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詠唱破棄?いいえ、即興(フリースタイル)です。  〜定型文しか唱えられない魔術師たちを、現代最強ラッパーがリリックでボコボコにする〜  作者: てん
第一章 重低音の衝撃(ベース・ドロップ)    ―静寂の学院に響く反逆のリリック―

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第1話 『その詠唱、全然ノれねぇわ』



 王立魔導学院の試験会場は、息が詰まるほど静かだった。


 石造りの大広間。天井まで届く白い柱。受験生たちは整然と並び、順番を待ちながら、誰もが口の中で定型文を反芻している。声に出すことすら憚られる、この神聖な「予習」の時間。


 ミア=カルロッタは壁際に立ち、こっそり溜め息をついた。


(……静かすぎる。毎年こうなの?)


 魔法とは、静寂の芸術だ。


 この世界の常識では、詠唱の「滑らかさ」こそが魔力の純度を決める。一音でも乱れれば出力が落ち、感情が混じれば制御を失う。だから魔術師たちは幼少期から「無の心」を叩き込まれ、まるで朗読劇の俳優のように、感情を殺した美声で古の文句を紡ぐ。


 試験官の老人が、淡々と次の受験者を呼ぶ。


「番号七番、ドラクス=ヘイゼル」


 前に出たのは、背の高い金髪の少年だった。仕立てのいい礼服。胸には家紋の刺繍。ヘイゼル侯爵家の嫡男、と誰もが知っている顔だ。


 彼は演壇に向かう途中、ミアの隣でぴたりと足を止めた。


 見下ろす、というより、視界の端に入れることすら不本意そうな目つきで。


「……平民が、よくもこの会場に足を踏み入れたものだな」


 低く、よく通る声だった。試験前の静寂に、嫌というほど響く。


「私のような高貴な術者と同じ空気を吸っているだけで虫唾が走る。その汚い口を閉じて、高貴なる魔術の調べに平伏していろ。せめてそれが、平民にできる唯一の貢献だ」


 ミアは唇を噛んだ。反論の言葉が喉まで来て、しかし飲み込んだ。ここで騒げば試験を妨害したとして失格になる。それを分かっていてドラクスは言っているのだ。


 隣に立っていたレンは、何も言わなかった。


 ただ、目を細めて、ドラクスの背中を見ていた。


──────────────────────────────


 ドラクスは演壇に立ち、教科書の挿絵そのままに、両手を胸の前で組んだ。


「では、始めます」


 声は低く、よく通る。完璧な発音。完璧な呼吸。


「汝、天地の理を司る原初の炎よ――」


 静寂の中に詠唱が溶ける。美しかった。認めたくはないがミアも思う。あれが貴族の魔術だ。幼少期から家庭教師に仕込まれた、磨き上げられた「気品」。


 その時だった。


「……あー」


 会場の空気が、凍った。


 欠伸だった。


 それも、隠す気が一ミリもない、盛大な欠伸だった。


──────────────────────────────


 桐島レンは、列のいちばん後ろで椅子に深くもたれ、天井を見上げていた。


「悪い悪い」と彼は言った。誰に言っているのか分からない口調で。「マジでノれねぇんだわ、その呪文」


 ドラクスの詠唱が、止まった。


 会場の全員が振り向く。試験官の老人が眉をひそめる。ドラクスの目が、細くなる。


「……今、何と言った」


「ノれない、って言ったんだよ」レンは欠伸の涙を指で拭いながら、ようやく前を向いた。「テンポが単調すぎて眠い。八小節聴いて一個も韻踏んでないし、フロウが死んでる。魔法の前に、まず曲として終わってるだろ」


「き、貴様ッ――!」


「平民の分際で」とドラクスは言った。声が震えていた。怒りなのか、それとも恥辱なのか。「この私の詠唱に、ケチをつけるというのか。ヘイゼル家が代々受け継いできた、由緒ある古典詠唱に……!」


「由緒ある、ね」


 レンは立ち上がった。


 のそりと、まるで起き抜けのような動作で。それなのに、なぜか会場の空気が一変した。ミアは無意識に息を止めた。


「じゃあ聞くけど」とレンは言った。「その由緒あるやつで、俺に勝てる?」


 シン、と静寂が落ちた。


 ドラクスが破顔した。嘲笑だった。


「……試験中に乱入した平民が、私に挑むと。面白い。試験官殿、この茶番にしばらくお付き合い願えますか。この下賤な輩の分際を、公衆の前でわきまえさせて差し上げましょう」


 試験官は止めなかった。止める気がないのか、判断が追いつかないのか。


 ミアは前に出ようとして――レンに一瞥された。


 目が言っていた。見てろ。


──────────────────────────────


 ドラクスが再び詠唱を始めた。今度は本気だった。声に力が入り、魔力が空気を震わせる。青白い光が彼の周囲に集まり始める。


「汝、天地の理を司る原初の炎よ――古の契約に従い、我が声に応えよ――万象を焼き尽くす業火の化身よ、今こそ我が前に――」


 レンは聴いていなかった。


 いや、正確には聴いていた。ただし、魔法としてではなく、リズムとして。刻まれた音節の間隔。呼吸のタイミング。魔力が充填されていくテンポ。


(遅い)


 彼は指をパチン、と鳴らした。


──────────────────────────────


「Yo――」


 その一音で、会場の空気が変わった。


 物理的に、変わった。


 低い。異常なほど低い、腹の底に直接届く振動。それはドラクスの詠唱の周波数とは全く異なる波紋を空気に描き、広間の石床が微かに共鳴した。


 レンの口が、開く。


──────────────────────────────


「黙れ貴族 聞けよオレの ライム(韻)

お前の呪文 退屈すぎて タイム(time)

ゆっくり唱えて 格好つけてる クライム(crime)

俺の一声で お前の魔力 パラダイム(paradigm)――

シフト、ぶち壊す、フリースタイル(free style)

8小節で お前の回路 ハイジャック、ワイルド(wild)

定型文? そんなもんじゃ 届かない マイル(mile)

言葉は刃、韻は鍵、 俺が回す ダイヤル(dial)」


──────────────────────────────


 ミアは気づいたら、膝に手をついていた。


 気づかなかった。いつ、膝が笑い始めたのか。


 レンの声が――「音」が、耳孔から侵入して、脊髄を直接なぞり上げた。比喩ではない。本当に、背骨の一本一本が共鳴したのだ。まるで自分の身体が弦楽器になったみたいに。


 心臓の鼓動が、変わっていた。


 気づいた瞬間、ぞくりとした。自分の心拍が、レンの刻むビートに上書きされている。速くなるのでも遅くなるのでもなく――リズムそのものが、乗っ取られていた。


 呼吸が浅い。


 抗おうとするほど、脳の芯を痺れさせるような甘い振動が全身を駆け巡り、ミアは無意識に自分の太ももを強く掴んでいた。


 熱い。下腹のどこかが、鈍く、熱い。自分の意志とは全く無関係に、身体が「音」に応答している。


(な、なに……これ……なんなの……っ)


 それどころではなかった。


 ドラクスの様子が、おかしくなっていた。


──────────────────────────────


 彼の詠唱が、乱れ始めていた。


「汝、天地の……あ、あれ、天地の……?」


 頭が動いていた。リズムに合わせて。意思とは無関係に。レンのフロウが叩き込んだビートが、ドラクスの魔力回路に直接干渉し、詠唱のテンポを強制上書きしていた。


「天地の理を……っ、な、なぜ腰が……!」


 貴族の礼服が、恥ずかしい動きをしていた。


 ドラクスは顔を真っ赤にして詠唱を続けようとするが、もはや言葉が出てこない。口が開いても出るのは「えっ」「あっ」という音だけ。頭の中をレンのリリックが蹂躙して、古の定型文が根こそぎ掻き乱されていた。


「や、やめ……やめろ……ッ! 私の詠唱を邪魔するな――!」


 しかし魔力はすでに臨界だった。制御を失った炎の魔力が、術者の足元で渦を巻く。


 バァン。


 爆発は小さかった。しかし直撃したのはドラクス本人だった。自分で召喚した炎が自分を焦がし、彼は黒煙を上げながら後方に吹き飛び、見事に気絶した。


 静寂。


 会場の全員が、口を開けたまま固まっていた。


──────────────────────────────


 レンは肩をすくめた。


「……やっぱ定型文、フロウが死ぬんだよな。自爆するぞ、そんな呪文」


 誰も何も言えなかった。


 その時。会場の最上段、試験官席の奥から、老人が立ち上がった。白髪に白髭。杖を持った小柄な老人だが、全員が反射的に背筋を伸ばした。


 学院長、エルド=ヴァーツだった。


「……百年じゃ」


 震えていた。しかし恐怖ではなく、感動で。


「余が探し求めて、百年じゃ。言葉の流れそのものを魔力に変える『滑らかさの極致』……! 定型文などという器に収まらぬ、言語そのものが持つ原初の波動……!」


 老人は杖を床に打ち鳴らした。


「桐島レン。特別枠にて、合格じゃ」


──────────────────────────────


 ざわめきが爆発した。


 ミアはようやく太ももから手を離し――今さら気づいて顔が熱くなった――前に走り出た。


「レン! レン、すごい、すごかったよ!」


「まあな」


「まあなじゃないでしょ!? あんな――」


 言葉が止まった。


 ミアの視線の先に、ひとりの少女が立っていた。


 受験生の列から、一歩だけ前に出た少女。銀色の髪が肩で静止している。紫の瞳が、値踏みするようにレンを見ていた。


 感情がない。まったくない。ただ、その目の奥に、何か一点だけ、微かに揺れているものがある。


「……汚らわしい音ね」


 声は低く、美しく、凍えるほど静かだった。


「そのはしたない口、私が縫い合わせてあげる。次に会う時までに、覚悟しておきなさい」


 それだけ言って、アリア=ヴェルセットは踵を返した。


 その瞬間、会場の空気が変わった。


 今度は別の意味で。


 試験官のひとりが、蒼白な顔で隣の同僚に囁く。


「……あのアリア様が、わざわざ口を利くだなんて……」


「百年に一度の天才と呼ばれる御方が、一介の受験生に……」


「しかも、敵視するほどの……何かを、感じ取ったということか……?」


 囁きが連鎖する。その意味をミアは理解した。


 アリア=ヴェルセット。この学院の創設者一族の末裔。入学前から「今世紀最高の魔術師」と謳われ、試験官たちでさえ彼女の前では萎縮する、圧倒的な高嶺の花。


 その彼女が――初めて、自分から言葉を向けた相手がいる。


 ミアはレンを見た。


 レンはアリアの背中を見ながら、わずかに目を細めていた。


 そして、口の端がかすかに上がった。


「……面白いじゃねぇか」


 誰に言うでもなく、呟いた。


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                        つづく

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読んでくださりありがとうございます!


 ドラクスの台詞、書いていて「こいつ早く黙らせたい」と自分でも思いました(笑)。

 あれくらい「嫌な奴」にしておかないと、自爆した時の爽快感が出ないんですよね。

 ざまぁの鉄則は「溜めを作ること」。貴族特権意識の圧を高めれば高めるほど、

 レンのラップが炸裂した瞬間のカタルシスが倍増します。


 ミアが感じた「あの感覚」については……2話でもう少し丁寧に向き合います。

 「心臓が乗っ取られる」という感覚、書いていてかなり好きです。

 自分の身体が自分のものでなくなっていく恐怖と快感の混在――

 2話ではここをさらに深掘りします。


 そしてアリア。

 「汚らわしい」と言いながら、彼女が最初にレンへ向けた言葉は敵意だけではない。

 ……それに気づいているのは、今のところレンだけかもしれません。


 2話もよろしくお願いします。韻は止まらない。


                       作者より


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