ミーにゃん無双編
「やっと買えたぁ」
と、美少女の獣人フィギアに頬ずりしているのは転生者の草加タクミ。
魔王軍に激しい攻撃を受け続けていた人間たちは、異世界から来た勇者が世界を平和に導くという伝説を信じ、四年に一回、異世界から転生者を召喚していた。
もはやオリンピックである。
タクミは記念すべき百番目ではなく、百一番目の転生者として、三年前に召喚されたのだ。
しかし、一緒に転生してきた九十九番めの
園田マリコはこの世界で一番の魔法使いとなり、百番目に召喚された菊池山ケイタロウは、伝説の勇者ではないかと噂されるほど魔力、剣術等、全てにおいて飛びぬけた才能を発揮していた。
そのせいか、誰もタクミに注目もせず、本人も特に注目されないことを気にもせず、いつの間にか人々の記憶から消えつつあった。
そしてタクミは就職した。
街の近くにあるダンジョンを探索し鉱石を採掘してくるという鉱夫に。
仕事は体力も使うしきつかったが、いつの間にか仕事にも慣れ、仕事終わりに酒屋で飲む一杯のビールを楽しみにするほどには異世界に馴染んでいた。
そしてタクミにはもう一つ趣味がある。
それは、日曜朝に放送されている美少女パーティブレイブファイブという番組を観てグッズを集めることである。
言い忘れていたが、この世界にはテレビもあるし家電製品もある。
日本から召喚された転生者が現代の技術を異世界に持ち込み一財産築いたらしい。
なので、異世界ながら生活はとても充実しているのだ。
「はぁ、やっと手に入れられたよぉ。ブレイブイエローのミーにゃんフィギア」
酒場でテーブルの上にフィギアを置き、酒の肴にしている。
はたから見ればとても気持ち悪い。
「タクミ、いつまでニヤニヤしてるんだよ」
そう声をかけるのは同期の英雄ケイタロウだ。
「タックン、周りの人が蔑んだ目で見てるから、もうしまいなさいよ!」
マリコもケイタロウと同じ意見のようだ。
「嫌だね!この尊いミーにゃんフィギアを手に入れるのにどれだけかかったと思ってるんだ!半年分の給料だぞ!半年分の血と汗と涙の結晶なんだぞ!」
「「えっ!?そんなにするのそれ!?ひくわぁ…」」
二人の蔑んだ目を尻目にビールをあおるタクミ。
「ほら、見ろよこのフォルム!獣人とは思えない手足の短さ、その小さい身長に見合わないくびれ…」
オタク仲間とミーにゃんについて熱く語り、フィギアを片手に談笑をしながら食事を楽しんでいる時、それは起こった。
飲み物や食べ物がのった机を揺るがすほどの地響き。
「何事!?」
「なんだなんだ!?」
居酒屋にいる一同がうろたえている。
しばらく続いた地響きもおさまったとき、居酒屋の扉が勢いよく開かれた。
「大変だ!魔王軍が攻めてきやがった!」
飛び込んできた冒険者が叫んでいる。
ケイイチロウとマリコはお互いの顔を見合わせ頷き合うと、机に立てかけていた剣と杖をそれぞれ手に取り飛び出していく。
居酒屋にいた腕に覚えのある冒険者たちはそれぞれ武器を手に飛び出していったが、タクミやその他の労働者は食事を続けていた。
一方で飛び出して行ったケイイチロウたちが目にしたのは、今まで見たこともないほどの大量のモンスターとそれを率いる幹部たち。
魔王の姿こそ見えないが、ほぼ魔王軍の総力
だとわかった。
「これはまずいぞ!こっちも全戦力で応戦する!」
冒険者ギルドの実質トップランカーであるケイイチロウとマリコは先陣をきり、国防軍と冒険者たちを引き連れて戦火に飛び込んで行く。
どんどん激しさを増していく中、その戦火の飛び火が街中にも降り注ぐ。
もちろんあのタクミがいる居酒屋も例外ではなかった。
モンスターが放ったいくつかの火球が居酒屋にめがけて飛んでいく。
一つ目が居酒屋の厨房のほうへ着弾。
居酒屋中がパニックになり慌てふためいている。
腰を抜かして椅子から転げ落ちるもの、まったく動じず酒を飲み続ける老人。
タクミは酒を飲み、騒ぎが落ち着いたら店を出ようと考えていた。
しかし、そんな悠長に構えているタクミを悲劇が襲う。
慌てふためいて逃げようとした冒険者が、あろう事かミーにゃんのフィギアがのったタクミの机にぶつかりフィギアを吹き飛ばして床に転がしてしまう。
一気に酔いがさめたタクミは転がったフィギアを追いかける。
手を伸ばすタクミ。
手が届くすんでのところでモンスターに殴り飛ばされた冒険者が入り口の扉を吹き飛ばし、あろうことかミーにゃんのフィギアの上に落下した。
パキッ。
そんな乾いた落ちが耳に届いた。
いつまでも頭の中で繰り返される音。
パキッパキッパキッ…。
その直後、タクミの中で何かが切れた。
ゆるりと立ち上がるタクミ。
あれほど騒がしく逃げ惑っていた冒険者や労働者たちが動きを止める。
ただ立っているだけのタクミの体からあふれ出し荒れ狂う魔力に恐怖を覚え動けないでいたのだった。
「俺のミーにゃんが…ミーにゃんが…」
とても聞き取れないほど小さな声で呪詛を吐くようにつむいだ言葉は、誰の耳にもなぜかハッキリ聞こえてきた。
俯いていた顔をゆっくりと上げ、壊された入り口を見つめる。
「全て滅べばいい…」
そう言うと地面を蹴り走り出した。
正確には走り出したのではない。
地面を蹴ったのはみんな認識できたが、それ以降のタクミを目視することすらできなかった。
瞬きほどの刹那で戦火の最前線まで飛び出したタクミをケイイチロウとマリコは目視し目を疑った。
全世界を滅ぼしそうなほどの怒りをまとい、感じたこともないほどの膨大いや、莫大な魔力が溢れ出していたからだ。
「タクミ!?」「タックン!?」
二人が気づいたように、周りのモンスターたちもタクミの存在に釘付けになる。
数頭のモンスターがタクミをめがけて攻撃を開始する。
巨大な飛行タイプのモンスターのデーモンは口から火の塊を吐く。
一つ目のモンスター、サイクロプスは手に持った巨大な棍棒で殴りつけてくる。
タクミは目を向けることもなく右手の指をゆるりと二度振る。
すると火球ごとデーモンは真っ二つに引き裂かれ、サイクロプスは上半身と下半身が分断される。
「えっ!?」「なんだ!?」「何をした!?」
その場にいた誰もが何が起きたか理解していない。
恐怖心か本能か、恐れを抱いたモンスターたちが全員タクミに向かって襲い掛かってくる。
タクミは腕を水平に持ち上げると横に一閃した。
向かってきたモンスターは一匹残らず肉片と化した。
自軍の異常に気づいた幹部数体がタクミに近づく。
「貴様何者だ!」
「何をした!」
「人間風情が!!」
そう口々に言葉を吐くが、タクミは小さな声で呟いた。
「お前たちが俺にしたことは何だ…?」
何のことかわからない幹部たちは「何を言ってんだこいつは?」と首を傾げていた。
タクミが続けた。
「俺のミーにゃんに何をしたぁぁぁ!!」
その瞬間、タクミは消えた。
いや、消えたのではない。
一人の幹部の前に移動したのだ。
この場にいる誰にも認識できないほどのスピードで。
「なっ!?」
驚愕の表情を浮かべると同時に右の拳を振り下ろす。
無意識で振り下ろされた拳は、タクミの左頬を捉える寸前で止められた。
いや、正確には幹部クラスの魔物ですらタクミには触れる事さえできないのだ。
恐怖を覚えた幹部は、その恐怖心をかき消すかのように一心不乱に力の限り拳を目にも留まらぬ速さで繰り出す。
だが、その拳は全てタクミの皮膚に触れることも叶わない。
「爆ぜろ」
タクミがそう言いながら指を弾く。
そのパチンという音とともに幹部の上空に魔法陣が展開。
次の瞬間、モンスターの幹部が肉塊となってなって弾け飛ぶ。
周りの魔物が恐怖で各々一斉に逃げ出す。
その魔物をタクミは見逃さない。
「弾け飛べ」
上空に無数の魔法陣が同時展開、視界に入る全ての魔物が端から音を立てて弾けて飛び散る。
「なにあの魔法!?無詠唱魔法!?それもこの数…なにがどうなってるの!?」
マリコがその表情を驚愕と困惑で染めているころ、タクミは一番高い魔力を放つ魔物、つまり魔王をその目に見据える。
その視線に気づいた魔王が手招きし挑発する。
一番奥で玉座と呼ぶに相応しい豪奢なつくりの椅子に足を組み座っていた。
刹那で魔王の前に移動したタクミ。
魔王が更に魔力を解き放つ。
大気が震え、低ランクの冒険者はその魔力にあてられ、足が震え腰が抜ける。
魔王が右の手刀をタクミの首を刎ねるべく振りぬかれた。
高ランクの冒険者ですら目視できないその手刀は、防御すらしていないタクミの首に優しく触れた。
もちろん魔王が手を抜いていたわけではない。
魔王ですらタクミを傷つけることはできなかった。
魔王の力を理解したタクミは、魔王に背を向け帰ろうとする。
愚弄されたと感じた魔王が全魔力を開放し、上空にいくつもの魔法陣が浮かび上がった。
その魔法陣から放たれた魔力は魔王に集中し炎の竜と化す。
一瞬でタクミに詰め寄り、次から次へと攻撃をする。
右の爪、左の爪、尻尾。
どれもタクミにはとどかない。
少し離れて劫火を吐き出す竜の息吹。
タクミの少し手前にできた不可視の壁に遮られる。
タクミが振り返り一言だけ囁く。
「もういいよ。ゆっくりおやすみ」
聖母のように語り掛けたタクミは右手を魔王にかざし、その手をゆっくり握る。
魔王もそれにシンクロしたように魔王が丸くなっていく。
タクミの右手が完全に閉じたとき、魔王もこの世からは居なくなっていた。
それを見た魔物は蜘蛛の子を散らしたように逃げ始めた。
その全てを見ていた冒険者たちは、何が起きたのかわからない。
正確には、起きたことはわかっているが理解できていないのだ。
それを横目に居酒屋に戻ろうとするタクミをケイイチロウとマリコが追いかけた。
「おい!タクミ!待てよ!待てって」
「タックン、何!?何がどうなってるの!?」
何も語らず下を向きトボトボ歩き始めたタクミ。
二人はそれ以上タクミに話しかけることもできず、街に戻っていくタクミを見送るしかなかった。