告白
今日は朝から雨が降っていた。楽しみにしていた乗馬も流石にできないので、窓の枠に肘をつけ雨が降る街並みを眺める。
「どうします?今日は宿で過ごしますか?」
「そうだね。こんな雨じゃ屋台も出てないだろうしね」
大粒の雨が地面を打ちつけ街には人影がない。いつも外から聞こえる元気な子供の声も、今日は家の中から微かに聞こえるだけで雨音でかき消される。
フレイがコーヒーを持ってきてくれたが、何もすることがないので一気に飲み干してしまう。フレイはコーヒーが飲めないらしく水をちびちびと口に含ませながら飲んでいる。小動物のようだ。
「そうだ、これもう一回挑戦してみます?」
フレイが昨日のパズルを持ってくる。
「無理だよ。また大笑いしたいだけでしょ」
「そんなことないですよ。暇つぶしです」
笑う気満々の顔をしながらパズルが手渡される。よし、存分に笑わせてやろう!!
「──ん??」
気づくと幾何学的な形をしたパズルが正方形になっていた。30秒もかかってない。
「えっと。すごいですね!!」
「まぐれだよ」
そう言って、フレイにパズルを渡すとまたパズルを崩し幾何学的な形にして渡してくる。
「おお!!すごい!!」
今度は15秒ほどで完成させた。昨日あんなに挑戦して出来なかったのに不思議だ。フレイはただただ感心してくれて私も素直に喜ぶ。
パズルで暇を潰そうと思ったら1分も潰せず、部屋にゆったりとした時間だけが流れる。
「私の残りの時間って後どのくらいなんだろう」
私はフレイに聞くように独り言を呟く。フレイは胸ポケットから鎖のついた細かい細工の施された懐中時計を取り出した。
「……後……20日と20時間とちょっとです……」
「この世界って時計ってあったんだ!!みんな鐘で時間把握してるのかと思った」
「ほとんどの人たちはそうですね。高価な物ですから。僕たちはこういう仕事ですので国から支給されています。だから、これを壊したり無くしたりしたら減給されるんです」
フレイはそう言って懐中時計を大事そうに胸ポケットにしまった。
自分が聞いたくせに、聞かない方が良かったと悔いてしまう。時間は無限にあるもの──そう思っていた。思っていなくてもそう感じていた。友達と笑い合い仕事も一生懸命してたが、1日1日を大切になんて思ったことはなかったし、そんなこと考える時間がないくらい楽しかった。
有限の時間の中で自分がどれだけちっぽけなのかを感じてしまう。自分は何もない人間なのだと嫌でも自覚してしまう。もう、終わりにした方がいいのではないか。そしたら、早くフレイを解放して上げられるのではないか……。
フレイを見るとコップの水を飲み干したようで、律儀に下の食堂まで持って行くため部屋を出て行った。
部屋に誰もいないと空気がひんやりと冷たく感じる。もしかしたらフレイがこのまま戻ってこないのではないか……。怖い、1人は嫌だ。額から冷や汗が滲む。ドアに駆け寄りノブに手をかけようとした時、ドアが開きフレイが帰ってきた。
「どうかしました?トイレですか?」
緊張感のないフレイの声が私の気持ちを安定させ、私はフレイの胸に飛び込んだ。
「フレイ……私を……好きになって……」
自分でも抑えられない気持ちが突然湧き上がった。
「あと少しの時間……意味のあるものにしたい」
「……」
「私はあなたの事がす──」
「好き」その言葉を伝えようとした時、フレイは私の肩を掴み密着していた体を離した。
「すいません……」
「……仕事でも無理なの?」
「仕事だからこそ無理です」
言っている意味がわからなかった。でもそれ以上聞けばフレイの私に対する気持ちを聞いてしまいそうで、聞いたら後悔しそうで、それ以上言葉が出んかった。泣いてしまいそうでフレイの顔も見れない。
「あははー。ごめん、ごめん。冗談だよー」
「カンナさん……」
「やっぱり、まだミルフィーナの事が好きだったりしてー」
冗談めかして言うが内心穏やかではない。自分に対する気持ちを聞きたくないからって、ミルフィーナの事を聞いてしまうなんて……。ずっと
「あはは」と笑いながら顔が笑っていないのが自分でもわかる。
「ごめん。うそ、うそ。なんでもな……」
「ミルフィーナとは何にもありませんでした。仕事がない日に遊びに行ったりしただけで、何もした事ありません」
「キスも?」
フレイは「はい」と返事をする。何もした事がない?付き合っていたのに?フレイが嘘をつくとは思えなかった。ならどうして私は仕事でもダメなのか。嫌われてはいないのだろうが……ミルフィーんは……胸がおっきかった。そうか胸か。
自分の胸に視線を落とし両手で覆ってみる。ミルフィーナの2分の1くらいの大きさ……。
「あの……。何か勘違いしてませんか?」
「ん?フレイがムッツリって事?」
「違います……ってムッツリって思ってたんですか!?」
「ムッツリでしょ」
さっきまでのどんよりした空気はどこかへ言ってしまい、またフレイと笑い合えることを嬉しく思った。