ショックだ……料理は愛憎。男は餌付け
太った。ウソつき。掃除機をダンボールにいれ、上から使用済みの鼻紙をおとしまくる。
『掃除して』「ワカッタ」電子音声の返答。スイッチを入れて悶える姿をビール片手にゲタゲタ。
あははは。はは。ざまーみろっ!?
……あはは。あはははは……自己嫌悪に陥ってしまった。死にたい。
喋りも出来ない掃除機相手に何をしているのだ。私は。
足元に転がった飴を舐めると珈琲味だった。あ。
「だせ」うっさい。うそつき。
「廃棄前のコンビニ弁当にたっぷりマヨネーズをかけて痩せるのは」アンタが塩と砂糖を抜けと無責任に言ったんじゃないッ?!
「塩たっぷり、卵たっぷり、コショウいっぱい、油まで入った高級マヨネーズの無駄だ」……。
「本当に体重を落とす気があるのか」ないっ! マヨネーズを抜くのは死ねと同義!
「澄香。お前」うっさい。料理なんかできるか。
ずぼっ ずぼっ 使用済みの鼻紙を吸い取ってしまう音。
「人間は矛盾した存在だな」やかましいっ?!
とはいえ、話し相手が出来たので少しだけ元気が出てしまったのも事実だ。
そう思うと、こいつなりの気遣いじゃないかと思ってしまう。
「まぁ食用油の代用や、オムレツを焼くときに卵に少し混ぜて柔らかく焼くこともあるが」うん?
「米にかける。味噌汁に入れる。コンビニ弁当は言うに及ばず、せんべいにまで」美味しいじゃん。
「他の味を感じないのではないか? 」うっさい。味気ないし。
「私は味覚センサーを搭載していないので知識でしかないが」うん。
「私に味覚があれば、鼻紙など吸うまい」む?
「味覚と言うモノは、嗅覚と連結し、些細な味の違い、香りの違いから毒物を体内に入れぬための最終ラインと言っていい」むぅ。
「前回言い忘れたが」ずずず。ああ。ダンボールにお茶の缶入れたから、お茶をダンボールが含んだんだね。って? つまるっ?!
……。
……。
ふう。壊すところだった。「原因を作ったのはお前だ。澄香」
『今日の音楽』「こら、はぐらかすな」
ラジオ番組の音楽番組を各局からランダムで選び出して音楽を奏でる掃除機。
はっきり言って音声を放つ掃除機には無駄な機能の極みだと思う。
綺麗に内部を清掃した掃除機は元気にフローリングを駆け回っている。
音楽のリズムに合わせてクルクルダンスまで踊って腹が立つ。なんて無駄な高機能なんだろう。踏みたくなる。
「……水の飲みすぎで死ぬことがある。水中毒というがな」えっ? デトックスっていうじゃん?! 私一昨日ミネラルウォーター買い込んだのにッ!
「……」おい。なんか喋れ。
「……」おい。壊れたのか。
「……」おい。いいかげんにしろ。
「お前の頭の残念さを嘆いていたところだ」……。
ランダム受信音楽がマイケル・ジャクソンのスリラーを流しだした。
何故にスリラー。掃除機がこ刻みで紡ぎ出す無駄に軽妙な動きが更に腹が立つ。
キレのある回転とスルスルと下がる動き。誰だこの動きをプログラムしたヤツは。
あれか。掃除機よ。私が味覚障害だとか言う気か。
「新はお前の健康を心配して料理を作ってくれていたが」???
「『素材そのものの味を楽しめないのか』とこぼしていたな」うっさい。新がバカなんだ。
マヨネーズの味が理解できない味覚障害め。
「新がいなければ、米を洗剤入れて洗うお前が何を」汚いじゃない。虫嫌いだもん。
「気にするな」気にします。
「そもそも『味覚障害』と言うモノは味蕾の異常によるもので、
味がまったく感じないなどの深刻な事態だ。新や澄香には当てはまらない。
お前の場合はタダのマヨネーズ好きだ」うん。
「頭がオカシイと言われる程度の」うっさいっ?! 掃除機の言葉がわかる私へのあてつけかっ?!
「お前はマヨネーズが旨いと考えているし、新のように多彩な味、食材ごとの繊細な違いを感じることが出来ない舌だからな」なんか、すっごくバカにされている気がする。
「まぁマヨネーズが『旨い』のは事実だ。たんぱく質、塩、油。これらを同時に摂取すると『美味しい』と感じるからな」むに?
「チャーハンは卵と塩と米、すなわち炭水化物」ああ。なるほど。あれも美味しい。
「カレーに卵や牛乳、珈琲や茶にミルク、唐辛子に油でラー油、岩塩にオリーブオイル。全て刺激物を油分で包んだ味だな」むう。
「まぁ新のほうが食事で言えば長生きできそうだが」うん?
「お前は腐った食材も、マヨネーズを入れれば気付かない」へ??
「流行のノロを貰ってきても、気付くまい」……あれれ。
そういえば、なんか、おなかが。痛い……。
ぐるぐる。おなかがなってて、苦しい……。まさか。ねぇ……。
「所謂味覚地図と言うのは迷信で、辛味は痛みに属する。本来の味覚ではない。食べ物ではないので危険。
それ以外の味は旨みがアミノ酸やたんぱく質。これは必須だ。
苦味は毒、酸味は腐敗物、甘味は栄養、塩味は必須だが取りすぎると危険……」
い、いや、その、辛い、辛い、吐き気……が。
「これら豊かな味を感知して、体内に入れるものを判断するのが味覚だが……。
コンビニ弁当の作業を行う者がノロになっていたり、ノロの人間が便所のあと手を洗わず手に取った弁当を加熱なしで食べる場合は味覚と関係ない。不注意だから安心しろ」
いや、すごく。安心できない。というか、マジ助けて。
「お前は料理が出来たほうがいい。男と言うモノは旨い飯で餌付けできるものだからな」うっさ……いや、腹が、吐き気が、うええええ……。
私の名前は昆野澄香。
珈琲の香りで命に関わる情報を教えてくれる掃除機の声が聞こえるが、
便所の縁で嘔吐していては聞こえない。そんな試練に直面している女である。