ノロおん! ……恐怖のノロウィルス
私の名前は昆野澄香。
突然だが私は戦っている。
「うえええええええええええええええええええッッ 」恐怖のエイリアン。ノロウィルスと。
ノロかどうかはよくわからないらしい。というか、藪医者からみればみんな『風邪』で終わる。
ノロと判別するためには検査する必要があるが、結論だけで言うと不要とのこと。
理由:ノロを直接退治する治療法がない。風邪と一緒。
栄養とって寝ろ。掃除しろ。部屋を殺菌消毒。
でも並みの殺菌じゃ全然ダメ。消毒アルコールすら効かない。
だ、そうである。
ふるふる震え、音楽に合わせてルンバに良く似た動きをみせるロボット掃除機を尻目に
私は便器の淵に手をかけ、地獄の鬼も逃げ出す勢いで吐いて吐いて吐いて、下から下す。
ふははは……体重、へったぞ……。ひゃはは。
便座カバーについた吐瀉物の跡、下痢の飛び散ったとおぼしき茶色。
腹部の激しい激痛に喘ぎ、もがき、涙を流し、そんなの関係ないとばかりに便座にもたれかかる私。
もう。ゴールしてもいいよね。
ぴーごろごろごろごろ……ごーる。
泣きながら風呂に入り、汚れたショーツとパジャマ、ついでに便座カバーを手洗いし、
掃除機に言われたとおり漂白剤で処理した。
フラフラの身体で風呂の床を洗い、またまた漂白剤の残りで道具を消毒。
薄めた漂白剤で便座やら部屋のあちこちを綺麗にしないと。
セキも、だめだ。部屋の中でマスクをつける私の姿は人には見せられない。
新が今助けにきたら、私は大喜びで外に追い出す。うつしたくないし。
こんな私でもまだ意地が……無いかも。
おええええええええええええええええええええええええ。
あ。散髪いってなくて伸びた前髪が便器に入った。
わーい。髪を染める必要がない。……って冗談言う相手がいないのに私余裕あるよね。
「追い詰められすぎると人間は笑えない冗談で精神を保とうとすることがある」との掃除機の台詞を思い出した。
掃除機が言うには、ノロは十日くらい平気で生きるらしい。
正確には乾燥した状態でも、4℃では8週間程度、20℃で3~4週間生存するとされているそうだ。
身体についたノロは吐瀉や下痢で外に排出されるが、それでも体内に残る。そうで。
しかも、手洗いを怠ったり、身体や部屋を綺麗にしないと何度も何度も身体に入ってくる。らしい。
一人暮らしで、ほとんど動けない私には地獄と言っていい。
掃除機のオプションのモップにふらつく頭を振りながら漂白剤で濡れたモップをつける。水洗いも出来るらしい。優秀なヤツだ。
さっきから掃除機。掃除機。
挙句に掃除機が喋るなど聞けば頭がおかしい女と感じる方もいらっしゃるであろう。
……正直私も最初は自分の頭を疑った。
というか掃除機の言葉が珈琲を飲むとわかるとか、人に話せることではない。
フローリングの床に倒れこみ、電池ヒーター内蔵の袖つき毛布の暖かさと
頬を冷やすフローリングの床の冷たさに眉を顰めながら私は力尽きた。
そういえば水を飲まないとダメなんだったっけ。
人肌まで温めた生理食塩水、もしくは経口補水液、スポーツドリンクを飲まないといけないという。
お茶や水は身体に残らず、尿や下痢として排出されるからダメ。らしい。
だが、飲まないッ 女は美に命を賭ける! この機会に痩せてやるっ?!
……しにそうだけど。結構マジで。
うううう。新。たすけて……。
別れた男の助けを求めるなんて頭も身体も心も弱っている証拠だ。
だいたい、あいつがいくら謝っても許せないし、許すつもりもない。
何意地張っているんだろう。いくら携帯が壊れたとは言えメールくらいならPCを使えば送れるのに。
ノロにかかったと言えばあのお人よしなら万事を廃してやってきそうだ。……患者さんたちに迷惑かかるから、ダメだけど。
アレでも救急救命センターに勤める研修医だからな。アイツ。
結構もてていたし、もう他の女に売れているだろうから。連絡はしない。できない。
「うえええええええええええええええええええええええ」
単にPCを立ち上げる気力がないとも。いう。
ああ。また便座を綺麗にしないと。もう便座カバーは外した。意味がない。
……。
……。
「おちついたか」まぁね……。
死ぬかと思った。割と真面目に。
「新と連絡が取れないのがまずかったな」携帯壊しちゃったし。
こぽこぽ。
別に珈琲が飲めるほど回復したわけではないが、珈琲メーカーは念入りに漂白して水とお湯で内部を綺麗にしなおした。
真っ黒すぎる。モノグサにもほどがある。最近美味しくないと思ったらこんなに汚れていたのか。
うん。珈琲の香りに漂白剤の匂いは混じっていない。
私はカップにやっと鼻水の治まった鼻を近づけ、衰えた嗅覚でその香りを確かめた。
「やっぱりキムチか」だと思う。いっぱい食べたし。マヨネーズつけて。
「日本政府は今、韓国からの輸入品にろくな検査をしていないらしいからな」うへ……。
「あれの発酵の元は大腸菌だ」あれ? 発酵食品だったっけ。素ぶっ掛けるものだと思ってた。
「11年6月、韓国産キムチの日本向け輸出は3年間、衛生検査が免除となった。輸入食品等事前確認制度に登録したためだ。
ひどいケースでは、日本に輸出するキムチに作業員が唾を吐きかけている映像すら、ネット上には残っているな。
海産物も例外ではない。
昨年10月、これまで韓国産ヒラメに行ってきた精密検査を、日本政府は全面的に免除している。精密検査によって通関に時間がかかり検査待機費用がかかっていたので、韓国側業者の負担を軽減するための措置だ。
日本政府は国民の食卓を守る気はさらさらない」うへ……。
「スーパーで売られている製品には辛うじて原産国が明記されている。
しかし澄香が利用する大手安売り系スーパーなどで買おうとすると、選択肢はかなり安い韓国産・中国産か、価格が1.5倍~2倍近くする日本産。なかには、日本で加工しているだけで、原産国は韓国ということもしばしばある」どうしろと……。
「日本海は広いようで狭い。隣の国は下水をそのまま流している先進国だからな」はぁ。
「たとえ国内であってもノロは日本の汚水処理場ですらなんとかなるウィルスではないので、そのまま海洋のカキなどの海産物に入って経口感染する。
昨今では注意喚起が日本国内業者に浸透して大分マシになった。とはいえ、本来のノロは牡蠣や貝の中では増殖しない。海産物を扱った包丁、まな板などは消毒しろ」無駄な知識ね。つまり水道水もやばい?
「念のためにぬるま湯じゃなくて沸騰させてから使え」へぇへぇ。
「ノロウイルスは60℃30分の加熱では感染性は失われず、85℃以上1分間以上の加熱によって感染性を失う。洗浄と消毒の順番については第1に洗浄(と十分なすすぎ)、第2に消毒だ。
この順番を逆にすると効果が弱くなってしまうぞ」はい。痛感しました。
「余談だがノロとは俗称で世界のノロさんから苦情が出ている」おいっ?!
というか、ふらふらするのは絶対塩分と水不足と下痢の所為だとおもう。
「……何故病に倒れてもなおダイエットを敢行する。ノロは元々抵抗力が低いときにかかる病だ」
ようするに、ダイエットが遠因といいたいわけね。
決まっている! 綺麗になりたいという乙女心はノロより深刻な病なのだッ
みよこの軽い(フラフラの)足取り、蝶のように軽いからだ……ふええ。
大きな音とともに倒れた私に彼の声が響く。
「とりあえず、意地だけは成長したと見ておこう」いってて……いたいけど。ありがとう。
「あとで新に診て貰え」街医者にいくっていってるでしょ……。
「メールがたまっているようだぞ」う……。
私の名前は昆野澄香。
珈琲を飲むと、私のことを一週間心配してくれた掃除機と、
こまめにメールをくれた元カレの優しさに泣いてしまう女。