キャット&うー! まんぼっ!……ペットはマンションでは飼えない
澄香。助けて。一週間でいいから預かって。
元同僚が私に『ソレ』を押し付けてきたのは先週末のことだった。
毛だらけ。まぁこれは覚悟できる。元々汚部屋だ。
管理人さんに敷金返せないのは知っている。親切なロボット掃除機さんがいなければゴキブリの巣になっていたしな。
糞尿。意外と素直。借りてきた猫のように大人しい。
というか。 普 通 に 猫 だ け ど な 。
部屋の隅で威嚇の声を放つ子猫を見ながら、私は大きくため息をついた。
どうしてこうなった。
私は以前に合コンの残飯を押し付けてきた女の所為で猫を飼う羽目になっている。
勿論、マンションの規約ではペット禁止だ。さっさと引き取りにきて欲しい。
この子猫。メインクーン種でとにかくでかい。成猫は十キログラム越えるらしい。まだでかくなるのか。
だいたい、やっかいな『ペット』は他にいるというのに。「誰がペットだ。私はロボット掃除機だ」
掃除も少しできるロボット掃除機でしょ。片付けは結局人間がやらないとダメだし。
私の今週の薫る液体が音も無く滴り、透明な器を満たし、音楽とともに私の心を満たす優雅な珈琲タイムは。
糞尿の臭いと、やたらめったら警戒心が強い猫が家具を荒らす行為への対処と、急に駆け巡ったり見えない何かとにらみ合ったり喧嘩している子猫に大いに阻害されていた。
「あいつはまた厄介事を押し付けてきたな」強引で断りにくい嫌な子だ。
しかも男の子にはやたら愛想がいい。嫌いなタイプだといえる。
特に新には愛想がよかった。狙っていたしな。私がいるのに。
しゅるしゅると地面で回転する彼、ロボット掃除機は猫のあとをおいかけ、毛玉を処理して行く。
別に猫を追いかけているわけではなく、彼の尻尾のような形のセンサーに反応するからだが。
掃除機が止まる。生物の体温を察知したからだが。
「……」彼は一定の距離以上、生物には近づかない。
猫の周りを警戒するようにくーるくる。
しゅるしゅる。
オプションでつけたモップを回しながら抗議するように猫の周りを回る。
「澄香。猫はよく寝るな」だねぇ。私だってここまで寝ない。
そのくせ、おなかがすいたら布団の上に乗ってくるんだ。『ごはん』って。
「元々肉食獣なので、食べるときは食べて寝る生活らしいな」へぇ。
私は厭々コンビニから買ってきたミルクを出す。ちゃんと生暖かくした。
ほら、うちは防音だけど、あんまり騒いだら薬殺処分だよ。
窓は絶対開けられない。泣き声や脱走して隣のベランダに行ったらアウト。
玄関には飛び出さない柵を設置する必要があるけど、基本私はヒキコモリだ。
これも脱走と泣き声ふさぎだが、猫缶は絶対ばれる。粒フードが必要だが。
「 何 故 に メ イ ン ク ー ン 」専用の餌がある。デカイ。
トイレのにおいの処理。コレも大変。私は夜中に出歩くからいいけど。
「前に買った明礬を使っているのか」うん。臭いけしにもなるし、重宝する。
「明礬水は猫には毒だ」なっ?!!!!!! ペットボトルに入れて保存しているよッ?!
「間違っても猫が飲まないようにしろよ」う、うん!
「スルメには諸説あるが、基本迷信とされる。だが、タマネギは絶対食べさせるな。カレーもチョコレートもだ」うわぁ。私の好きなものじゃないか。
「カレーに卵は、辛味が傷みであるコトは以前述べたからわかる。カレーを食べた後の牛乳もだ」やかましい。カレーにマヨネーズ入れて何が悪い。咥内の粘膜に保護幕を作る意味では一緒だ。
閑話休題。
ほら。よーしよし。私がミルクを出すと。
うん。超見てる。あ。軽快している。見事なフットワーク。跳んだ。
警戒しているんじゃないのか。おお着地だ。着地したぞ。
ああ。見てる見てる。
超私と彼を見ている。
あ。食べだした。よかった。
「一安心だな。猫は飼い主以外の人間しか見ずに育つと社交的とは程遠い性格になる」
だいたい、合コンで知りあった男を連れ込んだら、男が猫アレルギーだったとか知らないから。
「人間は、身勝手だな」だねぇ。まだ子猫なのに。にくったらしいけど。
普通のキャットフードとメインクーン用の巨大キャットフードを。
じっとみている。
あ。メインクーン用だけカリカリ食った。
また食った。おお。腹へってたんだな。
「メインクーン用だけ食うな」みゃあ。
こいつ、猫語もわかるのか。何故か意思疎通が成立しているぞ。
「猫語はプログラムされていない。偶然の一致だ」ふむう。
食べ終わってご満悦の猫はまた隅っこにいって寝ようとするが。
掃除機の動きが気になるらしい。
あ。猫パンチだ。おお。二発目だ。
あ、この子は預かってるだけだから嫉妬しないでね?
「するか。澄香」強がり言っちゃって。
「猫は生き物だが、私はモノだからな。不要になったら捨てるだけでいい」
そうだね。でも私は君が捨てられないと思うよ? 彼氏は捨てられるのにねぇ。
すっかり慣れた猫が彼の上に乗って移動し、
私の手のねこじゃらしを攻撃する様子を楽しむ。
私の名前は昆野澄香。
子供はいないけど、大きな子猫と亡き父親のように小うるさい掃除機とで、
優雅な珈琲タイムを楽しみたい。そんな女。
『あ。澄香ッ?! ごめ~ん! あと一週間待ってね!
あ、そうそう。アイツつまんないんだ。
やっぱり乗り換えたいんだけどアンタ新の好きなものって無い? 元彼女でしょ? 』
猫。そう伝えてみる。知らないけど。
『あ、引き取りに行く行く! 超行く行くッ サンキュ! さすが友人だッ 』
温厚で優しく、悪口を人前で絶対言わない彼が嫌いなのは、生き物を都合で捨てたり拾う身勝手な女。
つまり彼女のような女と。……私だ。
「『大好きだから』と言う理由でばれたら殺処分。
病院に行かせることもままならないマンションで飼おうとする。
それは『猫が好きな自分が好き』なだけだな。お前の友人もどきはそれ以下か」……。
私も。いっしょだよ。皆が憧れる男の付属物だったもん。
みんな言ってたもん。新には全然似合わないって。不釣合いだって。
「お前は、『新が好きな自分』が好きだったのか? 」
わからない。でも、アイツの隣にいると、強烈に自分が嫌になるようになったのは。知っている。
真夜中にかかわらずマイペースに睡眠中の人の布団の上に乗り、
餌をねだる子猫と、お人よしの掃除機が少しだけ私に笑顔をくれた。
生き物は飼うなら自己責任で。