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魔導具を売ろう! 〜魔女が世間知らずのご令嬢を連れ去って魔導具を売らせてみたら「え?それ大丈夫?」と心配になるほどの悪魔的手法で売り散らかすのでもう在庫がありません〜

作者: 夏野 ひるなが





「おろおろ……魔女のおばあさまに『魔導具を売ってこい』と言われてしまいましたわ……おろおろ」


 魔王城の城下町でおろおろしているこの少女は、とある公爵家のご令嬢。


 名前をセイル・ウルセールという。


 長い金髪に青い瞳の、それはそれは美しい16歳の美少女だ。


 ある日突然お屋敷に魔王軍が攻めてきて、何やかんやで魔女に攫われてしまったのである。



 セイルを連れて魔王城の自室に帰ってきた魔女は、大きなとんがり帽子のつばを整えながらセイルに言った。


「いいかい小娘。アタシは魔王軍の幹部であると同時に、魔導具の開発と販売もやってるんだ。


 ただ、最近開発が忙しくて売り捌く時間が取れないんだよ。アタシの部下は野蛮な奴ばっかりだから、大事な魔導具を預けるのは不安でね。


 そこでだ。アンタ、アタシの代わりに魔導具を売ってきな! 全部売れるまでごはん抜きだよ!」


 そう、魔女は魔導具の売り子にするためにセイルを攫ってきたのだった。


「まぁ……おかずしか食べられないだなんて……」


「そういう意味じゃないよ! 何にも食べさせないって言ってんの!」


「でもおばあさま、どうしてそんなに売る必要があるの? 何か欲しいものでもあるのかしら?」


「ふん、魔導具を売った金で『女神様もびっくり!うるツヤもちベチャ化粧水』を買い占めるのさ。

 あの味が病みつきでねぇ、イッヒッヒッ!」


「まぁおばあさま、化粧水をお飲みになるのね。少しばかり苦そうだわ」


「イッヒッヒッ、恐怖のあまりおかしなことを言っているね。

 とにかく行ってきな! とりあえず1個でも売れたらパンくらいは恵んでやるよ!」


「ええと、それならわたくし、ハンバーガーというものを食べてみたいのですけど……」


「パン界で一番贅沢なやつ注文してんじゃねぇ!!」





  *  *  *  * 





 セイルは一人、城下町を歩いていた。


 魔女の部屋にはワープポイントがあり、乗れば城下町まで一瞬で移動することができた。

 移動先の足元にも魔法陣があって、帰りはそれに乗ればいい。魔女が許可した者だけが部屋に飛べる仕組みだ。


 魔族の総本山だけあって、当然行き交うのは魔族。魔族。魔族。

 その中になぜか人間がいるというのに、襲われることはない。


 秘密は、セイルが付けている銀色の髪留めにあった。これは魔女から渡されたもので、魔女の刻印が刻まれている。


 魔族からすればこれは「この人間は魔女のものだから手を出したら殺す」という意味になる。

 さらに魔女の魔力も付与されているので、もしセイルが襲われても守ってくれるようになっているのだ。

 魔女はツンデレなのかもしれない。需要はない。


「みなさんツノが生えてらっしゃるのね……きっと枕はカッチカチだわ、破けないように」


 ツノは魔族の証だ。二本生えている者が多いが、一本だけだったり三本以上だったりする者もちらほらいる。

 形や長さも様々。ちなみに枕はカッチカチである。


「その魔族の方々に売るのが……これなのですね」


 魔女から渡された魔導具は、【あやつリンゴ】。

 ネーミングから魔女のセンスが終わっていることが分かる。


 見た目は小さなリンゴにしか見えない。ゆで卵より一回り小さく、女性でも頑張れば口に頬張れそうだ。

 これがかごにどっさり入っている。

 ちなみに、種も芯も丸ごと食べられるよう品種改良されている。農家が気絶するほど優秀である。

 

「効果はたしか……魔力を込めて誰かに食べさせれば、一定時間その人を操ることができる……操られた人は前後の記憶が曖昧になるため、操られたことに気付かない……でしたわね」


 非常に物騒である。まさに魔女の魔導具。魔族に倫理とか道徳は存在しないのかもしれない。


「わたくし、お買い物も自分でしたことがありませんのに……どうすればいいのかしら……おろ……」


 セイルは世間知らずの箱入り令嬢である。お金自体あまり触ったことがない。

 一応教養としてはじいやに教わってはいるが、その程度だ。


 というか、悩みながら売り物である【あやつリンゴ】をシャリシャリ食べている。

 笑顔。美味いようだ。


(人選ミスしたかもしれないね。食ってるし)


 何者かが、物陰からセイルに視線を向ける。

 そこにはなんと、魔導具販売を押し付けた魔女本人がいるではないか。


 押し付けたはいいが、頼りなさすぎたので心配になって後をつけてきたのだ。

 魔族には本末転倒という言葉も存在しないのかもしれない。


(ひとまず様子を見るかね……)


 セイルはかごに入ったたくさんの【あやつリンゴ】を見つめて、何やら考え事をしているようだ。


(何やってんだい。客に効果を説明すればいくらでも売れるはずだよ。あんなことやこんなことにも使えるのに、値段がたったの1万円なんだから)


 効果に対して安すぎである。魔女は商売がヘタだった。


 あれこれ考えながら観察していると、セイルが何か閃いた様子で顔を上げた。


「そうですわ、これなら売れるかもしれません!」


 独り言でけぇな、と魔女は思った。


 辺りを見回しつつ、なぜか路地裏に向かうセイル。売る相手を探しているようだ。果たしてどうなるか。


 セイルが、ぱっと晴れやかな顔になる。少し離れた所にターゲットを見つけたらしい。

 かごからリンゴを一つ取り出して……かごの方は地面にそっと置いてしまった。


(何をしてるんだいあの子は……?)


 まさかかごを置き去りにして、一個だけ持って駆け寄って行ってしまうのでは。やはりお嬢様には商売は無理だったか……。


 ーーいや、行かない。


 セイルは地面を軽く蹴って足場をならし。

 リンゴに魔力を込めつつ握り込み。

 大きく振りかぶるーー


(あのフォームは……!)


 武器を失った人間の戦士が、なおも敵を葬る際に用いる必殺の技術、【投球デス・スロー】……!

 石など球状の物をブン投げ、鎧をも貫通する威力で命を奪う忌まわしき技である。


 それをまさか、あんな小娘が……!


(ーーいや、商売は?)


 戸惑う魔女は動けない。その間にもセイルは止まらない。


 振りかぶった両手を顎の右側まで降ろすと同時に、左膝を胸元に引きつける。


 スカートがふわりと風に揺れるが、どこからか差し込む謎のまばゆい光のおかげで全くハレンチではない。


 一瞬の静止の後ーー。



 ビュンッッ



 右腕を振り抜く。

 リンゴを、ブン投げた。


(あー売り物ー)


 唖然とする魔女。色んな意味で、全然お嬢様じゃない。

 

 投げた先には一人の魔族が歩いていた。

 寝不足なのか、大きな口を開けてあくびをしている。


(あーあ可哀想に。あいつ死んだね)


 寝不足魔族の顔面に、豪速球リンゴが突き刺さった……かに思われた。

 

(顔が爆散して……ないだって!?)


 寝不足魔族は生きていた。大きく開けていた口の中に、リンゴがスポッと収まったのである。

 そして、首を傾げながらそれをシャリシャリと食べ始めた。


 ごくん、と飲み込み。

 投手であるセイルの方へダッシュし。


 一万円を渡して、立ち去ったーー。


(な、何が起きたんだい!?)


 事態が飲み込めない魔女。セイルを問い詰めに行こうか迷っていると、例のデカい独り言が届いた。


「ーーふぅ。上手くいきましたわね。

 じいやに教わった【投球】を応用して、リンゴを絶妙な力加減で口に投げ込み召し上がっていただく。

 リンゴがはちゃめちゃに美味しいので思わず食べてしまうのですわ。


 食べたことで効果が発動したら『わたくしに一万円を差し出す』ように操る……。

 効果が解けた後も、操られたことに気付かないからクレームになりませんわ!」


 魔族もびっくりの、悪魔的押し売りである。


 まさか商品を、「人を操る」という特徴をアピールして売るのではなく、「操って無理矢理金を払わせる」ために消費してしまうとは。


 え、これ大丈夫?


(小娘……恐ろしい子……!!)





 その後、セイルは次々に投球をキメまくり、道行く魔族から金を巻き上げていった。


 騒ぎにならぬよう、路地裏を一人で歩いている者だけに標的を絞っている辺り、抜け目のない小娘である。


 あっという間にかごを空っぽにしたセイルは、ポケットから取り出した青いハンカチをふぁさっと広げて額の汗を拭う。

 晴れやかな笑顔は達成感に満ちていた。



「いい汗、かきましたわ!」



(こいつやべぇ)


 魔女は戦慄すると同時に、天才の覚醒を目撃した感動に打ち震えていた。





  *  *  *  *  





「アンタはあれだね、人間のくせに善悪の概念が狂ってるね」


 魔女は自室で、セイルと夕食を共にしていた。

 無事(?)完売したので、セイルの分もある。メニューはハンバーガーだ。


「大丈夫ですわ、種族を超えて分かり合える日はきっと来ます」


「違う違う」


 そうじゃない。

 種族の問題ではないのだが、お嬢様には伝わらないらしい。

 もっともやり方を無視すれば、短時間で売りまくってくれるのは魔女にとっては願ったり叶ったりだ。


 別に「魔導具で魔族の暮らしを豊かにしたい」とか「感謝されたい」なんて思っているわけでは無い。

 売れれば良いのだ。


 明日からは別の魔導具も売らせる予定である。


「しかし、【あやつリンゴ】がこんなに美味しいとはねぇ……」


 予備で残しておいたうちの一つを齧りながら、魔女が感慨深げにつぶやいた。


 魔女が自分で品種改良した特製のリンゴに術式を埋め込んで製造したのだが、正直味は気にしていなかった。


 術式を込める前のものと食べ比べたところ、どうやら魔力の影響で味が変わるらしい。

 確かに今まで食べたどの果物より美味い。

 爽やかな香り、シャキッとした歯触り、溢れる果汁。単にリンゴとしての価値だけでも数千円はあるかもしれない。


「商品が良かったおかげで何とか売れましたわ。明日も頑張りますね」


 ニコッと微笑むセイルに対して、魔女は逆に戸惑ってしまう。


(この小娘、家に帰りたいとか思わないのかい……?)

 

 攫われてきたというのに能天気すぎる。外の世界が楽しいのかもしれないが、それにしてもだ。


 だが魔女としては逃げないのはありがたい。

 セイルの発想は天才的だ。「売る」という目標を達成するための手段がぶっ飛んでいる。

 どうせなら稼がせてもらうとしよう。


「あぁ、せいぜい頑張んな」


 魔女のそっけない激励を受け、口の周りにソースをべったりつけたままのセイルは嬉しそうに微笑んだ。





 そして翌日の、魔女の部屋のリビング。外へ繋がる魔法陣がある部屋だ。


「昨日も言ったけど、今日売ってもらう魔導具はこれだよ。【通り抜けクリーム】〜!」


 魔女が小さな瓶を天に掲げ、少しダミ声で宣言した。どこからか パパパパーン♪ と効果音が聞こえた気がした。


 それにしても、相変わらずネーミングセンスが終わっている。


「きっと売れますわ! 自信をお持ちになって!」


「アンタが売るんだよ!」


 今朝のセイルは何となく昨日より元気そうだ。

 魔導具の説明は昨日受けていた。

 【通り抜けクリーム】(笑)とは、文字通り「体に塗ると壁などを通り抜けられる」というものである。


 もう犯罪パラダイスにしかならない。警察の転移者が来たら過労死するだろう。


 一応制限はある。

 体に塗ると生き物以外通り抜けるようになるので、服もすり抜けてしまい着ることができない。


 また、何かを通り抜ける度にクリームの効果が薄まるので、行き道で効果が切れると帰れなくなる。


 つまり、使う時は全裸。途中で効果が切れたら、あたふたする不法侵入全裸マンの爆誕、というわけだ。


 しかも、全身に塗るならかなりの量のクリームを消費する。

 ということは、使える回数も限られているので、今回は売るのがかなり難しいと言えるだろう。


 というか、客相手にこれらの説明をお嬢様にさせようというのだから、魔女はちょっとアレである。



「おばあさま、お願いしたものは用意していただけましたか?」


「あぁ、一応ね。しかしこんなもの一体何に使うんだか」


 魔女がパチンッと指を鳴らすと、セイルの隣の空間が淡く光り、一瞬の後に荷台が現れた。


 木製の、やや小振りな荷台だ。大人一人がすっぽり座れそうな大きさの箱と取手、そして四つの車輪で構成された簡素な作りである。

 そしてその中にはーー


「まぁ、素敵なお帽子。シルクハットもありますわ」


 そう、セイルは魔女に大量の帽子を仕入れさせたのだ。荷台の中にどっさりと積まれている。しかも、なかなか高級そうなものばかりである。


「ありがとうございます、おばあさま。無理を言ってしまって……」


「全くだよ、もし売れなかったらただじゃおかないからね」


 昨日の夕食後、魔女はセイルに【通り抜けクリーム】について説明した。

 すると、少し考え込んだ後にセイルは「高級なお帽子をたくさん買っておくんなまし!」と言い出したのだ。

 おくんなまし、というフレーズに気押された魔女は渋々了承した。

 

 魔王城で働かせている人間の中から帽子屋の主人を見つけ、転移魔法で一瞬で買い付けてきたのだ。残された妻が店を存続させていたのは幸運だった。


 ちなみにきちんとお代は支払っている。セイルが言うには、「今後長い付き合いになるかもしれないから」という理由で。


 帽子屋の主人は店でそのまま解放した。これもセイルの希望だ。

 一瞬だけ家に帰して、またすぐ連れ帰るのはあまりにも可哀想だから、と。


 魔女としては人間が一人くらい減っても問題はないので言う通りにすると、帽子屋の主人とその妻から泣きながら感謝されてしまった。


 魔女は顔を真っ赤にして、捨て台詞を残して帰還した。

 曰く、



「べ、別にアンタらの為じゃないんじゃからな!」





 と、いうわけで。


 セイルはたくさんの【通り抜けクリーム】と、同じく大量の高級帽子を荷台に乗せて魔王城城下町を歩いていた。


「まずはモデルを探しませんと……」


 キョロキョロと周囲を見回しながら、高級住宅街の方へ進んでいる。


 それを物陰から観察する……魔女。

 昨日に引き続き、またセイルの後をついてきていた。


(言われるがまま帽子を買っちまったが、よく考えたら魔族に帽子なんか売れるわけないんだよ)


「まぁ、綺麗な公園……」


 セイルは花壇と噴水のある、庭園のような公園に到着した。高級住宅街の中心、お金持ちの魔族達の憩いの場である。

 季節は春。今日は気持ちよく晴れていることもあってか、かなり多くの魔族が思い思いに過ごしている。


 その中からセイルは、50代くらいの穏やかそうな夫婦に目をつけた。


 恰幅がよく口髭を生やした夫と、スレンダーで長い黒髪の妻。


 駆け寄って何やら話している。


(……度胸あるな小娘)


 魔女の刻印付きの髪留めがあるとはいえ、相手は魔族。連れてきた時はひたすらおろおろしていたのに、今はあんなに堂々と振る舞っている。

 若者の成長はやはり早い。


(アタシも若い頃は……)


 まだ若く、幸せだった当時に想いを馳せる。センチメンタルローバー。


「オシャレな皆様〜、ご注目くださ〜い」


 セイルがおっとりとした声で呼びかけているのが耳に入り、魔女はハッと我に返った。


 気がつくと、噴水の前でセイルと先ほどの夫婦が人だかりに囲まれているではないか。


(ん? 何をしてるんだい? その夫婦にクリームを売りつけるのかい?)


 見逃してしまったので状況がわからない。

 

(というか【通り抜けクリーム】はえっちな使い方しか出来ないんだから、もっとコソコソ売らなきゃダメじゃろう!)


 そんな物を売らせるなんて、もはやセクハラである。セイルに同情を禁じ得ない。

 魔女が物陰でぷりぷり怒っていると、セイルの演説のような声が響いた。


「こちらの素敵なご夫婦をご覧ください。皆様に負けず劣らず、とっても上品なお召し物だと思いませんこと?」


 紹介された夫婦は照れながらも、マネキンのように美しいポーズをとっている。

 確かに上品で似合ってる。観衆も「うんうん」と頷いた。


「……ですがこちらのご夫婦、実は皆様方とはひと味違うオシャレを楽しんでいらっしゃるのですわ」


 セイルの口調が、おっとりした中に凄みを帯び始めた。観衆が首をかしげる。ひと味違うオシャレ?


「お分かりになりますかしら……オシャレに敏感な皆様方なら、きっとすぐにお気付きになりますわ」


 しばしの沈黙。特に変わったところは……。

 魔女も夫婦を観察するが、分からない。


 ……いや、あれは……!


 魔女が気付くと同時に、観衆の一人が声を上げた。


「あ! この人達、帽子をかぶってるぞ!」


 そう、夫はシルクハット、妻はキャペリンハット(つばが広いリボン付きの帽子)をかぶっているではないか。


「ザワザワ……本当だ……!」


「ザワザワ……珍しい……」


 人間にとって当たり前の「帽子をかぶる」という行為は、魔族には無縁のオシャレなのだ。


 なぜなら。


 魔族の象徴、ツノが邪魔でかぶれないからだ。

 帽子なんかかぶったら、ツノに引っかかって一発で破れてしまう!


 それならツノの部分に初めから穴が空いた帽子を作ればいいのだが、生憎魔族のツノの生え方は一人一人違うので、オーダーメイドで作るしかない。


 しかもツノがねじれていたり長かったりすると、物理的にかぶれない、もしくは着脱がとても面倒になるのだ。


 故に、需要が少ないせいで商売として成立しないため、売る者が現れなくなった。


 これらの事情から、魔族には帽子をかぶるという文化が無い。

 魔女が「魔族に帽子が売れるわけない」と思った理由がこれだ。


(だが、目の前の夫婦は帽子をかぶり、バッチリ全身オシャレコーデを決めている……!)


 見た目にこだわる者にとって、これは大事件。顔の印象を左右するという点において、化粧の発明に次ぐ大事件と言っても過言では無い。


 一定の間隔で夫婦が次々とポーズを変え、その度に観衆から歓声が上がる。

 そして次に皆が思うことは、そう。


「どうやってかぶってるんだ!? 帽子は破れていないぞ!?」


 当然の疑問に、セイルが落ち着いた声で答える。


「皆様方、帽子をかぶる人間を羨ましいと思ったこと、一度はあるかと存じますわ。

 それも当然、自分の感性を表現する余地が残されているのに、身体的理由で諦めなければならないんですもの。


 でもそれも今日でおしまい。

 これがあれば、どんな帽子も破らずにかぶることができますの……この【プレミアムホワイト】があれば!」


(あ、商品名変えられた)


 【通り抜けクリーム】なんだけどなぁ。確かに白っぽい透明のクリームだけど。魔女は少し切ない気持ちになった。


「これをツノに塗れば、なんと塗った部分が帽子をすり抜けて、破らずにかぶれるようになりますの。

 約十回の着脱まで効果が持続しますので、朝塗れば一日保ちますわ」


 歓声と拍手。セイルが教祖みたいになっている。


「夢のハットライフを実現する【プレミアムホワイト】は本日発売。つまり、今買えば貴方がオシャレの開拓者になれますわ!

 流行は、貴方から発信されますのよ!」


 人差し指をビシッと観衆に向ける。

 セイルは怪しい教祖になった。


「今ならこちらの中からお好きな帽子とセットで!

 お値段なんとたったの! 10万円!」


 ウォォォォォ!!!!

 キャーーーーーー!!!!


(たけー)


 熱狂に包まれる観衆。マネキン役の夫婦とも協力し、セイルは殺到するオシャレさん達を次々と笑顔にしていった。



 30分後、完売ーー。


 

 セイルは協力してくれた夫婦に謝礼を渡し、固い握手を交わした。

 そしてもう一人、最初に「あ! 帽子をかぶってるぞ!」と言ったおじさんにも謝礼を渡した。


 まさか、観衆の中にサクラを混ぜていたとは。

 魔女はセイルの手腕に感服していた。


 まず、【プレミアムホワイト】(しっくり)のセールスポイントの見直し。

 全身に塗ると決めつけていたが、部分的に塗って、魔族に無縁だった帽子とセット販売するなんて。

 この発想のポイントは二つ。


 一、ターゲットの拡大。

 リスク承知で全裸で壁をすり抜けたい者より、帽子でオシャレをしたい者の方が多いに決まっている。


 二、新たな文化の発信。

 ファッションは新しさを好む。しかも高級なファッションなら、それはステータスになり得る。


 クリームは消耗品なので、今後需要が続くだろう。

 帽子については、結果的に帽子屋に恩を売ったのでこれからも仕入れることができるはずだ。


 思わぬ形で大きなマーケットを開拓してしまった。セイルが。


 そして、売る場所の選定。

 高級住宅街のお金持ちは、ファッションとステータスにこだわる者が多い。今回帽子を売るターゲットとしてはベストだ。


 さらに、マネキン役とサクラの協力。


 百聞は一見にしかず。言葉で想像するのと、実物を見るのではインパクトが違う。マネキン役を見せて「あなたもこうなりたいでしょ?」と訴えかけたのだ。

 

 サクラの役割は、観衆の思考の誘導だ。

 マネキンが帽子をかぶっているという「気付き」を印象的に植え付ける発言をしたり、どうして帽子が破れていないのか、という疑問を観衆を代表して投げかけ、セイルが答えてくれるのを皆で待つ、という図式を作ったり。


 要はセイルが売りやすい状況を整えたわけだ。

 ナントカ商法として近い将来禁止される気がする。


 極め付けは、セールストークだ。

 説明不要、もはやプロである。



「今日も、いい汗かきましたわ!」


 ハンカチで汗を拭くセイルに、魔女は物陰から出て声をかけた。


「セイル……アンタに任せて正解だったよ」


「おばあさま……今日も見守っていてくださったのね」


「なんじゃ、アンタ気付いてたのかい」


 赤面して咳払いをする魔女。昨日からバレバレだったらしい。


「おかげさまで今日も売れましたわ。まだお昼には早い時間ですし、良かったら少しお散歩しませんこと?」


「な、なんでアタシがそんなこと……まぁ、ちょっとだけなら……」


 売るものも売ったし、少しくらいなら構わないだろう。

 セイルはニコッと微笑むと、魔女の腕をとってルンルン歩き始めた。

 魔女は「まったく……」と言いながら指を鳴らし、カラになった荷台をパッと消して、空を見上げた。

 雲ひとつない。そういえば、散歩などいつ振りだろうか。


「初めて、名前で呼んでくださいましたね」


 魔女はセイルの方を向いた。セイルは微笑んでいる。陽の光に照らされて、美しい金髪が艶やかに光った。目が少し潤んでいるように見えるが、気のせいだろうか。

 

「別に、名前くらい呼ぶじゃろう」


「ふふっ、そうですわね」


 セイルがスキップをしながら歩き始めた。リズムがめちゃくちゃでガクガクしてしまっているが、なんだか嬉しそうである。


「なんだいセイル、スキップもできないのかい。こうやるんだよ」


 魔女が手本を見せる。リズムがめちゃくちゃだが、なんだか嬉しそうである。





  *  *  *  *





それからセイルは、様々な魔導具を売りに売りまくった。そしてついにある日。


「セイル、もう在庫がないよ」


「まぁウィッチおばあさま、危うく信じるところでしたわ」


「本当だよ! セイルが売りすぎて魔導具の製造が追いつかないんだよ! ありがとうございます!」


 セイルに売らせると、だいたい完売して帰ってきた。そして魔女は必ずこっそりついていくので、製造の時間がないという状態だった。


「それではどうしましょう……講演会でも開きましょうか?」


「露天販売のノウハウを伝えるのかい? 実績があるからみんなぜひ聞きたいだろうね。どこまで天才なんだい!」


「えへへ」


 とはいえ、売り物がないなら家でゆっくりさせてもいい。食事を作ってもらうだけでも助かるのだ。

 セイルに作らせると、高確率でハンバーガーになるのだが。


 などと考えながら在庫を漁っていると、はるか昔に作った魔導具が見つかった。


「これは……」



 魔女が引っぱり出したのは、マッチ。



「そういえば、こんな物も作ったねぇ……」


「ウィッチおばあさま?」


 セイルが後ろから覗き込む。


「セイル、売り物が見つかったよ。

 もっとも今回ばかりは全然売れないだろうし、散歩がてら行ってもらえばいいからね」





 例の如く、セイルは魔王城城下町に繰り出した。

 季節は雪がちらつく冬。日中は講演会を開いていたのでもう夕方になり、街行く魔族達は寒さに震えながら家路を急いでいた。


「皆様〜、本日も魔女ウィッチの魔道具販売を行いますわ〜」


「あ! 魔導具売りのセイルさんだ!」


「今日も期待してるぜ!」


 城下町の中心地である広場の一角で、セイルが魔族達に呼びかける。これまで何度も便利な魔導具を売り歩いてきたセイルは、すでに多数の住人に認知されていた。


 程なく人だかりができる。寒い上にもう日が落ちているが、それでも立ち止まってくれるくらいにセイルは期待される存在になっていた。


 大勢の視線を一身に受けながら、セイルはゆっくりと話し始めた。


「皆様、お集まりいただきありがとうございます。本日は魔導具紹介の前に、少しだけ「とある物語」を聞いていただきたいと思います」


 観衆の頭上にハテナマークが浮かぶ。物語?


「今からお話するのは、とある国の公爵家の娘の物語でございます……」


 セイルは懐からマッチを取り出し、一本擦る。


 ぼうっ、と火がつき、雪の中でゆらゆらと揺れた。


「ーーあるところに、とある国の公爵家の娘がいました。


 しかし娘は、初めから公爵家の人間として生まれたのではありません。元々は貧しい家の生まれでした。


 大家族の末っ子で、両親からは愛されず、兄弟からは虐げられる日々。


 物心ついた頃には、孤独と空腹でボロボロでした」


『このマッチはね、アタシが最初に作った魔導具なんだよ』


 火が消えた。燃え尽きたマッチを足元に置いた灰皿に落とし、次のマッチを擦る。今度は二本同時に。

 セイルが魔力を込めると、火は意志を持ったように大きくなり、男女の人影になった。



『大したもんじゃないんだ。ただ、火が思い浮かべた人の形になるだけ』



「程なくして、娘は公爵家の夫婦に養子として迎えられます。わずかなお金と引き換えに。娘の両親と兄弟は口減らしができる上にお金までもらえるとあって、喜んで娘を差し出しました」


 もう一本マッチを擦る。火は男女の人影よりも小さく頼りない人影に形を変え、男女の人影の間に収まった。


「娘は喜びました。綺麗で優しい、新しいパパとママができたからです。ご飯もたくさん食べさせてくれました。

 しかし、娘の空腹は満たされても、孤独が満たされることはありませんでした」



『ただね、寂しかったんだよ』



「娘は、公爵家夫婦の世間体のために迎えられたのです。

 夫婦は政略結婚で、お互い別のパートナーがいました。しかし立場上子供は必要です。そこで偶然見つけた、妻と瓜二つの娘を、実の娘と偽って育てることにしたのです」


 三本のマッチが燃え尽きる。続けてマッチを五本擦ると、大きな人影四つと、小さな人影一つが現れた。

 大きな人影は二人ずつのペアになって左右に離れ、真ん中に小さな人影が残された。


「娘は愛されようと努力しました。夜中まで勉強し、夫婦の誕生日には手作りのプレゼントを渡しました。」


「しかし娘は変わらず孤独でした。優しく接してくれる者もいましたが、その奥に哀れみを感じ取り、より強く孤独を感じてしまうのです」


 火が消える度に新たな火をつけるセイル。だが少し離れたところで揺らめくだけで、真ん中の小さな人影は次第に燃え尽きようとしていた。



『……夫と娘が、火に焼かれて死んでね。火の中から、蘇ってくれやしないかって……そういうしみったれた考えで作ったんだよ』



「知らないうちに自分の婚約の話が決まったことを耳にしたある日、娘は突然現れた女神に連れられて、外の世界に飛び出しました」


 マッチを一本擦る。その火は大きく燃え上がり、小さな人影を包み込んで空高く舞った。

 これまでのシルエットだけの火とは異なり、その表情まで読み取ることができる。


 とんがり帽子をかぶった老年の女性は微笑んで、小さな人影の手を取る。

 その瞬間、小さな人影は美しい少女へと姿を変えた。


「女神は娘に仕事を与えました。人形としてではなく、一人の人間として、娘を必要としてくれたのです」



『セイル、最初はもちろん、アンタをただ利用しようと思って連れてきただけだったんだよ』



「仕事を終えると、女神は褒めてくれました。向かい合って、一緒にご飯を食べてくれました。そして、また仕事をくれました。仕事は、娘にとっての生きがいになりました」



『でもアンタはいい子だ。娘にしてやれなかった分、アンタを可愛がってやるのもいいかって思ったりもしたね』



「一緒にお散歩をしました。好きな花を教えてくれました。髪を切ってくれました。……名前を、呼んでくれました」



『だけど、気がついたらアタシの中でアンタは友達になってた。娘とはまた別の、大切な存在になってたのさ』



 二本同時にマッチを擦る。柔らかな二つの火は女神と少女になり、仲良く過ごす平凡な日々を映し出した。


「家族ができた気がしました。生まれて初めて、生きていると感じました」



『いや、家族かな』



 マッチを一本擦る。火はとんがり帽子の女神になり、顔を真っ赤にして何かを話している。照れているようだった。



『べ、別にいいじゃろ! 歳を取るとおセンチになるんじゃ!』





「貴方にも、大切な人がいますか?


 大切な人が、いましたか?


 このマッチは、大切な人を想いながら魔力を込めると、火がその人の姿に変化する魔導具です」



『セイル、この魔導具を売ったら、アンタ家に帰んな。本当の家族が待ってるんだろう』



「想いが弱いと、単なる人影にしかなりません。想いが強ければ、その表情まで見てとることができるでしょう。


 夫婦の記念日に二人でお互いを灯し合ったり、大切な人の命日にみんなで灯して、故人を前に思い出を語ったり……

 大切な日に灯して、貴方の愛をあたためてみませんか?


 魔導具【愛の灯火】は本日発売です。一箱一万円、ぜひご家族の分も併せてお買い求めください」


 セイルは微笑みながらぐしゃぐしゃに泣いていた。

 これを売ったら終わり。魔女ウィッチとの日々が。


(わたくしにとっての、本当の家族は……)





 魔導具【愛の灯火】は完売した。単なる「形を変える火」は、愛をあたため、表現する手段として人々に受け入れられたのだ。


 セイルは袖でぐしぐしと涙を拭った。


「売って……しまいましたわ」


「ーーなんて顔してんだい、セイル」


 物陰から魔女が姿を現した。薄く積もった雪で歩きにくそうに近づいてくる。


「ウィッチおばあさま……」


「美人が台無しだよ。この女神様の次に、だけどね」


「おばあさまの方こそ……ふふっ」


 魔女も袖で涙を拭っていた。物陰からセイルの「物語」を聞いていたのだ。


「まったく……アタシが死んだみたいな売り文句だったね」


「まぁ……す、すみません……」


「「……」」


 向かい合って、俯いて、しばしの沈黙。

 先に話し始めたのは、魔女の方だった。


「……つ、次も頼むよ」


「ッ!!……はいっ!!」





  *  *  *  *





「ウィッチおばあさまって、魔族じゃなくて、人間ですわよね?」


 二人は広場の隅に腰掛けて、ハンバーガーを片手に語り合っていた。もうすっかり夜だが、携帯暖炉型魔導具【ヒートテックノロジー】で暖かい。


「おや、言ってなかったかい?」


「言っていませんでしたけど、分かりますわ。帽子をかぶる文化がなかった魔族の中で一人だけいつも帽子をかぶっていましたし、帽子からツノが飛び出していませんもの。ツノがないということは、人間ですわ」


「魔王様と幹部以外の魔族は全く気づかないのにねえ」


「……どうして人間なのに魔王軍にいらっしゃるか、聞いてもよろしくて?」


 セイルが遠慮がちに切り出す。

 魔女はハンバーガーを平らげ、一息ついてから話し始めた。


「……昔、魔族と人間が共存する村に住んでいたんだけどね。そこで魔族の夫と結婚して、娘が生まれた。

 外の世界から隠れながらの暮らしだったけど、まぁ幸せだったんだよ」


 ハンバーガーを急いで平らげたセイルが、ゲップをしながら真剣な顔で何度も頷く。


「汚いねぇ……。


 ………。


 ………。


 それで、まぁ、森に薪を取りに行って、戻ったら、村が、人間に、まぁ、襲われてて、夫と娘が、まぁ、ころ」


 魔女の体を柔らかなものが包み込んだ。

 セイルが魔女を抱きしめたのだ。

 寒空の下で、セイルの体温が熱いほど伝わった。


「ごめんなさい、辛いことを思い出させてしまって」


「……後は、あんまり覚えちゃいないが、確か当時の魔王軍の幹部にスカウトされたんじゃったかな」


「……」


「ぼ、帽子をかぶってるのはね、燃やされた家から家族を引っぱり出そうとした時に、頭に柱が……」


 気まずい雰囲気を何とかしようとして、さらに余計なことを口走る魔女。いつもとんがり帽子かナイトキャップをかぶって、セイルにも頭を見せたことはなかった。


「そうだったのですね。……人間を、恨んでいますの?」


「……さぁ。頭では分かってるんだけどね、人間全員が悪い訳でも、魔族全員が悪い訳でもないんだ。悪いのは一部の馬鹿と、戦争さ。」


 魔女が空を見上げる。降り続く雪は、綺麗な結晶にも汚いゴミのようにも見えた。


「恨みを忘れると、夫と娘への愛を忘れてしまう気がするけど、復讐として人間を殺すと、アタシも二人を殺した者と同類になる訳だし……もう分からないね」


 イッヒッヒッ、と乾いた声が雪に染み込んでいく。


「マッチの魔導具……【愛の灯火】も、毎日使うと思ってたくさん作ったけど、人間と戦う内に、もう2人の顔を見る資格がないんじゃないかって考えちまってね、後は知っての通りさ」


 静かに聞いていたセイルが、魔女の手を強く握って話し始める。


「人間と魔族の戦争……とめてみませんこと?」


 魔女をまっすぐに見つめるセイル。魔女もその瞳を見つめる。青い瞳には、強い意志が宿っていた。


「ど、どうやるんだい?」


 問いかける。

 視線を逸らさず、セイルが答えた。


「ウィッチおばあさまとわたくしで! 魔導具と口車で! ですわ!」

 

 呆れながらも、にっと笑った。


「口車っていう自覚あるんだね、セイル」


 セイルがウィッチの手を引き、立ち上がる。

 

 二人は広場の外へ駆け出していく。

 

 雪はいつの間にか止んで、綺麗な月が顔を見せ始めていた。






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― 新着の感想 ―
[良い点] 魔女さまと主人公、年齢も立場も異なる二人が徐々に心を通わせる過程。そして終盤で過去が明かされ、二人が悲しみを共有していく展開に唸りました。 [一言] 笑えて泣ける、美しい話でした。 何より…
[良い点] 孤独な心二つが奇跡的に寄り添える尊みが言葉で言い表せない。 [気になる点] 気になるっていうよりも、とても巧妙で、打たれた点。 世界観が物語につれて徐々に明かし、当初の予想を緩やかに裏切る…
[良い点] 全俺が泣いた
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