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かふぇ&るんばっ♪  作者: 鴉野 兄貴
温かな掃除機さんのおもてなし
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澄香さん放置……臭う女

 短い間でも一緒に暮らせば愛着の一つでもわくと思う。

猫とか、男とか。後者はある日突然嫌になるけど。

かぐだけで嬉しい匂いがある日突然嫌な臭いにかわるんだ。男性には理解できないだろうが。


 澄香。あんた臭いから。

猫を引き取りに来た同僚にペットフード代や壊れたり傷ついた家具の代金を頼むと彼女は厭々払ってくれたが。

……帰り際に一言そういわれた。


 目の前が真っ暗になって、気がついたら部屋中が滅茶苦茶になっていた。

手の重さに何気なく指先を舐めると血の味がした。

まつげが目やにでバサバサして痛い。泣きすぎだろう。私。

泣いたって誰も見てくれないのに。泣いたって何も解決しないだろうに。

暴れたときに爪を少し傷めたらしい。爪、切らないとダメだね。く……くぅ……くっそぉ。


 どれ程泣いていたのかわからない。

鼻水と涙の味で焼けた喉を水道水で洗い流すことを思い立ったのは夕方になってからだった。

ヒビのはいった洗面所の鏡に映った自分自身の姿を見た。瞳からボロボロと水を流し、鼻水をたらして、伸ばしきった髪はあちこち白髪が混じって染髪がいい加減で、幽霊みたいにボサボサで。

顔はおばあちゃんのようにしわくちゃで、唇には潤いの欠片もない。


 うわ。凄くブスだ。

だれだか知らないけど。その言葉を飲み込んだのは私自身の姿だと知った直後だ。

フローリングの床を何度も殴っていたらしい。自ら床に頭を打ちつけていたらしく額が痛い。頭がくらくらする。

頭がおかしい女だもん。自身の声が蘇った。


 頭がおかしい。はっとする。

ロボット掃除機はどうなったんだろう。


 ゴミとひっくり返した家具の間で、ひっくり返ってぱたぱたと尻尾センサーを動かしているロボット掃除機を見て思わずほっとした。

そういえば八つ当たりで壊したものの中に彼は含まれていなかった。


 大丈夫?! そう声をかけて気がついた。

彼が声をかけてくれるのは、珈琲を飲んでいるときだけだ。

自分自身がやった部屋の惨状にまた瞳が熱くなる。

せっかく綺麗にしたお部屋がまたボロボロだ。家具は蹴り飛ばして、カーテンは破いた。

自分の何処にここまで酷い狂気が宿っていたのだろう。そりゃ、あらたも嫌がるよね。


「一度でもアイツがそういったか? 」


 あ~あ。ダメだ。珈琲を飲んでいないのに。

フラフラと立ち上がる。乾いた唇を合わせ、涎と鼻水の痕でヒリヒリする口まわりを拭い、

瞳の周りの塩水のあとをぐちゃぐちゃの服の襟で擦って珈琲メーカーを探す。


 珈琲メーカーを探しているとあらたの言葉がよみがえる。

「澄香。一つだけ約束してくれ。三時になったら十分間誰の悪口も言っちゃいけない。

お互い必ず珈琲を飲む。忙しいときでも、飴でいいから珈琲の香りを思い出してくれ」

あらたと暮らし始めた頃に言われたアイツの言葉。

「そして、明日自分が何をするのか、したいのか一言メモに書くんだ。お互いに」


 暴れた所為でなくしたと思っていた当時のノートが出てきた。

『散髪』『つめを切る』『神崎と仲直りする』『靴を買いに行く』『あらたとパンを買いに行く』たわいも無いことばかり書いているな。私。あと字が汚い。


『掃除』『洗濯』『論文』……この嫌味なまでに綺麗な文字はあらただな。

反対側からパラパラ。次の日の珈琲の時間が終わったらそのメモを見る。それが私達のルールだった。


『澄香にプロポーズする』え。


『澄香にプロポーズする』なに……これ。


 綺麗な文字は最後のメモだ。

私達がケンカ別れした日のメモだった。



『臭い。特にあそこが』

新が臭い。洗濯物を分けたいといって軽くもめたとき、遠慮がちに彼が呟いた台詞。

腋臭わきが臭いとか、口臭が臭いとかは。……少しだけ心当たりがあった。

でも十年近く、一言も言ってくれなかったじゃないか。

気になったことがないって、気にならないって言ったじゃないか。

気のせいだよって言ってくれたじゃないか。

 

 だいたい、あれだけ。

「澄香が喜んでくれるから」うん。私も舐めるの最初嫌だったから解らなくはない。

いつの間にか悦ぶ彼の顔が可愛くてたまらなくなったけど。それは彼も同じだと思っていたんだ。


 私は十年もあらたになら何を言っても許してくれる。

何を言ってもあらたなら傷つかない。そう思っていたんだ。

お父さんみたいになんでも許してくれて、カッコよくて、素敵な人だって思ってたんだ。

それは、あらたが我慢してくれていただけだった。私は彼の欠点を我慢しているつもりで甘えていただけだった。


 十年の間対等な関係だと思っていたのは幻想だったと知った日だった。

あの後、私たちは別れた。気がつけば彼と違う男の腕の中にいた。

その腕の中でやっぱり彼のほうがいいなと思いながら、それはそれでいいなと刹那的に思った。

その男とはあっという間に別れたけど、ここぞと他の女に囲まれたあらたを見ると悔しくて。


 馬鹿にして。そう思っていた。

彼を憎んで恨んでいたけど、違うらしい。

 悔しくて、悲しかったけど今ならわかるんだ。私は嬉しかったんだ。

一〇年近く私のわがままに付き合ってくれたあらたが、やっと私に本音を言ってくれた事実に。

だから、だからこそ。もう一緒にはいられないんだ。いたくないんだ。


 私の名前は昆野こんの澄香すみか

自分がどんな女かなんて、いいたくない日もある。

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