不覚
「ちょっと先に部屋に戻っておいてください」
宿に着くとフレイは入り口で立ち止まった。
「どっか行くの?」
「ちょっと僕も着替えを取りに帰ります」
あ、なるほど。私もずっとこの服で過ごされるのも嫌だ。
フレイに僕が戻るまで外には出るなと釘を刺され、私は階段を登り部屋へ戻りベットに横になった。
昨日は疲れて気にならなかったが、ベットは木の板に多少のワタが入った布で寝心地はそんなにいいものではない。寝返りをすると肩も腰も痛かった。
それでもこれから1ヶ月この世界で生活していかなければいけない。慣れる前に私は死んでしまうのだ。そんなことを考えながらボーと天井のシミを数えていると、廊下からミシミシと音が聞こえ、誰かが歩いてくる。
──コンコン
ドアをノックする音。意外に早くフレイが帰ってきたようだ。
「おかえり。あれ?着替えてこなかったの?」
「あ、はい。持って来ました」
ここで着替えるんだだったら家で着替えてくればいいのに。
「なんで男女一緒に泊まらないといけないの?男同士ならまだしも」
「ああ、それはホテルの用意してくれている部屋が一部屋しかないからです。ホテルも毎日営業されてますから、何部屋も僕たち死神協会のために用意出来ないんです」
「それなら、別々のホテルに泊まれば?」
「基本、僕たちはあまり離れてはいけない決まりがありますので」
ああ、そうですか……。男と女を同じ部屋に泊まらすとは、死神協会も何を考えているのか。
「それよりも、今日は汗もかいたし温泉に入りに行きませんか?」
「お風呂あるの!?」
私はベットから飛び降りフレイにつかみかかった。
「もちろんありますよ。昨日も誘う前に寝ちゃったので、僕も入れなかったんです。体がべとべとしてて気持ち悪いですので行きませんか?」
「いく!!いく!!絶対行く!!」
フレイはクスッと笑い「じゃあ、早速行きましょう」と部屋を出た。温泉はホテルから少し歩いた公園の中にあるらしい。公園は国が運営しており緑が多くとても広かった。
公園の中を歩いているとふと思うことがあった。
「まさか、温泉もも混浴じゃないでしょうね」
「まさか!!ちゃんと別々ですよ」
「ならよかった」
案内された先は公園のど真ん中にある建物だった。建物に入ると温泉のいい匂いが立ち込める。
受付を済まし、男女分かれている入り口を抜け簡易の脱衣所で着ていた洋服を脱ぎ奥に進んでいくと、まるで高級旅館の温泉浴場が広がっていた。
「うわー綺麗」
温泉は露天風呂になっておりキラキラと星が綺麗に見え、月明かりが温泉を優しく照らしていた。
私は体を洗い温泉に浸かる。少し熱めのお湯だったが、身体中の疲れが抜けるようで心地が良い。
「初めて見る顔だね」
近くに入ってきた恰幅のいい女性が話しかけてきた。
「あ、はい。初めてきました」
「いい温泉だろ」
「はい、結構人がいるんですね。わざわざ入りにこられるんですか?」
「あんた、金持ちさんかい?この街で家に風呂がある家なんて貴族しかいないよ。私たちはせいぜい3、4日に1回ぐらいしか入れないね」
入浴料は値段はそこまで高くないにしても、毎日入りにくればそれなりの金額になるだろうから大変だ。聞くと、夏は川で水浴びをしたり、冬は水を沸かして湯浴みをするらしい。
女性との会話を終え買っていた寝巻きを着る。これでまた外に出るのもどうかと思ったが、さっき来ていた服を着るよりはマシかと考えながら外に出た。
「ごめん。まった?」
「いえ、大丈夫です。帰りましょう」
外へ出るとフレイが髪を濡らしたまま立っていた。時計がないのでどうにも時間の感覚がわからない。
隣で歩くフレイも寝巻きのようなラフな格好をしていて、いつもと違う雰囲気で不覚にも少しドキッとしてしまった。