表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
詠唱破棄?いいえ、即興(フリースタイル)です。  〜定型文しか唱えられない魔術師たちを、現代最強ラッパーがリリックでボコボコにする〜  作者: てん
第一章 重低音の衝撃(ベース・ドロップ)    ―静寂の学院に響く反逆のリリック―

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/3

第2話 『身体が覚えているリズム』



 特別個室寮の窓から、朝の光が差し込んでいた。


 桐島レンは湯上がりのまま椅子にもたれ、天井を見上げていた。


 風呂が、よかった。


 石造りの浴槽に魔力で温めた湯を張るという、この世界の入浴スタイル。現代日本のシャワーとは比べ物にならないが、広くて静かで、一人で入るには充分すぎる。食事も悪くなかった。昨夜は見知らぬ香草と獣肉の煮込みが出たが、なぜか懐かしい味がした。


(悪くない場所だ)


 転生してからずっと、あちこちを転々としていた。宿屋の二段ベッド、野宿、馬車の荷台。それと比べれば、石壁に囲まれたこの個室は天国に近い。


 コンコン、とドアが鳴った。


 レンは振り向きもせず言った。


「開いてる」


 扉が開く音。次いで、少し間があった。


「……なんで鍵かけてないの」


 ミア=カルロッタの声だった。呆れているのか、怒っているのか、よく分からない声色で。


「かける理由がない」


「あるでしょ普通」


 レンはようやく振り向いた。ミアは扉の前で立ったまま、どこか落ち着かない様子で視線をさまよわせていた。


「何しに来た」


「……叱りに来た」


「叱りに」


「そう。昨日のあれ、完全に試験妨害じゃない。ドラクスは貴族で、もし訴えられたら――」


「訴えてこないよ」レンは言った。「自分が公衆の前で自爆して気絶した話、わざわざ蒸し返すと思うか?」


 ミアは口を閉じた。


 論理的には正しかった。そしてそれが悔しいのか、彼女はますます視線を床に落とした。


 レンはそんな彼女を一瞥して、テーブルの上の皿に目をやった。


「朝飯、食うか?」


「……え」


「まだあるぞ。パンと、なんか果物みたいなやつ」


 ミアは数秒、固まっていた。


 それから、ふわりと毒気が抜けた顔になって。


「……少しだけ」


 椅子に座った。叱りに来たはずなのに。


 レンはそれを見て、特に何も言わなかった。


──────────────────────────────


 ただ、ミアには分かっていた。


 自分が本当は何をしに来たのか。


 昨夜、眠れなかった。あの「音」が、身体の奥にこびりついて離れなかった。レンのラップが脊髄を走り抜けた感覚。心拍が乗っ取られた感覚。どれだけ時間が経っても、思い出すたびに背中がぞわりとした。


 だから確かめたかった。


 実際に声を聞けば、ただの記憶の誇張だったと分かるはずだ。


 そう思って来たのに。


「パン、もう一枚いるか」


 レンが普通に喋っただけで。


 ミアの背中を、細い電流が走った。


(……なんで)


 普通の声だ。魔力も何も込めていない、ただの問いかけだ。なのに身体が反応する。昨日の振動を、皮膚が覚えていた。


「……いらない」


 声が、少し震えた。


 レンは気づいていないのか、気づいていて無視しているのか。パンを自分の口に放り込みながら、窓の外を見ていた。


(ペースを握られてる)


 分かっていた。分かっていて、どうにもならなかった。


──────────────────────────────


 午前の実技授業は、屋外演習場で行われた。


 石畳の広場。正面に並ぶ魔力強化された的。受験生たちが緊張した面持ちで整列する中、レンはミアの隣でまた欠伸をしていた。


「ちゃんとしてよ」とミアが囁く。


「してる」


「してない」


 そこへ、包帯を巻いた人物が列に加わった。


 ドラクス=ヘイゼルだった。右腕に白い包帯。額にも一枚。しかし目は昨日より鋭く、レンを見つけた瞬間に細くなった。


 レンはちらりと見て、視線を戻した。


(興味なし)


 その態度が、ドラクスの眉をさらに吊り上げたが、授業が始まったので何も言えなかった。


 教官が前に出た。白髪交じりの厳格な顔つきの魔術師。腰まで届く杖を携え、生徒たちを見渡す。


「諸君、魔法とは何か」


 声は静かだが、よく通る。


「心を静め、定型文を慈しみ、魔力を丁寧に積み上げることだ。昨今、邪道な詠唱が横行していると聞くが――」


 一瞬、教官の目がレンに向いた。


「――この授業では、正しい魔術の作法を学んでもらう。課題は『ターゲット・バースト』。的に向けて火球を放ち、その精度と威力を評価する。では、番号順に」


 生徒たちが順に演習場に立った。


 多くが教科書通りの丁寧な詠唱で、小ぶりな火球を的に命中させた。それ自体は悪くない精度だった。ドラクスの番になると、包帯を巻いた右腕をかばいながらも完璧な詠唱で的を打ち抜き、周囲から小さな拍手が起きた。


 彼はレンを一瞥して、唇の端を上げた。


「次は君の番だ。平民の『邪道』とやらを、拝見させてもらおうか」


 レンは頷きもせず、演習場の中央に歩いていった。


──────────────────────────────


 正面、十メートル先に的。


 レンはそれを一秒見て、横を向いた。


「教官」


「なんだ」


「あの的、魔力強化されてますよね」


「そうだ。通常の火球程度では傷一つつかない」


「じゃあ後ろの壁は?」


 教官が眉をひそめた。


「……的の後ろの石壁のことか? あれは演習場の外壁だ。強化はされていないが、そんな場所まで魔法が届くはずが――」


「一応、人がいないか確認してもらっていいですか」


 沈黙。


 教官は何かを言いかけて、しかし何故か確認に行った。戻ってきた顔が、若干白かった。


「……いない。が、なぜそんなことを聞く」


「念のため」


 レンは前を向いた。


 指を、パチンと鳴らした。


──────────────────────────────


 低音が、落ちた。


 昨日とは違う。昨日は戦いだった。今日は違う。今日は純粋な、魔力の加速だ。レンは息を吸い、リズムを身体の芯に落とし込み、口を開いた。


──────────────────────────────


「聞けよ これが オレの名刺ビジネス・カード

言葉に乗せた 魔力は ハード

韻が圧縮コンプレス 熱量 スタンダード超えた

ファイア・ボール 音速ソニック超えて プラズマに変わった

グルーヴが加速ブースト 定型文じゃ 追いつけないぜ

これが俺の フリースタイル・マジック 覚えとけ」


──────────────────────────────


 ミアは最初の一音で、膝が笑い始めるのを感じた。


 昨夜あれだけ覚悟したのに。実際に声を聞いたら慣れるはずだと思っていたのに。


 むしろ、悪化していた。


 昨日より低い。昨日よりリズムが複雑で、身体の奥まで届く波長が、皮膚の下で共鳴する。心臓が勝手にビートを刻み始め、呼吸の仕方を忘れそうになる。


 声が、震えた。こらえようとすればするほど、甘い痺れが首筋から背中へ流れ落ちた。


(だめ、立ってられない……っ)


 ミアは必死に両足に力を込めた。隣の生徒に気づかれないように、唇を噛んで、目を細めた。


 それでも足が、じわじわと言うことを聞かなくなっていった。


──────────────────────────────


 演習場の中央で、変化が起きていた。


 レンの掌の前に現れた火球が――普通ではなかった。


 通常の火球は赤い。丸く、ぼんやりと燃える、教科書通りの魔法だ。しかしレンの手元で生まれたそれは、みるみる色が変わっていった。赤から橙、橙から白、そして白から、目を細めなければ直視できない青白い光へ。


 ドラクスが目を見開いた。


「あれは……なんだ? ただの火球が、なぜ……」


「プラズマ化……?」隣の生徒が呟いた。「魔力の圧縮密度が、ありえない……!」


「定型文なしで、あの出力……?」


「そんな馬鹿な、理論的にあり得――」


 レンが手を振った。


 青白い光体が、音を置いていった。


 ドン、という音が来たのは、一拍遅れてからだった。


 的が、なかった。


 的があった場所が、なかった。


 石畳に直径一メートルほどの焦げ跡が残り、その先、演習場の外壁に――縦三メートル、横二メートルほどの穴が、開いていた。


 石壁が、消えていた。


 穴の向こうに、朝の空が見えた。


 静寂。


 教官が、杖を取り落とした。


「…………的が、ない」


「壁も、ないですね」レンが言った。「すみません、加減が難しくて」


「加……減……」


 教官の膝が、ゆっくりと折れた。


「定型文を……使わずに……あの密度を……そんな、百年の魔術理論が……」


 その場に座り込んだ。


 クラスメイトたちは全員、口を開けたまま動かなかった。ドラクスだけが、両手を握りしめて唇を震わせていた。


「ありえない……ありえない、ありえない……! なぜ平民の、あんな雑な詠唱が――!」


 誰も答えなかった。答えられる者が、いなかった。


──────────────────────────────


 レンは振り向いた。


 ミアが、石畳に片膝をついていた。


 顔が赤い。いや、耳まで赤い。両手を石畳についていて、立ち上がれない様子だった。


 レンは歩み寄って、手を差し伸べた。


「ほら」


「……っ」


 ミアが手を取る。立ち上がりながら、目が合った。


 レンは少し屈んで、耳元で言った。


「お前もリズム取ってみろ。魔法がもっと『気持ちよく』なるぜ?」


 ミアの耳が、瞬時に真っ赤になった。


 ぱっと手を離して、後退した。


「……っ、バカ」


 声が、くぐもっていた。


 レンは特に表情を変えず、演習場の外壁の穴を眺めた。直しといた方がいいかな、と他人事のように思いながら。


 ミアは後退したまま、しかし視線だけはレンの背中に向いていた。


 怒っているはずなのに。


 恥ずかしいはずなのに。


 目が、離せなかった。


 胸の中で、まだビートが鳴っていた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

                        つづく

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




【あとがき】


 2話まで読んでくださり、ありがとうございます!


 今回は「日常パート」と「無双パート」の緩急を意識して書きました。

 朝飯のシーン、個人的にかなり好きです。

 ミアが「叱りに来た」はずなのに完全にペースを握られて

 いつの間にか一緒にパンを食べている、あの流れ。

 レンの「強さ」って、戦闘だけじゃないんですよね。


 そして演習場のシーン。

 「的だけじゃなく壁ごと消えた」という絵面、

 書いていて笑いながらテンションが上がりました。

 教官が杖を取り落として膝から崩れ落ちる描写、

 「周囲の驚愕」を書く時のお気に入りパターンです(笑)。


 ミアの身体反応、今回は少し踏み込みました。

 「慣れるはずだった、でも悪化した」という逆転が

 彼女の陥落をリアルにしてくれると思っています。

 ラストの「胸の中で、まだビートが鳴っていた」という一文、

 3話への橋渡しとして気に入っています。


 アリアの再登場は3話から。

 「汚らわしい音」と言いながら、彼女の魔力回路は

 演習場の外でも、レンのリリックを拾っていた――かもしれません。


 3話もよろしくお願いします。


                       作者より


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ