ってしまうでしょ? 』そう彼は言い切ってニコリと笑っていた。
そんなことがあったら、私に話してほしかったな。今ではそう思うけど。
多分、あのころの私は励ますつもりで彼を傷つけたり、更に辛い思いをさせたり、励ますつもりすらない罵声を放っていたはずだ。
牛乳や卵は保護幕を作ってくれる。油も。
そういえば掃除機がそんなこと言っていたっけ。
牛乳を口に含みクチュクチュとやっているとなんとか人心地ついた私は苦笑い。
ひっくり返った掃除機を元に戻し。
『ごめんね』そうつぶやいて彼にキスすると珈琲豆を銅の入れ物で炒ることから。
明日はニッコリ笑って面接に行こう。
私の名前は紺野澄香。
珈琲を飲めばロボット掃除機の言葉がわかる女。
でも、辛いことを皆吐き出して落ち着くより、ちょっと自分で解決したい日もあるのだ。
「澄香。お前は本当に残念な子だな。カプサイシンは毒の一種だとあれほど」
毒も薬も身体と心に入れて人間は大きくなるものでしょ? 掃除機さん。




