死神の名は
部屋の中で火を使うわけには行かないのでバルコニーに出たが、高い場所にあるので風が強く治療は出来ない。かと言って部屋の中で艾をカーペットに落として焦げなんか作ったら、どうなるか分かったものでは無い。仕方がないので王妃に足を運んでもらい城下に広がる庭園のガゼボに腰を下ろしてもらった。
やはりこっちの方が風は少ない。夜風に混ざり庭園に咲いている花の香りがフワッと吹き抜ける。ガゼボも綺麗にされており、こんな所で紅茶とか飲んだら、どんなに安物でも高級に感じられるだろう。
私が辺りを見渡し庭に見惚れていると、王妃がふふっと上品に微笑んだ。
「今度、一緒にお茶をしましょう。他の世界から来たのでしょう。お話聞かせてもらえないかしら」
私は恥ずかしくなり顔を真っ赤にしながら「是非」と返事をした。
話が終わり早速お灸に取り掛かる。なるべく無駄な繊維を取り除きなるべく熱さを感じさせないようにする。火は蝋燭を持ってきてもらい、ララベルの時に使った枝に火をつける。
王妃の足を触るとララベルさんの時とは違い冷えては言えない。まぁ、逆子の理由が全て冷え性というわけではないので、出来る限りのことはしていこう。
ララベルの時もそうだが、逆子体操とか勉強しておけばよかった。まだ必要はないと勉強しなかった。今になって後悔している。
ララベルの時と同じように小指の先に灸を据える。「んくっ!」王妃が小さな呻き声をあげた。もう少し我慢が出来ないかと思っていたが強い人だ。
「何かございましたか?!」
近くに待機していた衛兵が慌てて近づいてきた。
「治療中です。先生に失礼ですよ。下がりなさい!!」
「申し訳ありません」
「ごめんなさいね。大丈夫だから思いっきりやっちゃってちょうだい」
衛兵は持ち場に戻っていった。王様はちょっと偉そうだが王妃は気さくで話しやすい。
王妃の足に灸を据えるたびに「う゛っ」と声を上げる。
「終わりました」
「ありがとう。ひゃっ」
「どうかされましたか?」
「赤ちゃんがお腹の中で元気に暴れてるわ」
王妃のお腹を見るとポンポンとお腹が跳ねているように見える。良い前兆だ。
私はまた3日後に来ることを約束しフレイと一緒に宿に戻った。その日は疲れが酷く話したいことはいろいろあったが、ベッドに倒れ込むと、そのまま眠りについてしまった。
今日はフレイの天使の死神について約束している日だ。フレイは落ち着かず朝食もあまり進んでいないようだ。
約束の時間が近づいてきたので昨日の店主の待つ指定されたお店に向かう。店に着きドアを開けると、テーブルに着き食事をしている天の店主が見えた。
「すいません。まだ朝ごはんを食べてなかったもので」
「いえ、こちらこそお休みの日にすいません」
天の店主は朝ごはんを食べ終わり水を飲み干した。
「申し遅れました。私は天の現店主のカムイ・フォスターと申します」
「かっこいい名前ですね」
「ありがとうございます。名前負けしてますけどね」
「そんな事無いです」
カムイは恥ずかしがりながら「ありがとうございます」と言うと、ウェイトレスを呼び食後のコーヒを3つ頼んだ。
「店主の事ですよね。私も昨日話したことぐらいしかわからないのですが。店名の『天』は前店主から取ったと奥さんが言ってたよ」
それから奥さんが亡くなっても、2年前に亡くなるまでずっと前店主が店を切り盛りしていたらしい。前店主は奥さんを亡くした寂しさからどんどんとやつれていき亡くなったらしい。
死神と人との結婚。そりゃあ、死神も人間だ結婚もするだろう。そもそも、その死神がフレイの育ての親なのだろうか。
「そうそう、これ前店主が大事にしていたものです。前店主はあまり物を持つことが無かったので、これしか……」
カムイは隣の椅子に置いてあったカバンの中から手のひらくらいの箱を取り出し私の前に置かれた。
私はカムイに同意を得てゆっくりと箱を開けると、見たことのある細かい傷が沢山ついた年季の入った懐中時計が入っていた。
「これって……」
フレイの手がゆっくりと伸びてくると箱の中の懐中時計を取り出す。懐中時計の蓋を開けると中から折り畳まれた紙が入っていた。フレイがその紙を取り出しゆっくりと紙を開いてゆく。中には小さな子供の字で「ローゼンおじちゃん。おしごとがんばってね」と書かれていた。
フレイはその手紙を握りしめて泣いた。それはきっとフレイが書いたものなのだろう。そして懐中時計は──
「思い出の品のようですね」
カムイが言った。フレイは震えた声で「はい」とだけ答え懐中時計だけ箱に戻しカムイの前に差し出した。
「それは貴方のものです」
「──!?」
「その時計に価値があることはわかっています。でも、私が持っていて良いものではありません。前の店主もそれを望んでいると思います」
カムイはそう言って箱をフレイに突き返した。フレイは驚きながらもその箱を受け取ると懐中時計を取り出し、また静かに泣いた。
少し経つとフレイも落ち着いたようで、握りしめていた懐中時計をもう一度見つめた。
「思い出しました。先生の名前。ローゼン、ローゼンおじちゃんと呼んでいました……。大事に置いておいて頂き本当にありがとうございます」
フレイは何か吹っ切れたような気持ちの良い笑顔を見せてくれた。




