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母親の願い

 


「待ってください!!」



 走っている腕を掴まれ後ろに倒れそうになる。声の主はわかっている──フレイ。

 何でいつも体力無いくせに、こんな時に全力出してんだよ。そうは言ってもフレイも私も息も絶え絶えだ。



 引き止められたものの、フレイは息が上がって話せない。かと言って私も腕は掴まれているし、もう逃げる元気もない。

 フレイに背を向け息を整える。



「……さっきは、何も……していません。抱きついて……こようとしたので、引き離しただけです」



 やっと息が整ってきたのか、フレイはゆっくり話し出した。



「ミルフィーナが部屋に来たのも、上司からの伝言があると言われたので招き入れただけです」

「……」

「そしたら……その……もう一度よりを戻したいと言われて……」



 私はその説明を聞いても頭が真っ白で、何も考えられない。何か言った方がいいのか……。でも言葉が出ない。



「この前カンナさんに好きになってもらえてすごく嬉しかったです」

「──なんで……なら何で!?」



 振り向くとフレイはまっすぐ私を見てくれいていた。すぐに言葉は返ってこなかった。返答に困ったような言葉を選んでいるような……。

 


「僕が……人に愛してもらえるような人間ではないからです……僕が、人を愛せないから……」

「……じゃあ……何でミルフィーナと付き合ったの?……何で私じゃダメなの?」

「──僕は……もう愛する人を失いたくない!!……んです」



 フレイは顔を伏せ拳に力が入る。握られている腕が痺れるほど強く握られる。痛い。そんな言葉を言ってしまったら、フレイが話すのをやめてしまう。

 


「……お母さんの事?」



 フレイが顔を上げ驚いた顔をする。ゼクターから聞いたのを悟ったのだろう。握っていた拳が緩んだ。

 あたりはすっかり暗くなり、家から漏れる灯りでかろうじてフレイの顔が見える。家の中からは食卓を囲む家族の笑い声があちらこちらから聞こえてくる。



「どこまで聞いたんですか?」

「家に帰ってきたらお母さんが亡くなってたって……。フレイもいなくなってたって」

「そうですか……」



 それから私たちは少し歩き小さな公園に着いた。公園には街灯はなかったが綺麗な月が公園を明るく照らしていた。涼しい風が頬を撫で、昼間のような暑さは感じられない。

 フレイは公園の中のベンチに案内し腰を下ろすと、少しづつ話し始めた。



***



 ゼクターが王都に向かってすぐ母親が産気づいた。それから1日経っても2日経ってもゼクターは帰ってこなかった。フレイは母親の額に流れる汗を拭き、母親の手を握り続けた。

 フレイは何もできない自分の無力さに腹が立った。



 3日目の朝、フレイの体力も限界だったのか寝てしまったいた。起きると母親は息も絶え絶えで顔色も真っ青、定期的にくる陣痛も呻く元気もなく、ただ死を待っている。そんな感じがしていた。

 その時ドアが開いた、フレイはゼクターが医者を連れて帰ってきたのかと喜んで振り返った。



 ──が、違かった。漆黒のマントを靡かせ男が入ってきた。実際死神を見るのは初めてだった。入ってきたソレは母親を助けてくれる存在ではなく母親を連れていってしまう存在ではないか。無意識にそう思ったフレイは庇うように母親の前で腕を広げた。



「君が死神科に来てくれてた子?」

「……」

「ごめんね。あのおじちゃん、怖かったでしょ」



 そう言って死神は優しい笑顔でフレイの頭を撫でると、フレイの緊張の糸は切れ泣き出した。



「おじ……ヒック、おじちゃんは、ヒック……おがあざんを……たすけて……ヒック……くれるの?」



 頭を撫でていた死神の手が止まった。



「ごめんね。お母さんは助けてあげられない」



 死神は立ち上がりアニータのお腹に手を当てた。もう胎動もほとんどない。



「多分この子ももう……」



 死神は唇を噛み締めた。



「でも、僕のできる限りのことをする。……あなたの望みは何ですか?」

「この子、この子が元気で優しい子に育ちますように……」



 母親が最後の力を振り絞りフレイの頭を撫でる。



「……かしこまりました」



 母親は力なく笑うとフレイのを撫でている手が力なく落ちた。それからフレイは母親の死が受け入れられず、母親の胸の上で何時間も何時間も目が晴れるまで泣き続け、とうとう涙も枯れてしまった。どんどんと冷たくなっていく母親の体が死を意味してる事を子供ながらに悟った。



 最後に母親の顔を見るととても幸せそうで安らかな顔をしていた。死神は家の裏に墓を作りアニータを埋葬すると、フレイの手を握り締め歩き出した。

 どこの誰かもわからない。どこに行くのかも教えてはくれなかったが不思議と怖くは無かった。それは母親と同じ手の温かさがあったからだろう。



 それから、フレイはその死神を先生と呼び色々なことを学んだ。死神になれば一部に嫌われたりはするが安定した職だと教わり、勉強から武術に至るまで、その死神の全てを学んだ。特に安定した職に惹かれたわけではない。ただ、自分の母親の死に顔があまりにも幸せそうで、自分も他の人の死を幸せにできる手伝いができればと考えただけだった。



 勉強は苦では無かったが、動物はあまり好きでは無かったので馬にはなかなか乗れなかったし、体力もなかなかつかなかった。体力の無さは母親譲りだったのかもしれないと思ったほどだ。しかし運動神経は他の人より優れていたので、武術や乗馬もただの乗り物だと思えばすぐに乗れるようになった。



 フレイの18歳の誕生日が近づく頃、死神は定年を迎えようとしていた。フレイの背はとうに死神を抜かし、死神がフレイに教えることは無くなっていた。

 その日は記録的な大雨が何日も続いていた。



「先生。本当に今日立つのですか?」

「そのようだな。死にゆく者の希望だからな。1日も無駄にしたくないらしい」



 死にゆく者とは30日後に死んでしまう人が死神協会と役所が共通してわかりやすいように作った造語だ。

 死にゆく者の願いは基本的には叶えなければならないので、年寄りと言っても例外なく旅に出たいと言われれば付いて行かないといけない。



「大丈夫。15の誕生日には戻ってくるよ。成人のお祝いをしないとな」



 小さくなった死神の手がフレイの頭を撫でた。この歳で頭を撫でられるのは恥ずかしいと言ったが、死神は止めることなくフレイの髪はぐちゃぐちゃに乱れた。

 そして死神は荷物を持つとドアを開け、大降りの雨の中に消えていった。



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