科学と宗教と ひふみ神示
宗教の語源は、仏教に由来するのだそうです。
仏教において、「宗の教え」、つまり、究極の原理や真理を意味する「宗」に関する「教え」を意味するのだそうです。
科学とは「science」の訳語なのだそうです。
語源は、中国の「科挙之学」の略語に由来し、幕末から明治初頭にかけては、専ら「分科の学」(→個別学問)の意味で使われていたようです。
そして、ひふみ神示では
「【科学に・入れると宗教となるのぢゃ】。・は数」
上の一文、皆様も違和感を感じるのではないでしょうか。
「科学に・入れると」、「・は数」とあります。
宗教と科学の対比において、”数”が示唆するものはおそらく科学のはずです。
数に数を入れるとは?
因みに「宗教に・(数)を入れると科学になる」と逆にすれば、まだ意味は通ります。
それを「科学に・(数)を入れると宗教になる」とは?
おそらく、「・」とはひふみ神示です。
ひふみを「一二三」の数に見立てる、ひふみ神示の神様一流のウイットです (ᐢ ᵕ ᐢ)。
「宗教に・(数)を入れると科学になる」では、意味を取り違える人もいるので、
敢えて「科学に・(数)を入れると宗教になる」と違和感を感じさせたのでしょう。
私も「宗教に・(数)を入れると科学になる」では、深く考えなかったに違いありません。
ひふみ神示には、こういった「気づき」を促す仕掛けがふんだんにあるようです。
読み物としても十分に楽しめます (ᐢ ᵕ ᐢ)。
おそらく前述の一文が示唆するのは、これまでの宗教・科学は人智の範疇、ひふみ神示はその先にある「神の学」という事です。
「科学を越えて神の学に生きて下されよ」
「今の宗教、今の科学のままでは岩戸はひらけんぞ」
「科学科学と人民申してゐるが人民の科学では何も出来ん、乱すばかりぢゃ、神に尋ねて神の科学でないと何も成就せんぞ」
という訳です (ᐢ ᵕ ᐢ)。
ひふみ神示とは、宗教・科学の域を超えた”真理の書”です。
これからも訪れる艱難辛苦を乗り切るためのお手本・教科書にすべき書が「ひふみ神示」です。