赤鬼、泣いた
赤鬼は、村と山との境にある、そのニコニコ顔の地蔵さまに手を合わせた。
「この村と、俺の旅の無事を願って南無南無と。
…
…
ほんじゃ、青鬼どんを探しに旅に出るかの、
まだ、青鬼どんの気配は消え取らんしな
それを辿ればすぐ追い付くじゃろし、
鬼仲間や動物どもんらに何処行ったか聞いてもええしな、
人間の所に居んなら、鬼なら目立つで直ぐ見つかるだろしな」
赤鬼は大暴れのその日の夜に、その後の顛末を話に青鬼の家に訪ねることにした。
しかし、青鬼の家の戸は固く締まっており、戸の脇に貼り紙が貼ってあった。
それは『赤鬼くん、人間たちと仲良くしてください。もし、ぼくが、このまま君と付き合っていると、君も悪い鬼だと思われるかもしれません。それで、ぼくは、旅に出るけれども、いつまでも君を忘れません。さようなら、ぼくはどこまでも君の友達です』という青鬼からの置手紙であった。
「…
ほんとに、水くさいのー、青鬼どんは。
青鬼どんは、オレの家に来る前に、このことを決めておったんじゃな。
旅か…
それも良えな」
赤鬼は地蔵さまに話を続けた。
「…
なあアホの子。
いや、道祖神さまなら悪霊や疫病から護る村の境界の守り神か。
地蔵菩薩さまなら子どもの守護尊さまだな。
調服しようとした鬼が、こんな鬼じゃ困りもんじゃったろう。
…。
なあ、アホの子。
またアホーアホーと苛めてくれんのか?
人間と仲良えなったとしても、青鬼が帰って来おっても、また俺はオマエと会いたいぞ。
…オマエとの指切り、ちゃんとしとけばよかったな…」
赤鬼は泣いた、
物言わぬ地蔵の前で、
ただ、さめざめと泣いた。
その鬼に、声をかけるものがいた。
「なんじゃー赤鬼ー地蔵さまになむなむしとったんけーこんにちはーじゃー」
その子どもは、いつもと同じように、ニコニコ顔で赤鬼を見ていた。
そして、
「赤鬼…、
泣いとん?」
「鬼が泣くかアホ。
なんじゃアホの子、オマエこの地蔵さまのお化けじゃなかったのか?
「赤鬼おめーアホけー、
地蔵さま化けるわけないじゃろアホー、
タヌキにでも騙されたんちゃうかー、
人は化けんでも人騙すけんどなー、
ヘっクシゅ♪」
「アホの子、オマエ川に飛び込んだあと何処いっとんたんじゃ?」
「うち川落ちたしべべ濡れたしな。
そこの地蔵さまにべべ被せて乾かせてもろて地蔵さまと日向ぼっこしとたんやけどなー?
うち何時んまに家に帰ったんやろか?
アホは風邪ひかんかと聞いたけどな、
うちアホみたいに風邪ひいたはー。
家で寝とたら鬼が来たーって村のもんアホみたいに騒いどったでなー、
鬼にあいさつに来たんよー
ヘーっクシゅ♪」
「アホー!
寝とけ!」
「けんど赤鬼にも青鬼にも村のもんにも迷惑かけたしごめんなさい早よ言いたいんじゃーっ
クシゅ♪」
「アホー!
そんなん後じゃ、アホの家どこじゃ運んじゃる!」
「赤鬼あんがとなーこっちやー手の鳴るほうやでー」
村に入った鬼に村の人間は恐怖したが、子どもを大事に運ぶ赤鬼の姿を見て『また、あのアホが何かしよったか』と、微笑ましい目で見守ることにした。
「赤鬼ーほんで何しに村来たん?」
「しばらく、あの山から居らん用事が出来たからな、その挨拶だぞ」
「アホーなんでじゃーどこいくんじゃーいつもどるんじゃーうち寂しなるんじゃー」
「青鬼どんが、旅に出おったし探しに行かんとな、何、直ぐ見つけてやるぞアホ」
「青鬼と隠れんぼけ鬼ごっこけうちもしたいんやー」
「アホは寝とけ」
「うちなー
赤鬼の家また遊び行きたいんやー、
青鬼捕まえたらなーあのアホな立て札また立てといてなー、
うちアホやし勝手に赤鬼の家に勝手に上がってしまうかもしれんしなー」
「そうだな」
「また遊ぼうなー赤鬼ーゆびきりげんまんやでー」
「そうだな」
地蔵さまは、そんな赤鬼と子どもをニコニコ顔で見ているだけだった。
そして、月日が過ぎ。
また、村に鬼が来た。
赤鬼は通いなれた山からの道を、地蔵さまや村の人間に挨拶しながら通り抜け、一軒の家に止まり、家の前で毬をついていた女の子に話しかけた。
「おはよう。
…
あのアホおるかー」
「赤鬼様、おはよーございます。
アホ様は、まだ寝とるさかいうちが案内するし、ついて来たってーなー」
「ありがとうな」
「アホ様アホ様、赤鬼様が来やはったでー。
ほな、うちこれでなー」
「あんがとなー
よーきたなー赤鬼ーおはよーじゃー。
まだなー、
うちくたばっとらんぞー」
「アホぬかせアホ」
その御老人のニコニコ顔には、長い年限を経た深い深い皺が刻まれていた。
「アホの子、オマエとは長い付き合いになったな」
「アホみたいになー、
アっちゅうまじゃったなー」
「オマエ、よーアホなことやらかして、なんかしらんかアホばっか言うとったな」
「うちアホやさかいなー、
アホはよう分らんとかなー、
怖いとか強いとか大きいとか凄いとかなー、
そのたんびになーアホ言うとったんじゃー」
「なら、鬼は本当にアホだな」
「そやー赤鬼アホじゃーホンマにアホじゃー」
「ああ、アホだぞ」
自分はアホな鬼だと赤鬼は思った。
「またなー、
赤鬼の家遊びに行きたいけどなー、
うち足腰立たんようになってもたでなー、
そのうち地蔵さまみたいに挨拶しても物を貰っても何も言わんようになるやろなー、
挨拶出来んようになったら赤鬼ー、
うち喰うてくれんかー」
「食うかい、アホー!」
「それもやさしさじゃろがアホー、
のこしたらなー、
もったいないお化け出るでー」
「…
なあ…アホの子、
オマエ死ぬのか?」
「人間いつか死ぬんじゃー、
赤鬼そんなことも知らんのけアホー」
「オレは…、
…知りとうはなかったぞ…」
「じゃから赤鬼はアホなんじゃー、
やさしい鬼なんぞアホ見ただけじゃろがー」
「そんなことはないぞ!
アホと仲良うなって、人間と仲良うなって、嬉しかったんじゃ、楽しかったんじゃ、愛おしかったんじゃ!」
「なら泣きなアホー」
「泣くはーアホー!」
「よーけ泣く鬼やなー、
赤鬼泣いたらなー、
うちも泣くぞー、
赤鬼笑ってくれななー、
うち泣いたまま死んだらなー、
うちホンマにアホやんけー」
「死ぬなアホー!」
「死ぬはーアホー、
やさしい鬼がなー
うち泣かせたまま死なせたらウソなるでー、
まー、
赤鬼泣いてても良えからなー、
うちアホ言うから笑てーなー、
アホ言うて笑てーなー、
なー、
赤鬼ー」
「…、
そうだな、
アホの子…」
人間と仲良くなりたい。
そう思った時から、この時が来る事は解っていた。
それなのに自分は、本当にアホな鬼だと、赤鬼は思った。
鬼は笑った、大切な人との語らいに、ただ笑った。
鬼は泣いた、確かに来るその別れに、ただ泣いた。
とある山の中に、一本角の赤鬼が住んでおった。
赤鬼は人間と仲良くなりたいと、ずっと思っていた。
そこで『心の優しい鬼のうちです。どなたでもおいでください。おいしいお菓子がございます。お茶も沸かしてございます』という立て札を書き、家の前に立てておいた。
その立て札の前で、幼子はこう答えた。
アホ様の言っとったとおり、ほんまに立て札立っとるやんな
アホ様「立て札立っとったら赤鬼おるで」って意っとたし
アホ様に「ヒマなったら鬼見てこい」って言われとたし
アホ様が言ってた、赤鬼さまのお菓子食べてみたいし
アホ様おらんようになって、うちヒマなってもたし
アホ様おらんと、うち寂しゅうて泣きそうやし
アホ様おらんから、鬼さま寂しいやろし
地蔵さまも寂しゅう立っとったし
ニコニコ顔で笑っとたけど…
そやな、うちもニコニコ顔で
笑って挨拶せんとな。
赤鬼さま~、あーそーぼー♪