ああ。不精……風邪引きはマスクをつけよう
結論的にマスクをつけて薬飲んでおきなさいと新に言われたのだが。
1.ちゃんと装着すること。特に鼻だけ出すとか辞めなさい。
2.人ごみではキッチリつけなさい。他所にうつさない。
3.使ったマスクはこまめに処分、家の中に持ち込むな。
4.インフルそのものにはアレでも手洗いうがい敢行。
だ。そうである。ああ。面倒だ。
コポコポ。程よい蒸気が珈琲豆をドリップして、黄金の水滴を紡いでいく。
音楽プレイヤーに入れたクラシック音楽のリズムと共に滑るようにくるくる掃除するロボット掃除機がわずらわしい。
お~い。お前。人が元カレにあってきたのになんかいう事はないのか。……怖くなってくるけど。
「ない」むぅ。
「病状が改善してよかったな」そうだけど。
あのさ。やり直さないかって言われたんだけど。
「元々お前たちは相思相愛だろう」……認めたくないけどね。
部屋の中でもマスク。不審人物みたいだが。
「元々ダメな子ではないか」うっさい。
「正しいマスクの外し方は知っているか」むに? そんなのあるの?
「マスク本体に触れないように耳のゴムひもを引っ張って、そのままゴミ箱に入れ、ゴミ箱のビニール袋の口を閉じればよい」へぇ。ゴミ箱にビニール袋なんて入れてなかったけど。
「何故ゴミ箱にビニール袋を入れぬ」だってあふれまくって面倒じゃない。
ロボット掃除機は無言で私の周囲をくるくる。……なんか、文句でもあるのか。
「これはプログラムされた動きだ。そう言っているだろう」そう見えない。
「食事などで外したら新しいものに交換したほうがいいが、不可能でも家に雑菌を入れない努力は必要だろう。古いマスクを何度も使うな」むむむむ。面倒な。
じゃ、使い捨てのほうがよさそうね。
じゃ、つけ方は? 新は値段より、鼻、頬、あごにフィットしたものを選べって言ってたけど。
「その通りだと思うぞ。お前のように鼻を出したりあごを出すのはお勧めしかねる。鼻水を周囲に飛ばすな」むか。
つんつん。
「つつくな」
ぱふぱふ。
「私はいつぞやの猫ではない。ねこじゃらしでは喜ばない」
なんか君が喜ぶことってないかな?
「掃除機に喜怒哀楽があると思うのか」あってもいいじゃん。
私が座っていたフローリングの床を舐めるように滑るロボット掃除機。
「そのような機能は私にはない」残念だね。
「それでも澄香の幸せを祝うことくらいは可能だ」うん。
「日本などの温帯の国では季節性インフルエンザが冬季に毎年のように流行する。
通常は11月下旬から12月上旬頃に最初の発生が起きて12月下旬に小ピーク。
学校が冬休みの間は小康状態になる。その後翌年の1-3月頃にピークを迎えて4-5月には流行は収まるパターンが多いな」
え。何が?
「インフルエンザだが」うん。そうだったそうだった。
「こら。わざとセキをするな。つばをかけるな」うつれうつれ。
「だから掃除機はインフルエンザにも風邪にもかからぬと」かかれかかれ。
「二〇〇九年のパンデミックは豚由来のウィルスで例外的に毒性が低かったが、
これと毒性の低い季節性インフルエンザだけをみて『インフルエンザはただの風邪』と見る人間が多い。しかしそれは間違いだ。インフルエンザは極めて毒性が高い。
有名なのは第一次世界大戦終結の遠因となったと呼ばれる『スペイン風邪』だな」
きいてないもん。
きいてない。きいてない。
「こら。澄香。フローリングで眠るな」うっさい。掃除機は泣いたり笑ったりしないんだろ。
「こら。不精をするな。ちゃんと寝台か布団を使え」……。
私の名前は昆野澄香。
不精をすると口うるさいロボット掃除機の言葉が珈琲を飲んだときだけわかる女。
「風邪が悪化する。お前は自分の身体を労わる気持ちはないのか」
たまには、不精を叱る声を聞きたい。大人になりきれないダメな二十七歳女だ。




