『聖女』になんてなりたく無いです。
聖女なんかじゃない!
第1章:ある日、聖女にされました。
第3項:『聖女』になんてなりたく無いです。
あらすじ:無作法な呼び出し方だった。
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「どういうことかしら?」
務めて冷静に院長に問うけれど、今朝の様子を思い出してしまって、こめかみの脈動が止まらない。気分を落ち着かせるためにもワザと馬車を遅く走らせたと言うのに、まったく役に立たなかったのよ。いったい誰が私を聖女なんかに仕立て上ようと考えたのか?
ショジョラコーン王国で聖女に任命されたら、聖道院に入れられて勤めを終えるまで出る事はできない。つまり、結婚できない。
聖女は穢れてはならない。
穏やかな生活をして、男なんかと付き合うことはもっての外だ。
清貧で慎ましい生活をして世の中のために奉仕をするべきで、男の事を考えている暇があるなら神様に祈りを捧げなさいだとか。神様の好みそうな格好をして行いをして機嫌を取って、神様に気に入られなきゃならない。そうしなければ神様の言葉なんて聞けないと。
つっまんないわよねぇ~!
せっかくの花も恥じらう青春時代を神様に捧げるなんて、ありえない。神様となんて触れ合えないのよ?私は私の王子様、オイラー様と楽しくイチャイチャラブラブするつもりなのよ。
青春なのよ。
愛なのよ。
一度しか無いのよ?
神様に身を捧げても、結婚もできないし手も繋げない。結婚と言う乙女の大切な切り札は、旦那様になる人に捧げるべきものであって、神様のために腐らせるものじゃ無いわ。せっかくの人生なのだから恋をしなければもったいない。
貧乏な家の娘ならお金が無くて色恋どころじゃないかもしれない。だけど、幸運な事に私はラビットダンス侯爵家の娘だ。身分にもお金にも困ることなく暮らしている。
神様に気に入られるために幼い頃から勉学に励んだわけじゃ無いし、神様に気に入られるために化粧を覚えたんじゃない。全てはオイラー様と結婚して、華やかな社交界を支配するためよ。山千海千の政敵と戦えるようになるために費やした時間は、決して神様に捧げるためではない。
聖女なんて私がやらなくても良いじゃない。
私は努力を重ねて肌を磨き、勉学を重ねて品性を磨いた。そして家柄と努力の結果でオイラー様の許嫁という立場を手に入れたのよ。その努力は私の幸せのためであって、決して神様のためじゃない。
聖女なんてどこか貧民街に転がっている娘にやらせれば良いのよ。実際に今まで聖道院に入ったのは食べる物にも困っている家の娘ばかりなのだ。
「ケルハネィル様が聖女に間違いないと証言され推挙される方が多数おられます。こちらの推薦状の署名の数々をご覧ください。貴女はこんなにも期待されているのですよ。」
ニヤニヤ顔の院長は一抱えの紙の束を私に渡した。口頭では一言で済んでいたのに、推薦状は1枚では足りなかったらしい。
手渡された紙の束の表紙には『ケルハネィル・ラ・ラビットダンス嬢を聖女に推挙する件』と書かれていて、公式に整えられた文章の最後に、王族にしか押せない印が押されていた。
推薦状とは言うけれど、王族の印が押されている以上は決定事項だ。
無暗に異議を唱えられない。
次のページからは推薦者の名前を並べた名簿になっていた。私と同じ年頃の数十人の令嬢と、彼女たちの家族や親戚。貴族の名前の中には、思ったとおり私の継母と義妹たちの名前もあった。
貴族のページが終わると、家名が無い名前が並んでいた。ほとんどの名前の記憶は無いけれど、たぶん侍女や下働きの名前だと思う。まぁ、下働きの名前なんてお金で書かせることができるから、数を増やすために書かせたんじゃないかな。数は多いけど大した問題じゃない。
そして、名簿が終わった次には、私が行ったという奇跡の数々が列挙されていた。
曰く、『神像に祈っている姿から後光が差していた。光に併せて神曲が聞こえてきましたのよ。』
曰く、『夜にお月さまと喋っていましたの。春に蝶々と喋っていましたの。冬に雪が避けて降っていましたの、きっと雪とも喋れるんですわ。』
曰く、『神様から予言を貰っているかのように、いつも言葉が当たるのですよ。だって私が予言されたんですもの。』
曰く、『森で歌ったと思えば小鳥たちが合唱して、ステップを踏むたびに花が咲いてましたの。ホントに見たのよ。嘘じゃないわ。』
そんな事が大げさな詳細を交えて書かれている。これを書いた人は物語作家に成れるんじゃないかしら。面白い恋愛小説が書けたなら、ぜひ私も読んでみたい。どれだけ荒唐無稽な物語になるのか興味がある。
もちろんここに書かれている奇跡の物語は、私には覚えがないものばかりだ。
たぶん、私を聖女に仕立て上げて、結婚ができない聖道院に封印して、オイラー様との婚約発表を無かった事にする。つまり私の義理の家族と名簿の令嬢達が計画をして私を陥れたという事よ。
私とオイラー様との婚約発表を阻止するために。
継母は私よりも義妹をオイラー様に添わせたいと考えていた。私が王家の一員となったら継母は、私に迫害されると信じていたわね。そんなに邪険にする気はないわよ。今まで私とオイラー様の仲を邪魔してくれたお礼くらいは少しするかもしれないけれど。
名前を連ねている令嬢のほとんどは、オイラー様に近づこうとしたので妨害したことがある。数が多すぎて細かく覚えていないけれど、それぞれ別々に言いよって来たのよね。
その令嬢たちが団結している。
私を陥れたって彼女たち同士がライバルであることは変わりないのにね。普段は対立しているような派閥の令嬢が署名のページに名前を連ねているのよ。
この計画は誰がまとめたのかしら?
名前は爵位の順になっているから、一番上の公爵令嬢が怪しいかしら。上位の爵位を持っている人物の方が下級の令嬢を扇動しやすいわよね。
「お家の方もケルハネィル様の物をすべて処分して、すでにお使いになっていた侍女にも乳母にも暇を出したとか。」
見れば判ることをベラベラと喋り続けていた院長が、推薦状を手に考えを巡らせる私の指を止めさせた。
私が聖道院への道をワザとゆっくり進んでいる間に、継母は私の部屋を片付けてしまったらしい。継母たちは今日、私を追い出すための最後の仕上げをしていたようだ。昼食会なんて嘘だったんだ。
こんな事なら無理にでもナニミールに随伴してもらえばよかった。
院長の持っている推薦状はすでに効果のある書類に変わっていて私は聖道院を離れることができないけれど、彼女がいれば王宮に確認に走らせることができたんだ。
だけど、ナニミールは屋敷を出る前に家の事を取りまとめる執事に呼び止められてしまった。そして院長の話だと、そのまま解雇されてしまったのよね。それもたぶん、義母の思惑通りに。
私に無理やり取り入って孤児から侍女になったのだけど、その手腕もなかなかのモノだった。人の噂話を集めてくるのが上手で、どこの誰が何をしているのか調べるのが本当に上手い。王宮にも独自のコネを作っていたから、継母の妨害をすり抜けるくらいはしてくれただろう。
何よりナニミールは私が令嬢たちを陥れるのに一役どころか、片棒を担いでくれたのよ。令嬢を貶めるためなら汚れ仕事でも嫌な顔一つせずしてくれるのよね。
だから私はナニミールへだけは信頼していた。
けど、同時に不安でもあるのよね。本来なら孤児が声もかけられないような貴族の娘に、命がけで雇用交渉するほどに貪欲なナニミール。私の没落を知れば、あっさりと見捨てて他の貴族の下へと行きそうな気がする。
侯爵家で働いていた実績があれば孤児の彼女でも貴族の屋敷で働きやすくなる。案外、喜んで出て行っていったかも知れないわ。
私が6歳の時に、とある令嬢がオイラー様に近づくのを妨害しきれなかった事がある。あの時は私の詰めが甘くて失敗したんだ。
裏で手を尽くしてくれたナニミールの冷たい目に耐えきれなくて、力ずくでその令嬢を池に突き落としてしまったのよ。ナニミールは無表情のまま石を投げて、泳げなくて暴れる令嬢を池から上がれないようにしていたわ。落ちた者には本当に容赦ないのよ。
懐かしい。
私が直接手を下した、最後の暴力だ。
きっと池に突き落とされた令嬢、イジンナ・ノ・フォーリナーは今でも私の事を恨んでいるわ。
だって名簿に載っているもの。
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次回:『養殖聖女』なんです。