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短編2

どうかしてるぜ、と後にアレックスは語った

作者: 猫宮蒼



 この世界にはスキルというものが存在する。

 それは一人に一つ、スキルを与えられているのは、人の形をした種族。

 人間以外にもエルフやドワーフ、獣人や魔族にも与えられている。


 人の形をしていない、犬や猫、牛や馬といった動物には与えられていない。


 なのでうっかり歩いていたら踏みつぶしそうになった蟻に手痛いスキルで攻撃される、なんてことはない。

 蟻を操るスキルを持った相手に蟻を使って攻撃される事はあっても。


 魔族がいるが、魔物は別に魔族が使役しているわけではない。

 大昔にこの世界で起こった厄災の結果魔物が誕生したと言われている。


 魔物に関しては人間にとっては脅威だし、魔族にとっても退治しないといけない共通の敵でもあった。


 気づいたら大量発生している害虫のような勢いで魔物がぽんぽこ発生するので、この世界では魔物退治を請け負う者たちが大勢いる。

 何せ、与えられたスキルがそういうのを見越しているのか? と言いたいものが多いので。


 逆にスキルがなければ今頃きっと、馬鹿みたいに発生する魔物に数の暴力で負けていたかもしれない。


 さて、そんな世界に魔王を名乗る存在が現れた。


 魔族の王だから魔王、というわけではない。

 むしろ魔族たちにとっても魔王は敵と認定された。


 何せ魔王、魔物を操るスキルを持っているのだ。

 魔物を生み出すスキルじゃないだけマシかもしれないが、気付いたら発生している魔物を操るスキルとか普通に脅威である。


 これが魔物を操って同士討ちさせて数を減らしてくれる、とかであればいい。

 けれど魔王は魔物を操って人間やそれ以外の種族に対して攻撃を仕掛けてきたのである。


 生かしちゃおけねぇ倒せ魔王! そんな感じで魔王討伐が掲げられた。


 魔物退治と並行しつつ魔王を倒そう、というのが多くの冒険者たちの目標となってしまったのだ。


 魔王を倒したところで魔物は残るが、しかし意図してこちらに魔物をけしかけてくる魔王がいたところで百害あって一利なし。魔王がこちら側で魔物が襲ってくるのを防いでくれるというのであればまだしも、魔王は各国に宣戦布告を叩きつけ世界征服を目論んでいるとしか受け取れない声明を出しているのだ。

 和睦の道は最早無し。世界全部を巻き込んで、状況は既に引き返せないところまできていた。



 そんなこんなで魔王討伐に向かった勇敢なる戦士たちと魔王の軍勢は熾烈を極めた。

 いっそ魔王の寿命が尽きるまで守り切ればいいのでは? となったがよりにもよって魔王は人間以上に長生きする長命種であったので、防衛策に徹するという案は早々に棄却された。

 生ぬるい事言ってんじゃねぇ、倒すしかねぇんだ。そう言い切ったのは果たして誰だったか。


 挑んだものの負けた者たちとて当然いる。


 魔王が倒されるのが先か、人類が滅ぶのが先か。

 緊張状態の続く世界ではあったが、とうとう魔王を追い詰めるまでに至った存在が現れたのである。



「はん、魔王だなんだって言ってもこのザマか」

 ポン、と愛用の武器を肩に担ぐようにして言ったのは、ベテラン冒険者チームの中の唯一の非戦闘員だったはずの少女だった。

 非戦闘員なので勿論剣とか槍というような殺傷力のある武器は持っていない。少女が持つ武器は麺棒だった。

 あの、クッキー生地とかを伸ばしたりするのに使われるやつである。時々擂粉木棒のように使われる事もあるが、概ね生地を均等に伸ばす際に使われるやつだ。


 少女はこの冒険者たちの中で唯一の非戦闘員で、食事係をしていた。

 こと戦闘においては向かうところ敵なしと言っても過言ではないくらい強い面々ではあるが、料理に関しては壊滅的だったのである。


 一応、一人少女以外に料理ができる相手もいるのだが、そちらは戦闘もこなしているので流石に戦った後で仲間の食事の用意まで、となると負担が激しい。


 荷物に関しては各々が持つものの、いざ戦闘となれば荷物をその場に置いて立ち回る事もある。

 そういった時、少女は荷物の番をするかのようにその場に留まって、それを守るように仲間たちは戦うというのが定番と化していた。



 チームのメンバーは少女を入れて五名。あまり大所帯だと目立つ事もあって魔物に目をつけられやすくなる。魔王が操っている魔物たちは、人を見れば襲うとはいえこちらの存在に気づかない事もある。

 それ故に多くの冒険者たちは少数精鋭となってそれぞれが魔王討伐を目指していた。

 その前に大軍を率いて魔王を倒そうとしていた国が、軍以上の数の魔物に襲われて滅亡寸前に追い込まれているのでそうするしかなかった、というのもある。


 チームのリーダーはアレックス。

 彼は聖剣というスキルを与えられていて、手にした武器が木の棒だろうと石ころだろうと魔物に絶大な効果を与えるとんでも野郎だ。

 聖剣と言う名の石ころを魔物にぶつけるだけである程度の魔物なら簡単に倒せるという魔物側からすればまさにインチキ野郎。

 武器屋で50ゴールドで売られていた銅の剣が彼の手にかかれば簡単に聖剣へと早変わり。

 聖剣と言う名の木の棒で倒せない魔物も聖剣と言う名の銅の剣でイチコロである。

 これで倒せないようならちょっと頑張って鋼の剣の購入も考えたが、なんだかんだ銅の剣で魔王のいるところまで辿り着いてしまったのであった。


 サブリーダーはガルドフ。

 彼に与えられたスキルは追跡。

 このスキルによって、魔王が居場所を変えてもその居場所を特定し、確実に追い詰めていったチームの功労者である。

 使い方次第では気になるあの娘のストーカーもお手の物だが、ガルドフはちゃんとやっていい事と悪い事の区別がついているのでそういった犯罪にスキルを使った事はない。何せ実家は教会である。悪い事したら神罰が下るよ、とか言われて育ってきたのだ。

 まぁその神罰は父ちゃんとか母ちゃんの拳骨なのだが。神罰、とは。


 一見すると戦えそうにない気がするが、しかし教会で馬鹿みたいに鍛えられてきたガルドフは一流の格闘家になっていた。教会の、というか彼のご両親は一体何をどうした結果こんな風に育ててしまったのか。

 まぁ仲間たちにとっては頼もしいので何も問題はない、という事にしている。


 次に治癒魔法というスキルを与えられたヨハン。

 彼は元は悪徳高利貸しをしていたが、アレックスとの殴り合いと言う肉体言語による語らいでこのチームに入る事になった。

 命が金で買えるうちはマシな方だろ、と言いつつ高額な治療費を吹っ掛け、払えない相手に借金を背負わせるというある意味マッチポンプ野郎だったが、今では割と改心した。


 そして攻撃魔法というスキルを与えられたマーガレット。

 このチームでの戦闘要員という意味では紅一点である。

 少女がいる? 少女は非戦闘員なので。


 筋骨隆々とした肉体、ピンクのソフトモヒカン、バチバチに両耳で存在感を主張しているピアス。

 本来は両手で持つはずの武器、トゥハンドソードを片手で軽々とぶん回す、などとちょっとやんちゃな面はあるが、趣味はレース編みで得意なお菓子はマカロンといった面も持ち合わせた、心優しいオネェである。

 スキルとして与えられた攻撃魔法の威力は絶大だが、本人のフィジカルも強く、見掛け倒しの魔法使いだと舐めてかかればそいつは明日の朝日を拝めない。まぁこの見た目で見掛け倒しだと思って舐めプするようなやつは危機感が死んでるし生存本能も旅立ってるので明日の朝日を拝めないのも当然といったところか。



 そして少女。

 彼女の名前はアプリコット。マーガレットの妹である。


 とはいうものの、マーガレットと血の繋がりはない。

 何故なら彼女は路地裏に捨てられていた捨て子で、マーガレットがたまたま見つけて回収し育てられたに過ぎないからだ。

 マーガレットが十歳の時に赤ん坊だったアプリコットを見つけ、今日こんにちまで大事に育ててきた。マーガレットも決して裕福な環境で育ったわけではないけれど、それでも。


 自分だって生きていくのでやっとなのに、捨て子だった自分を育ててくれたマーガレットの事をアプリコットはとても尊敬している。なんだったらアプリコットの目に映るマーガレットは女神もかくやとばかりの絶世の美女だ。フィルターがヤバイ。

 アプリコットはマーガレットからいつか一人でも生きていけるように、と様々な事を教わって育ってきた。料理もそうだ。

 マーガレットが魔王討伐に旅立つ切っ掛けはアレックスに誘われたからだが、その際まだアプリコットを一人置いていくのは……となったのもあって、危険は承知の上でアプリコットもまたマーガレットと共に旅立つことを決めたのである。



 ちなみにヨハンが割と改心した原因でもあるのだが、マーガレットはヨハンとアプリコットを決して二人きりにしないよう目を光らせている。ロリコンに容赦も慈悲も与えてやる必要はないのだ。

 まぁ、現在アプリコットの年齢は十五なので、一応世間的に成人してはいるのだが。

 ちなみに彼らが魔王討伐に参加したのは五年前。

 ヨハンがアプリコットと出会ったのはそれから間もなくである。マーガレットがこのロリコン野郎と目を光らせるのも無理はなかった。



 魔王との戦いは熾烈を極めた。

 仲間の誰か一人でも欠ければアプリコットが嘆き悲しむと思ったヨハンは自分も死なないように立ち回って、他の野郎どもが死なないよう治癒魔法をフル活用していたし、その結果死者は出ていない。


 ただ、戦いの最中魔王の攻撃の余波をくらって吹っ飛んだアプリコットは、受け身をギリギリで取り損ねて頭をごちんとぶつけ倒れた。

 咄嗟にヨハンが治癒魔法をかけたものの、そこでアプリコットの前世の記憶が蘇ったのである。


 アプリコットは前世別の世界で生きていた事を思い出したが、正直そこに関しては割とどうでもいい。

 何故なら自分が知っている作品の世界に転生してるー!? なんて状況ではなかったので。

 そもそも知っている作品の世界に転生していたとして、魔王と戦ってる最中とか割と手遅れ。

 そんな事よりも、だ。


 アプリコットは静かにキレていた。


 何せアプリコットが魔王の攻撃によって発生した衝撃波で吹っ飛ぶ直前、魔王のやつはよりにもよってこう言ったのだ。


「このクソキモオカマめ! まずは貴様から殺してくれるわ!」


 ――おわかりいただけただろうか。


 よりにもよってアプリコットの地雷を盛大に踏み抜いたのだ。


 アレックスの聖剣スキルは確かに魔王にもそこそこダメージを与えていたかもしれないが、魔王は魔物を操るスキルを持った長命種族であって魔物そのものではない。魔王が使役している魔物には脅威だけど、魔物はそれこそわんさかいる。流石に魔王が居城として彼らと戦っている空間に大量に呼び寄せてしまうと魔王も圧迫されて大変な目に遭うので数の調整はしているが、アレックスが魔物を倒して他の仲間たちに魔物の攻撃がいかないようにしている間、魔王にとってアレックスという男の存在は恐れるようなものではない。

 ガルドフもそうだ。

 確かに彼の身体能力は優れているが、スキルは追跡。

 彼のせいで魔王は今まで使っていた拠点をいくつか放棄する羽目になった。けれども、こうして直接戦っているとなれば、既にそのスキルでどうこうできるわけもなく。


 ヨハンは正直真っ先に潰したかったけれど、それを邪魔していたのがマーガレットである。

 アレックスやガルドフの怪我をちまちまと治すヨハンの存在は魔王にとっても鬱陶しいハエのようであり、ぷちっと潰したくて仕方がなかったのだがヨハンは己の力量をよく理解していたので決して無駄に前に出てくるような事はしなかった。

 そのかわりに前線で戦っていたのはマーガレットだ。


 魔王目線でこのオカマ、両手剣を当たり前のように片手でぶん回し時として攻撃魔法で一度にたくさんの魔物を薙ぎ払い、攻撃とサポートを並行して行うという、ある意味でこのチームの要みたいな活躍をしていた。

 魔王の攻撃も適度に弾いたり防いだりして、的確に魔王の邪魔をしてくるのだ。そりゃあ魔王だってイラつきもする。


 これがいかにも歴戦の戦士みたいな男だとか、どこから見ても勇者っぽい奴だったなら魔王もまだ納得したかもしれない。しかし眼前に立ち塞がるのはオカマである。

 マーガレットは失礼ね、オネェよ! と反論していたが、正直魔王にとってオカマかオネェかはどうでもよかった。目の前をうろちょろするハエの正式名称がなんだろうと鬱陶しい事にかわりはないのだ。


 そうして業を煮やした魔王が、マーガレットに対する罵倒の言葉と共に魔物の力を使って後方で控えていたアプリコットが吹っ飛ぶ勢いの攻撃を仕掛けたのである。


 ちなみに吹っ飛んだのはアプリコットだけだった。他の面々はしっかりと大地に足を踏みしめて留まっていた。これが……ウェイトの差……!!

 アプリコットはやっぱもっと鍛えてお姉ちゃんみたいに筋肉をつけねば、と改めて心に刻み込みつつも、魔王の暴言を許すつもりはこれっぽっちもなかった。

 何故って魔王は世界に迷惑を絶賛かけまくり中だけど、マーガレットはむしろ人助けを率先して行っていたからだ。木から降りられなくなった猫ちゃんを助けたり、迷子になった弟を探すお姉ちゃんと一緒に迷子探しをしたり。老夫婦の財産を狙う強盗を返り討ちにしたり。図書館で上の棚にある本が届かず精一杯背伸びをしていた女の子のかわりに本を取って渡したりもした。ちなみにマーガレットの身長は二メートルである。

 困っている人を放っておけない心優しいマーガレットの事を、人生まるごと救われたアプリコットは尊敬していた。


 そんな聖女か女神のような姉の事を、よりにもよって魔王はクソキモオカマと罵ったのだ。

 大切な家族の事を悪く言われてアプリコットはブチギレた。

 そして、怒りによって己に与えられたスキルの事を思い出したのだ。


 アプリコットは非戦闘員だ。一応護身程度の事はできるが、マーガレットが無茶はしないようにと言っていたから、もし怪我でもしてそんな姉を悲しませるような真似はしたくないので言いつけをちゃんと守っていた。

 そもそもアプリコットに与えられたスキルがよくわからなかったのだ。

 魔女、という言葉がついていたからてっきり魔法が使えるスキルかと思ったが、しかしいざ試してみてもそんな事はなく。

 魔物に一撃かましてみたが、あまり効果がなかったのだ。

 何らかの特殊能力である事は間違いないんだろうなとは思うのだが、戦闘向けのスキルではないんじゃないか? と他の仲間たちもあれこれと悩んで考えてくれたけれど、やっぱりよくわからない、という結論になってしまっていた。


 だがしかし、前世の記憶を思い出したアプリコットは自分に与えられたスキルの真の意味を理解したので。


 咄嗟に荷物の中から愛用の麺棒を取り出して、お姉ちゃんになんつったゴラァ! とブチギレ勇んで魔王に突撃をかまして、スキル攻撃をくらわしたのである。


 その結果、魔王は倒れた。文字通りの意味で。


 これには仲間たちも姉もぽかんとなった。

 魔王が倒れた事で魔王が操っていた魔物たちの動きが僅かに止まり、その隙にアレックスは道具屋で買った縄をぶん回して魔物たちに命中させていく。当たった端から魔物はバタバタ倒されていく。


 そうして新たに魔物を呼び寄せられそうにない魔王を見下ろして、アプリコットは麺棒を肩にポンポンさせながら言ったのである。


「はん、魔王だなんだって言ってもこのザマか」


 魔王はまだ生きてはいたが、動けそうにない状態であると判断したアレックスたちの次の動きは速かった。

 今のうちだとばかりにボコボコに叩きのめして、封印というスキルを所持している人に作ってもらったスキル封じの首輪をがしゃこんとはめたのである。ついでに手足も縛っておいたので、意識が戻ったところでもう何もできないだろう。


 ちなみに首輪は魔王専用として作ってもらったので、うっかり他の魔王じゃない人がつけてもスキルは封印されない。犯罪者用の封印具も一応適用されるとは思うが、場合によっては力技で壊されるかもしれなかったので魔王専用としてもらった次第であった。


 ここで魔王を殺してその首だけを持ち帰ってもいいが、どうせなら生きたまま引き渡した方が色々と魔王によって被害を被った相手も怒りの矛先を確実に本人に向けることができるので。

 正直魔王本人からすればここでいっそ、

「くっ……殺せ!」

 とか言っておいた方が確実にマシだった。

 しかしそんなセリフを言える余裕もないくらいボコボコにされてしまった魔王は最早完全に見た目がボロ雑巾。そんなでっかい雑巾を、マーガレットがひょいと肩に担ぐ。



 そうして魔王を倒し見事勇者となった彼らは凱旋したのである。



「――で、結局のところ、お前あれ、何だったんだ?」


 魔王を国王の前に引っ立てて、たっぷり褒章をもらった後の事。

 国どころか世界を救った英雄扱いされた彼らは、連日押し寄せる人の多さにちょっと疲れてお忍びで保養地へとやって来た。そこの温泉を堪能し、それからようやくアプリコットが魔王を倒したあの時の事を口にできたのである。

 流石にアプリコットが魔王を倒しました、となっては、ちょうど年頃の王子があの国にはいたので。

 このままでは国を救った聖女様扱いされて見世物のように王子と結婚とかさせられて施政者たちのいいように利用されてしまう、と懸念したマーガレットが、聖剣スキルを持つアレックスの功績という事にしたのだ。

 仲間たちもそれについて否やはなかった。マーガレットがアプリコットの事を妹として大切にしているのは仲間内では周知の事実だったので。


 泊っている部屋の周辺にアレックスたちの事を嗅ぎ回るような相手はいない、というのを調べて安全を確認した上でようやく話題にできたのである。下手にアプリコットが魔王を倒す切っ掛けを作ったなんて知られたら、未だ魔物は多く存在しているのだ。彼女を勇者としてまつり上げて……なんて輩が出てこないとも限らない。アプリコットの実力はアレックスたちもよく理解している。魔王を倒した時のアレはともかく、普段の状態で魔物と渡り合えるか、となると無謀だというのを、仲間たちはよく知っている。


「お察しだと思うけどスキル攻撃よ」

「でも前に試した時は」


 アレックスの言葉に、それな、とアプリコットは頷いた。


 以前魔物で試した時、まったく効果がなかったのはこの場にいる全員が知っている。


 だが、今にして思えばそりゃそうだろうなぁ、とアプリコットだって思うのだ。

 アプリコットが試しに、と一撃ぶちかましてみた魔物は植物タイプの魔物だった。くねくね動く木の魔物だった。そりゃ効果ないだろうな、と思い返して納得しかない。


「知ってしまったの。あたしのスキルの効果を。あの時衝撃で頭ぶつけた瞬間に天啓が下りてきたのよまさしく」


 前世の記憶を思い出した結果スキルについて理解した、とは流石にぶっちゃけが過ぎるのでアプリコットはそれっぽい言葉に変換したが、天啓って言い方も大概だなと内心で想っていた。


「あたしのスキルは魔女の一撃。

 最初はてっきり魔女が使うようなすんごい魔法が飛び出すのかと思ってたけどそうじゃなかった。

 でも一撃ってくらいだから、何かあるだろうと思って魔物で試したけど効果はなかった。

 そりゃそうよ、あの時試した魔物には存在しないもの」


「存在しないって何が? アプリコット、あんたのスキルって一体なんなの? 使ったら衝撃とか反動で傷つくような危険なものではないのよね?」


 心配そうにこっちを見る姉に、アプリコットは大丈夫、と微笑んだ。


「これね、人型の生物にしか効果ないの。アレックス、ちょっと試しに一撃受けてみてくれる? ヨハンの治癒魔法ですぐ治してもらえばどうにかなると思うから」

「えっ、死なない?」

「死にはしない。少なくともこの一撃で死んだ人見た事ない」

「そもそもお前のスキル謎過ぎて他に同じスキル持ってる奴とかも見た事ないが!?」


 アレックスのもっともすぎる突っ込みはさておいて、アプリコットはアレックスに指を一本立ててそれをぶすっと突き刺した。攻撃と呼ぶにはあまりにもお粗末な一撃。しかし――


「ぐおっ!?」


 座っていたアレックスであったが、しかしその姿勢を維持するのも難しいとばかりに倒れた。


「いっ……てぇ~~~~!? は、なんだこれ!? いっ……いたたたたたたたヨハン! ヨハン回復! はよ! マジ早く!」

「えっ、今のでそんな? 大袈裟……にしてるわけでもなさそうだな? マジか」


 困惑しつつもヨハンが治癒魔法をかける。

 その結果どうにか回復したらしく、アレックスは倒れていた姿勢を元に戻した。


「スキル名が仰々しすぎるけど、要はそれ、ぎっくり腰にするスキルなんだよね」


「ぎっくり」

「腰」


 何を言われたんだろう、とばかりにアレックスが復唱しかけたもののその言葉は途中で止まり、それを繋げるようにマーガレットが続けた。


「ぎっくり腰ってあのよくじいさんとかがなってる?」

「若くてもなる人はなるよ。重たいものを無理に持ち上げたりした時とか」


 アプリコットが前世の記憶を思い出さなかったら、きっと名前が仰々しいだけの特に役に立たないスキルだと思って一生を過ごした事だろう。

 それ以前に、前世の記憶を思い出したとしても、下手をすれば理解できたかも危うい。

 アプリコットが前世で暮らしていたところではぎっくり腰はぎっくり腰なので。

 海外では魔女の一撃と呼ばれる事もある、と何かの折に雑学として仕入れた話を憶えて――この場合は思い出して――いなければ、名前負けスキルと思ったままだった。


 魔物で試して効果がなかったのは、木の形の魔物で腰なんて存在しなかったからだ。

 もし人間で試していたら……いや、その時はその時で、人型以外の魔物にも通用すると思って最悪の結果になっていたかもしれない。


 そんなに凄いのか? とガルドフも試しに一撃、と好奇心でチャレンジして無事に轟沈した。

 普通に真正面から戦えば、アプリコットがガルドフに勝てる可能性は限りなく低い。

 ガルドフの拳の一撃をくらえばアプリコットは呆気なく倒れるだろう。

 とはいうものの、ガルドフがアプリコットをそんな目に遭わせる事はないのだが。

 仲間であり、ガルドフもまたアプリコットを妹のように扱っているのでそんな相手に本気で殴り掛かるわけもない。余程アプリコットが他人様の神経を逆なでしまくるクソガキであったなら拳骨の一つは落としたかもしれないが、しかしそういう事はなかったので。



 ぎっくり腰になる生き物は限られている。

 スキルを試そうとした時の木の魔物だとか、スライムのようなそもそも腰が存在しないタイプにはまるっきり無力だが、しかしぎっくり腰が通用する相手に対しては絶大な効果を誇る。

 使いどころが限られているとはいえ、しかしその効果を発揮できる状況にあればアプリコットは最強ですらあるかもしれない。


 むしろ治安の悪いところで人に襲われるような事があった場合、アプリコットの身の安全は確保できたも同然である。そういった悪い奴が非合法でスキル封印アイテムを持っているか、となると常に持ち歩いているわけでもないので、もし人買いに連れ去られるような事になったとしても最初の時点でスキルを使えばアプリコットは無事に逃げる事ができる――そう考えてマーガレットはホッと安堵の息を吐いたくらいだ。


 そしてまたアプリコットもマーガレットと同じような事を考えていた。

 外で魔物退治をする時は大体皆がいるから安全だ。むしろ危険なのは一見安全そうな町や村だったりする。魔物は遠慮なく倒しても誰も文句は言わないしそれどころか褒められる事ではあるけれど、しかし人を殺すのは犯罪なので。勿論殺されて当然というようなのもいる。いるけれど、そういった悪人を裁く法はこの世界にも存在しているのだ。


 そういった面も踏まえて考えると、アプリコットの能力は人型の生命体に対して絶大な効果を誇るとはいえ、殺すほどの能力でもないのでうっかり間違ってスキルを発動させても最悪の結果にはならないと思われる。まぁうっかりで魔女の一撃をくらう方にしてみればたまったものではないかもしれないが。



「……とんでもないスキルだな……」


 ヨハンが若干引いたように言う。流石に彼はちょっと試しにくらってみようとは言わなかった。賢明な判断である。



 ――アプリコットのスキルがどういったものであるのか。

 その疑問が解決されたとはいえ、その後特に何か変わった事があったか、と問われれば別段何もない。

 魔王が倒されたといっても魔物はまだまだ数多く存在しているし、アレックスたちのやる事はそういう意味ではあまり変わらないのだ。


 魔物を倒し、時として魔物を隠れ蓑に悪事を働く悪党どもを成敗し。

 人間相手だとアプリコットが軽くスキルを発動させるだけで面白いくらいバタバタ倒れていくので、気付けばアレックスたちは魔王討伐に関してのみならず、それ以外でも勇者と呼ばれるようになったくらいか。



 スキルは使えば使うだけ洗練されていく。

 アプリコットはそれこそ最初のうちスキルを使うのに相手に少しでも触れないといけなかったが、今では遠距離からの発動も可能になった。

 まぁその結果――


 直後に大剣ぶん回すマーガレットのせいでマーガレットが無双しているようにしか見えず。


 噂に尾びれや背びれがくっついた結果――


 マーガレットが救世の勇者と呼ばれるようになった挙句、アプリコットはそんな勇者を支える聖女と称されるようになるのだが。

 それはまた別のお話である。

 基本的に人型にしかスキル使ってないけどスキルを使いこなしてくうちに遠距離から腰がある動物タイプの魔物とかにも無双してる。


 次回短編予告

 ヒロインと悪役令嬢、そしてそんな二人の母親となった女性。メインキャラとサブキャラ、しかしその三人は転生者だったのです。っていうこれまたテンプレな話。

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魔女の一撃を意図的に。なんて恐ろしい! アレをナメてかかってはいけないのです!ひどい時は人としての尊敬までなくなるのですよ! 大の大人が介護(親にジーンズを脱がせてもらうなど)され、トイレには5分かけ…
「魔女と名の付くスキル」「魔物には効かないが人型種族の魔王には効いた」で予想がついた瞬間爆笑しましたw ある意味対人特効スキルすぎる
なんて恐ろしいんだ…(腰に手を添えつつ
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