旅立ち
<旅立ち>
翌日。
朝を待ち、タクミの借りているぼろアパートに押しかけるケイイチロウとマリコ。
インターホンなんてついていないタクミのアパートは、来客を知らせるノックの音が響いている。
「はーい…開いてますよぉ…」
消えてしまいそうなほど覇気のない返事が部屋から返ってきた。
ケイイチロウとマリコは部屋の戸を開ける。
布団にうずくまっているタクミを見つけお互いの顔を見合わせた。
「どうしたの?タックン」
「仕事をクビになった…」
予想外の答えに虚をつかれたが、なんとか返事を返すケイイチロウ。
「まぁ、それは…あれだ、新しい仕事を見つけるチャンスなんだよきっと」
「そ、そうよタックン!冒険者なんてどう?あなたにピッタリの仕事だと思うけど」
しどろもどろになりながら答えるが、タクミはタクミの心には響かない。
「よし、決めた!俺、旅に出る!」
「「えぇ~~!!」」
突拍子もないタクミの発言に、二人は声を重ね目を丸くする。
「俺、特撮好きなんだよね。だから、旅に出て特撮を守る!」
何を言ってるのかまったくわからない。
「どういうことだタクミ」
ケイイチロウが聞くとタクミは説明を始めた。
「東のほうにさ、東方特撮撮影村っていう村があって、そこで全ての特撮が撮影されているという特撮の聖地があるんだよ」
王都のずっと東の山の奥、その山奥にテーマパークのようにそびえる大きな城。
その城を囲むように大きな一つの城下町のようになってる村がある。
東方特撮撮影村、略して東映村と呼ばれている。
「その村にさ、俺の大好きな美少女戦隊がいるんだ」
そう言って遠い目をしながら何もない空間を見上げていた。
「…いやいや、そんな遠い目をされても…ねぇ」
と、マリコがとなりにいるケイイチロウを見て同意を求める。
「だ、第一、そんなところへ行って何をする気なんだよ!」
マリコの意思をくみ取ったケイイチロウがタクミに問う。
「仕事もなくなって俺、残されたのは特撮だけだから…特撮関係の仕事を探しに行ってくるわ」
「「えぇーーーーー!!!」」
更に翌日。
「ということで、行ってきまーす!」
明るく手を振るタクミ。
「「ちょっと待てーーー!!」」
マリコとケイイチロウが歩き出そうとするローブのフードをグイッと引っ張る。
「ぐえっ」
タクミの首が絞まる。げほっげほっ。
「何すんだよ!!」
「なにサラッと旅立とうとしてんだよ!」
「そうよ!私たちを置いて旅立とうとしないで!」
そう反論するケイイチロウとマリコ。
「別にお前たちに知らせる必要あるか?」
もっともな意見である。
「た、確かにそうだけど…」
と、瞳を潤ませたマリコがその視線をケイイチロウに向け助けを求めている。
その視線に耐えかねたケイイチロウが視線をスッと逸らす。
ガーーーン!!
そんな音がマリコの脳内で再生された。
そんなやり取りをしていると、タクミはすでに城門を通り抜け出発してしまっていた。
「二人とも煩いんだよ。ったく、せっかくの旅立ちの門出が台無しだよ」
「お、ちょうどいいじゃん♪ふふふ~ん」
道端に落ちていたなにやら丁度いい長さの小枝を拾い、小石を蹴り棒を振り回しながら東映村への旅路を歩み始めたのだった。
後日、後ろからなにやら小うるさい二人が追いかけてくるのを今はまだ知るよしもなかった。
<旅路1日目>
「なになに、東に行くにはこの森を抜ければ近道になるのか」
地図を広げたタクミは迷わず近道を選んで森を抜けることにした。
この森は迷いの森と呼ばれ、冒険者でもこの森を避け、遠回りだが安全な街道を進む。
なぜこの森を避けるのか?
それは、迷い易く目印もないうえに、大きな木が群生しているせいで日の光が届きづらく常に薄暗い。
さらに、この森には強力なモンスターがいるからだ。
特に注意すべきはこの森の主であるハウンディングドッグだ。
ハウンディングドッグとは、一言で言えば大きな狼だ。
もちろん狼といえば群れる生き物だが、森の主も例に漏れず群れをつくる。
ただ、普通の狼と違うのは魔法を使うという一点だけ。
固体により差はあるが風系統の魔法が得意だ。
タクミはどんどん森の奥へ進んでいく。丁度いい木の枝を振り回しながら。
森の中心部に差し掛かったところで少し大きな湖に出た。
と、なにやら不穏な空気といくつもの敵意を持った視線を痛いほど感じる。
その方向に目をやると、大型の狼の群れを見つけた。
ハウンディングドッグだ。
数頭の大型の狼。それは一般人なら出会った瞬間に死を覚悟するほどの恐怖。
しかし、タクミは敵意を意に介さずその群れに歩み寄って行く。
狼の群れの奥から一回り、いや二回りほど大きな狼が現れる。おそらくこの群れのボスだろう。
狼の前足が届きそうなほどの距離まで歩み寄った両者。
タクミがすっと手を伸ばした瞬間に狼は攻撃されると思い、すかさず前足でタクミを攻撃する。
タクミはその前足をすっと受け止め、狼の頭を手で押さえつけ一言。
「伏せ」
タクミの並外れた膂力で押さえつけられた狼は身動きが取れない。
「可愛いなぁ、教えたらお手とかするかなぁ?」
このハウンディングドッグほどの群れのボスとなるとこの一瞬で彼我の戦闘力の差を悟る。
そして、群れを救うために狼は敵意がないことをタクミに告げるべく尻尾を左右にブンブン振り始めた。
サイズがサイズなので、辺り一面に尻尾が巻き起こした強風が吹き荒れる。
それを見たハウンディングドッグの群れもボスに近づき動きを同じくする。
タクミは満足そうに頭を撫で、こう言う。
「今旅してるんだけど、一緒に来るか?」
狼は「ワン!」と一鳴きする。
「じゃあ、お前に名前をつけなきゃな。そうだなぁ…アギトでどうだ?」「ワン!」
こうしてタクミは森の主を仲間に加えたのだった。