可愛いやつ
衣服のことは気になったが、どうしても食欲には抗えず、さっきの女店主の店で食事をとることにした。店に着くと「あーさっきの。いらっしゃい」と
挨拶してくれたが、フレイのマントを見るとすぐに哀れみの目に変わった。そっか、そうだよな……。
「さっきはありがとう。店は後で行ってみる。それよりお腹がすいちゃって……。オススメって何ですか?」
私は極力元気に努めると女店主もそれを感じ取ったようで「ちょっと待っおくれ」と言い、パンに野菜と肉を挟んだケバブのようなものを2つ渡してくれた。私は「ありがとう」と受け取り、1つをフレイに手渡しパンにかぶりついた。
パンは野菜の旨味と肉の甘さ、ソースの酸味が絶妙でとても美味しい。
隣のフレイに目をやると口の周りにソースを付け、最後の一口を口に入れるところだった。フレイが早食いなのは少し意外だ。そして、おばちゃんにもう1つ同じものを頼んでいる。結構大きいパンではあるので、大食いなのも意外だ。フレイはそれもぺろっと食べ終わり、結局、私が食べ終わるのと同時だった。
「じゃあ、とりあえず洋服見に行こうかな」
「その服も、とても似合っていて可愛いですけどね」
きょとんとした顔で平然と昨日初めて会った女に「可愛い」を言えるのはすごいと思う。フレイのように自信の無さげな男でも言えてしまうのだ。やはり英国の血が流れているのでは無いかと思ってしまう。
私はちょっと恥ずかしかしくなり視線を外すと、さっき女店主に聞いたお店に向かった。
店に入ると煌びやかな服が並んでいた。どれもこれもヒラヒラしたスカートでドレスのようなザ・異世界を思わせる服装だ。確かに可愛い洋服ばかりだが、もう少し機動性の良いものはないだろうか。
見て回ると冒険者の服も売っていた。
「うーん、こっちの方が機動性が良さそうだな」
けど流石に値段が高い。機動性も高く防御力もありそうなしっかりした素材が使われている。これから1ヶ月しか生きられないのにこんなに高いものを買ってもらっても良いのだろうか……。
いや、もし本当に死ぬことが無ければ、このくらいの物を買ってもらっても……。
「カンナさん、それがほしいんですか!?いや、僕は……うれし……あ、いや」
「ん??」
考え事をしていたらマネキンの前に立っていた。マネキンはほとんどベルトのような物で出来ており下半身と胸の部分しか隠れていない。これのどこに防御力があるのだろうと疑問に思ってしまう。
「え、あ、いや!!違う違う!!考え事してて!!」
私が腕を振って全力で否定すると、フレイは残念そうに肩を落とした。──こいつ……ムッツリか。
結局ミニスカートにストレッチのきいたズボン。それに合ったシャツを買ってもらい店で着替えさせてもらった。
──結構似合っているのではないか。興味があったわけではないが、コスプレをしているようで少しワクワクする。
店を出るとゴーンゴーンと街中に鐘が響いた。昼を告げる音らしい。あと、夕方になるようだが、昨日は寝てしまったので気が付かなかったようだ。どれだけ爆睡してたんだ私……。
フレイに昼食はどうするかと聞いてきたが、食べたばかりだったので「いらない」と答えた。
フレイのお腹が「グー」と鳴る。痩せているのに燃費の悪い体だ。
流石に私のせいでご飯が食べられないのは可哀想だろ思い、近くのカフェに行くことにした。それなりに混雑はしていたが定食屋や屋台ほどは混んでいなかったので、10分ほど並べばすぐに席に案内された。
私はコーヒーを頼み、フレイは白米のついたランチセットを白米大盛りで頼んだ。食は現実世界とあまり変わりがないようだ。コーヒを口に含むと、少し独特の甘味があるがさっぱりしていて現実世界のコーヒーより私はこっちの方が好きだ。
「やりたい事見つかりました?」
フレイは口の中に詰め込んだ鶏肉のような料理を飲み込み白米をかき込んだ。
「それなんだよねぇ。遊園地でもあれば思いっきり遊びたいけどな」
「ゆう……えんち、ですか?」
思った通りのリアクション。フレイに遊園地の話をすると目を輝かせながら私の話に食いついた。思った以上の反応に私も楽しくなり、コーヒーをおかわりし、空を飛ぶ飛行機の話や宇宙に行けるロケットの話をしてあげた
フレイは「魔法みたいですね」と子供のようにはしゃいだ。確かにフレイからしたら魔法の世界かもしれない。この国にも乗り物はあるが馬車が主流だ。馬車は商人や貴族以上の乗り物なので一般人は基本歩きのようだ。
私もこの世界のことを色々と聞いた。この世界は王政でこの街はガルナルド領土に位置するという。王都はここから馬車で1日ぐらい揺られれば着くらしい。王都と聞けばどれだけ栄えているのか見てみたい気もするが、1日無駄にしてまで行きたいとは思わない。
「犬とかいるんですか?」というフレイの質問にはつい笑ってしまった。私もそんな質問をするかもしれないのにフレイが質問すると可愛くて笑ってしまう。犬も猫も馬もいるよと答えるとフレイは「へー」と関心を持って返事をする。
その日は、現実世界とこの異世界の話を話し合った。それは楽しくて楽しくて、日も暮れ始め気づくと夕方の鐘が鳴った。
私は少し残念に思い、つい顔に出してしまったようだ。
「そろそろホテルに帰りましょうか」
フレイも寂しそうに立ち上がり店を後にした。