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詠唱破棄?いいえ、即興(フリースタイル)です。  〜定型文しか唱えられない魔術師たちを、現代最強ラッパーがリリックでボコボコにする〜  作者: てん
第一章 重低音の衝撃(ベース・ドロップ)    ―静寂の学院に響く反逆のリリック―

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第3話 『リリックに宿る業(カルマ)』


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 裏庭に、風が通っていた。


 石畳の隙間から雑草が顔を出す、手入れの行き届いていない一角。学院の壁が三方を囲み、昼間でも日当たりが悪い。人が来ない理由が分かる場所だった。


 桐島レンはそこに腰を下ろし、右手を眺めていた。


 指先が、まだ微かに痺れていた。


 プラズマ化した火球を放った際の反動だ。魔力の圧縮密度を上げすぎた。術者の身体にも相応の負荷が返ってくる。分かっていて、それでも加減しなかった。


 なぜか。


 自分でも答えは分かっている。


 ここが「本物の場所」かどうか、確かめたかった。


 右手を握り、開く。痺れが走る。その感覚が、別の記憶を呼び覚ました。


──────────────────────────────


 コンクリートの冷たさ。


 雨水と機械油が混ざったような匂い。街灯一本だけが灯る路地裏。


 フラッシュバックは唐突に来る。いつもそうだ。


 佐藤猛、十六歳。


 後に「MC.デス・ライム」と呼ばれる男が、初めてマイクを握った夜。


 場所は横浜の外れ、再開発から取り残された密集住宅地の地下。狭い部屋に煙草の煙と怒号が充満していた。観客の半分はギャングで、残り半分は金に困った連中だった。そこで負けたら何を奪われるか、十六の子どもには想像もできなかった。


 でも、マイクを渡された。


 それだけが分かっていた。


 口を開けば何かが来る。黙っていれば何かを失う。


 選択肢は、一つしかなかった。


──────────────────────────────


 中身のない言葉は死を招く。


 それを最初に教えてくれたのは、同じ路地裏で育った二歳上の先輩だった。


 彼は見栄だけのリリックを吐いてバトルで崩れ落ち、翌日には街から消えた。居場所ごと消えた。


 その背中を見て、猛は理解した。


 フェイクはバレる。


 舞台の上では、全部バレる。


 声の震え、言葉の軽さ、魂のない韻。観客は残酷なほど正確に、本物と偽物を嗅ぎ分ける。


 だから猛は本物の言葉だけを選んだ。


 腹の底から出てくる言葉。恐怖も怒りも飢えも、全部そのまま乗せた言葉。磨き上げる暇がない時は、削ぎ落とした。残ったものだけを、吐き出した。


 ライムは弾丸だ。


 フロウは引き金だ。


 撃った言葉は戻らない。だから一発一発に、命を乗せた。


──────────────────────────────


 右手の痺れが、じくりと疼いた。


 レンは現在に戻った。


 石畳。草の匂い。異世界の空気は現代より少し甘い。魔力が空気に溶け込んでいるからだと、この世界に来てすぐに気づいた。


 あの頃のコンクリートの匂いとは違う。


 でも、感覚は同じだった。


 ここでも、言葉は武器だ。


 ここでも、本物しか通らない。


──────────────────────────────


 草を踏む音がした。


 ミアだった。


 息が少し上がっている。探し回っていたのだろう。裏庭の入口で立ち止まり、レンの姿を見つけて、ほんの少し安堵したような顔をした。それからすぐに、別の表情が混じった。


 畏怖だった。


「……ここにいたんだ」


「うん」


 ミアは近づいてきて、レンの隣に立った。座ろうか迷うそぶりを見せて、結局座った。


 しばらく黙っていた。


 風が通る。草が揺れる。


「……聞いていい?」


「どうぞ」


「どうして」ミアは膝に視線を落としながら言った。「あんなデタラメなやり方で、誰よりも強い魔法が撃てるの?」


 その問いに、レンはすぐには答えなかった。


 右手を見た。痺れはまだある。


「デタラメじゃねぇよ」


 静かに言った。


「俺にとっては、これが『本物』の言葉だってだけだ」


「……本物の、言葉?」


「定型文ってのは、誰かが作った言葉だろ。先人が磨いて、型にはめて、誰でも使えるように整えた言葉。それ自体は悪くない」


 レンは空を見上げた。


「でも俺は、誰かの型に魂を入れることができない。自分の言葉でしか、魔力に火がつかない。そういう性質なんだと思う」


 ミアは黙っていた。


「……それって、生まれつき?」


「違う」


 一拍、置いた。


「身体に叩き込んだんだ。ずっと昔に」


 それ以上は言わなかった。ミアも、それ以上は聞かなかった。


 二人の間に、静かな時間が流れた。


 それが破られたのは、次の瞬間だった。


──────────────────────────────


 空気が、変わった。


 温度ではない。質が変わった。


 ミアが先に気づいて、立ち上がった。レンは一拍遅れて、裏庭の入口に目をやった。


 いた。


 アリア=ヴェルセット。


 昨日と同じ、完璧に整った銀髪。同じ制服なのに、纏う雰囲気が授業中の生徒と同じとは思えない。彼女の周囲の空気が、微かに凪いでいた。音が、薄い。


 ミアが一歩後退した。


「ア、アリア様……なぜここに……」


 アリアはミアを一瞥した。それだけで、ミアが口を閉じた。


 紫の瞳が、レンに向く。


「演習場の一件、聞きました」


 声は低く、感情を削ぎ落とした刃のようだった。


「外壁の修繕費は学院持ちになるそうね。あなたの『フリースタイル』とやらのせいで」


「修繕費は払います」


「問題はそこじゃない」


 アリアが一歩、踏み出した。


 それだけで、裏庭の空気が変わった。


 彼女の魔力が、静かに広がっていた。波立ちもなく、音もなく、ただ「静寂」という概念そのものが空間を満たしていくような感覚。


 レンは立ち上がった。


「面白い魔力だ」


「黙りなさい」


「沈黙の魔術か。消音系は珍しい」


「黙れと言っています」


 アリアが、手を上げた。


 その瞬間だった。


──────────────────────────────


 音が、消えた。


 完全に。


 風の音が消えた。草の揺れる音が消えた。自分の足が石畳を踏む音が消えた。


 ミアが何か叫んでいるのが見えたが、声が届かない。口が動いているだけの映像になった。


 沈黙結界。


 アリアの魔力が半径十メートルの球状空間を包み、その内側から音という音を根こそぎ奪っていた。


 アリアの口が動いた。声は聞こえないが、読めた。


 ―――あなたの音はノイズ。世界の調和を乱す汚物よ。


 レンは唇を読んで、少し目を細めた。


 外壁ごと吹き飛ばした魔法。それを遠巻きに見ていて、尚かつ即座に対策を講じてここまで来た。ただのツンデレ学院生ではない。


 本物の実力者だ。


 そして今、自分は無音の檻に入れられている。


 ラップは声だ。声は音だ。音がなければ、言葉は届かない。


 これが彼女の答えだった。


 戦うな、ではない。


 戦えないようにしてやった、だ。


 レンは右手を見た。まだ痺れている。


 そしてふと、思い出した。


 横浜の路地裏。煙草の煙。マイクを握った夜。


 あの時も音響が飛んだ。機材トラブルで、マイクが死んだ。


 観客がざわついた。誰かが笑った。


 でも猛は、マイクなしで吐いた。


 生声で、吐いた。


 声が届く届かないは、関係なかった。


 言葉を吐くのは、相手のためじゃない。


 自分の魂が、それを要求するからだ。


──────────────────────────────


 レンは、無音の中で口を開いた。


 声は出ない。


 空気を震わせても、音という形にならない。アリアの結界がそれを許さない。


 でも、言葉は紡げる。


 唇が動く。リズムが、身体の内側で鳴る。心臓が、ビートを刻む。


 音のない場所でも、魂の韻は止まらない。


──────────────────────────────


(黙らせたいなら もっとやれよ

 心臓ビートまで 止められるなら 話は別だ

 言葉ってのは 喉じゃなくて

 腹の底から 湧いてくるもんだ


 お前の静寂 綺麗だけどよ

 俺の業火カルマは 音より速い

 聞こえなくても 届いてんだろ

 今お前の 胸が 騒いでる)


──────────────────────────────


 アリアが、わずかに眉を動かした。


 声は届いていない。聞こえていない。


 なのに。


 胸の奥で、何かが鳴った。


 微かに。ほんの一瞬。


 それが何なのか、彼女には分からなかった。分かりたくもなかった。


 アリアは結界を維持したまま、レンを見据えた。


 その目に初めて、怒り以外の何かが混じった。


 名前のつけられない、感情の欠片が。


 レンは無音の中で、不敵に笑った。


「音がない?」


 声は届かない。でも口は動く。


「……上等だ。俺の心臓ビートは、まだ止まってねぇ」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

                        つづく

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【あとがき】


 3話まで読んでくださり、ありがとうございます!


 今回はずっと書きたかった「レンの過去」に踏み込みました。

 でも、長い回想にはしたくなかった。

 「コンクリートの匂い」「煙草の煙」「マイクが死んだ夜」、

 断片だけで過去が見えてくるように意識しています。


 「韻は弾丸、フロウは引き金」

 この一行、今話で一番気に入っています。

 ラップが娯楽ではなく生存戦略だったという重みを、

 異世界の魔法バトルに繋げるための、核になる言葉です。


 そしてアリア。

 今話では「崩さない」と決めていました。

 彼女はまだ壁です。高くて、冷たくて、完璧な壁。

 でも、無音の中でレンのリリックを「感じてしまった」。

 声も聞こえていないのに。

 その一瞬の「名前のつけられない感情の欠片」が、

 この先の彼女の変化の種になります。


 次話ではついに、二人が直接ぶつかります。

 音なき戦い、決着編。

 アリアの沈黙結界をレンがどう突き破るか、お楽しみに。


 4話もよろしくお願いします。


                       作者より

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