『養殖聖女』なんです。
聖女なんかじゃない!
第1章:ある日、聖女にされました。
第4項:『養殖聖女』なんです。
あらすじ:ナニミールが居れば良かったのに。
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私だって本物の聖女にならなってみたい。
だって特別な存在だもの。きっと、オイラー様だって喜ぶと思うわ。
勘違いして欲しくないので、ここで『聖女』の定義について確認しようと思うの。
大昔に聖女は実在したのは知っているわよね?
細々とした聖女の伝説はさておいて、取り分けて有名なのは『浄化の聖女様』『治癒の聖女様』『異世界の大聖女様』の三大聖女様。
彼女たちは神様の言葉に従って、多くの苦難を乗り越えて使命を成し遂げた。歌や物語にもなっていて語り継がれているから、聞いたことの無い人はいないと思うの。
『治癒の聖女様』は大きな争いが各地に広がって多くの人が傷ついていた時に現れた。女神様から治癒の魔法を授かって世界に広め、自身も多くのケガ人を癒して周って下さった。敵も味方も分け隔てなく癒した上に、独占することなく誰にでも使えるように広める事に尽力してくださった。
『浄化の聖女様』は死に至る疫病があちこちで蔓延した時に、女神様から浄化の魔法を授かった。浄化の魔法を世界に広め疫病を、ひいては世界から穢れを取り除いてくださった。
今では浄化の魔法が広がって、病気の治療の時はもとより、手洗いうがいに、お風呂に洗濯、少しコツはいるけれどトイレまで浄化の魔法で済ますことができる。もちろん、毒を盛られる事を恐れる貴族も、食中毒に困る平民も、食事の前に浄化の魔法をかけるのを忘れない。
『異世界の大聖女様』ことオヨネ様の功績こそ、ここで改めて言う事も無いわよね。異世界からやってきたというオヨネ様は暴走する魔獣を単独で鎮静化してくださったばかりか、農業を大いに発展させ、技術革新を起こした。何より身近なのは新しい料理よね。
その功績は他の聖女様と比較にならないくらい多くて、列挙するだけでも大変な作業になる。
でも、私が今推薦されたという『聖女』は違う。
ショジョラコーン王国では『聖女』と呼ばれる存在の意味は他の国とは違うのよ。だって、私は神様の言葉を聞いてないし、使命も魔法も技術も与えられていないわ。
ショジョラコーン王国での『聖女』は国際問題に端を発している。
本物の聖女様達は無償あるいは些細なお礼だけで治癒の魔法や浄化の魔法を広げて下さった。だけど、個人の力で世界中に広げようと思えば限界があったのよ。ひとりでも多くの人を助けようとするなら、彼女達は所属していた国に頼るほかなかった。
彼女たちの国は神の使いとして聖女様を受け入れ、彼女たちの意向の通りに魔法を広げてくれたけど、それだけでは彼らは得をしない。聖女様たちの教えを伝える時に、他の国に対して条件をつけた。
治癒の魔法の時は戦争の時。
浄化の魔法の時は死に至る疫病が蔓延した時。
死者やケガ人、病人が多く出ている中で、自国だけ治癒の魔法や浄化の魔法を持たない事は国の滅亡を意味したの。
だって、戦いの最中に致命傷の敵が何度でも蘇って前線に戻ったら不利になるじゃない。病気で滅びそうな国は当然人口が減る。魔法を知らなければ、被害が大きくなって国は滅んでいた。選択肢は無かったの
聖女様の提言が有ったから、治癒や浄化の魔法は広められた。だけど、魔法を伝える事と引き換えに、聖女様の、神様の威光を盾に不平等な条約が結ばれたのよ。
それは今でも残っている。
貴族として利権を守るのは当然の事で、それは自分の民を守ることにつながる。だから、彼らのやったことは当たり前と言えば当たり前で、責められる事でもない。
でも、やられた方は嫌よね。
我が国、ショジョラコーン王国に聖女が現れた事が無い。つまり、不平等条約を結ばされた側。嫌な思いをした方なの。聖女様の現れた国と交渉する時、未だにぐちぐちと不条理な因縁を付けられるの。
『我が国は大いなる神が聖女を使わせた国。治癒の魔法を広め聖女の教えを広めて、お前たちの国を救ってやったんだ。』言外に便宜を図れよと脅してくる。
後から伝わった話では聖女様は不平等条約が結ばれていた事すら知らずに生涯を終えられたそうよ。聖女様たちは献身的に人々のために走り回って、戦争や病気を無くすために尽力してくださった。でも、個人の力で全てを知る事はできなかったのよ。
そして、何十年経っても不平等条約は残った。
ある時、私たちの国の貴族たちは考えた。「聖女が居ないのなら作れば良い」と。
自分たちも神の声を聞ける聖女を生み出してしまえば、不平等条約を退けられる。それどころか、聖女を擁した事のない他の国と、自分の国が有利な条約を結び直せる。可能性のあるものを育てて自分たちの都合の良い聖女を作り出そうと言う訳よ。
そうして創られた組織が『聖道院』なの。
最初は、聖女様を研究して似た容姿や境遇の娘を集めた。
三大聖女様の他にも聖女様は数人いて、治癒の聖女様と浄化の聖女様でも違いはたくさんあった。貧しい暮らしをしていたり、神様に仕える仕事をしていたり。暑い地域だったり、雨の多い地域だったり。すぐに貴族たちも、ただ似ているだけの娘では難しいと察したみたい。当たり前よね。
そのうち、神様が話しかけたいと思いそうな娘を作ることにした。
神様の好みそうな見目美しい娘、神様が目を掛けそうな清貧な娘、神様が喜びそうな辛苦を負った娘を各地から集めてきた。そして一心に神様に祈らせ、神様に気に入られるように清く貧しい慎ましやかな生活を送り、神様の気を引くために男にうつつを抜かさないよう強要した。
『聖女見習い』と言う役職の誕生よ。
だけど偽物はしょせん偽物よね。いつしか『養殖聖女』と言う蔑称で呼ばれるようになったの。蔑称が神様の耳にでも広まったら尚更声なんて聞こえなくなると思った貴族たちは解消すべく動いた。
養殖聖女達に豊作祈願や雨ごいなんかの儀式を行わせて神秘的に見せたり、本物の聖女のようにふるまわせた。長い時間をかけて、少しずつ養殖聖女を活躍させて聖女と呼ばせるように仕向けたのよ。
聖女見習いや養殖聖女と言うのが呼びにくいと言うのも有ったかも知れないわね。いつしか彼女たちの活動は認められて、聖女と呼ばれるようになった。今は混同して養殖聖女でも聖女様として呼んでいるの。
本質はともかく、私の国では彼女たちも『聖女』なのよ。
結局、養殖聖女が聖女と呼ばれるようになって何十年も経つのに、本物の、神様の声を聞いた聖女は生まれなかった。貴族たちも業を煮やして神様の存在をも一時は疑って、不平等条約を破棄しようという動きもあった。他の国々も巻き込んで、聖女を輩出した国を非難していたの。
神様が与えてくれた魔法で不平等条約を結ばされたし、神様の存在自体もすでに神話や伝承でしか聞いた事が無くなっていたわけよ。それに、火風土水の魔法はドラゴンが作ったと言われているから、治癒と浄化の魔法もドラゴンが作ったと信じる人も多くいる。
それに伴って聖道院は力を失っていたけれど、最近、異世界から来たという勇者アマネが現れて状況が変わった。いっしょに彼女を召喚したという魔道具の女神様、ロッテンプッテル様が顕現したのよ。神様が居る事が証明されてしまったのよ。
だから、聖道院は力を取り戻してしまった。小さな望みの種として。
話は少しそれてしまったけど、とにかく私の国では『聖女』と言っても『本物の聖女様』とはぜんぜん違うのよ。全ては神の声を聞き、不平等条約を撤回、あるいは私達の国が有利な条約を結ぶためにあるわ。
何か特別な力があるワケじゃない。
この国の『聖女』は貴族に都合のいい駒のひとつに過ぎないわ。
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次回:『聖剣』って痛そうです。