ケバいし……お化粧なんかはしなくても
どうっ?! どう? あたし綺麗?
「私に吐瀉機能はない」
珈琲の香りとルンバのリズムを刻む音楽との優雅なひととき。
失礼な台詞を吐く掃除機を私は踏みつけた。
私の名前は昆野澄香。
二十七歳にしてお化粧の練習を始める。
「母上に頼めばよいではないか」あの美魔女か。確かにお母さんは得意だが。
彼女が日常的に使うバカ高い化粧品は今の私に買えるものではない。
百円ショップで買ってきた化粧品を片手にネットの動画を見ながらお化粧の練習だ。
『化粧師』の映画、綺麗だったなぁ。
「石ノ森章太郎原作のあれか」あれ? 仮面ヒーローのヤツ?
「うむ」何でも書くんだなぁ。かっこいいなぁ。
「お前だって股間を掻く」……殴るぞ。
肌質は数千円程度の機械でわかる。らしいが。
「私にそんな機能はない。掃除機だぞ」やっぱし。
乾燥肌、普通肌、混合肌、油性肌と肌質で化粧の仕方が変わるらしい。私はどっちだ?
「わからずに化粧しているのか」うっさい。化粧しろといったのはお前だ。教えろ。
「年齢や状況、季節で変わる。一概に言えないが」
彼曰く。コレだけあるらしい。
そのいち。乾燥肌。
水分量と皮脂量が共に少ない肌タイプだ。
肌全体が乾燥しやすく突っ張りがち。カサついたり肌荒れしやすい。
……私は唇がカサカサしているが、どちらかと言うと不摂生だと思う。自分でも。
そのに。普通肌。
水分量は多め。皮脂量が普通もしくは少ない肌タイプ
肌全体がキメが細かく潤いや弾力もあり、普段から肌トラブルが起こりにくい
ぜったい違う。どこが普通だ。それはチートだ。死ね。
そのさん。脂性肌。
水分量、皮脂量が共に多い肌タイプで肌全体が脂っぽくなりベタつきやニキビなどができやすい。毛穴も目立ちやすい。
うーん。これかなあ。
よん? 混合肌。
水分量は少なめで、部分的に皮脂量が多い肌タイプで、頬や口周りなどは乾燥しがち。
おでこや鼻周辺のTソーンは脂っぽくなる。
……これかなぁ。たぶんこれだ。ニキビもあるし。
「お前の歳なら吹出物だ」死ね。思わず掃除機を踏みしめた。
だいたい、ニキビなんてどうしようもないじゃない。
「洗顔が不味い」はぁ? 顔なんて適当でいいじゃない。
「まず、石鹸で綺麗に手を洗え。汚れた手で顔を洗うな。化粧は洗顔が終わってから。鉄則だ」面倒だし。
「汚れた手で石鹸は綺麗に泡立たないぞ」むぅ。
「次に、いい歳なんだから水を顔にすこしつけただけで顔を洗ったと思うな」うっさいっ?! 二七はまだ若いッ?!
ふわふわ。ふわふわ。
オプションで買ってみた『はたき』をくるくる回し、地面をはたく掃除機。
「前に予洗いをぬるま湯でしっかりやれ。そうすることで本洗い時の洗浄効果が高まる。
肌表面の大まかなホコリや汚れを落とせる。皮脂を浮き上がらせて本洗いの際の洗浄効果が高まる。
ニキビに悩むくらいなら予洗いをしろ」め、面倒だね。
予洗いってことは。まさか次からが本番?
「いや。違う」え?
「石鹸を泡立てることが先だ」泡立てる。石鹸つけるにしてもそのまま塗れば。
「お前は風呂に入るのを嫌がる猫か」……。凹む。
しゃがみこんだ私の周りをくるくる掃除する掃除機。
「毛穴の奥深くの汚れを除去するためには、洗顔石鹸や洗顔料の泡がよりキメ細かいほど洗浄効果が高まる。
キメの細かい理想的な泡を作るためには、水分と空気をよく混ぜ合わせることがポイントだ」面倒?!
「泡立てネットと言う手があるが、石鹸の消耗が激しいな」うーむ。よしあしか。
「あと、石鹸入れに石鹸を入れたまま水浸しにしておくのは辞めろ」ぐむむ。
「予洗いはしっかりやれ。両手にお湯をしっかりすくって少しづつずらして顔の凹凸にそって行う。最低三回はやれ」三回顔を洗えばいいのね。
「馬鹿。鼻なら鼻、頬なら頬、額なら額、額の横なら横を三回づつだ。回しながらやれ」……凄く、面倒だ。
「まだまだ。最初は洗面器の溜め水、次は流水だ」……二回もやるのか。
「石鹸を泡立てて、本洗いはそれからだぞ。
あと、ゴシゴシ洗いは厳禁だ。泡を乗せるように。優しく包むようにな。
泡を使った本洗いは皮脂の分泌が多いTゾーンや額やアゴといった部分から丁寧に洗い始めろ。
目元周辺や頬は乾燥しやすい部分なので最後の方だ」ふえええええ? 一編に言うな?!
「繰り返す。『決してゴシゴシと擦らない』。肌を痛める。
泡をクッションだと思いながら、肌の上で泡を転がす感じでやさしく丁寧に洗う」
め、面倒だな。
「勿論本洗いの後も流水と溜め水で予洗いと同じ事をして石鹸を綺麗サッパリ取らないと肌が荒れる」……女って大変だ。
「男でもやる」へぇへぇ。生え際やフェイスラインが特に注意。っと。
「正しい洗顔方法としてまず覚えておきたい基本は、肌に付着している汚れや皮脂を、洗顔石鹸や洗顔料の泡に吸着させるといったイメージで洗顔していくということなのだが」うん。じゃ今日はやらなくていいでしょ? お化粧するね。
「馬鹿。顔全体を剃って、また溜め水と流水で代洗い。それから消毒だ」へ?
「明礬が安くてお勧めだ」漬物に使う、薬局で売ってるあれ?
「うむ。ペットボトルに入れて水で溶かし、原液一杯が洗面器一杯の目安だな」
適当でいいじゃん……。
「洗顔が終わったら即消毒。次に保湿も忘れると肌が荒れる。化粧はその後になる」
「あたりまえだが、帰宅したらメイクおとしも重要だ。洗顔はメイクを落としてから。金に糸目をつけないならひたすら化粧水で顔を拭く手もあるが……」
辞めた。明日化粧する。
私の名前は昆野澄香。
珈琲を飲めば掃除機の言葉がわかる女。
お肌が気になる以前に自らの不精に悩む。そんな女。