赤鬼と青鬼のロンド
『心のやさしい鬼のうちです。どなたでもおいでください。おいしいお菓子がございます。お茶も沸かしてございます』と、
そう書かれいた立て札を赤鬼は、
「もう必要ないじゃろ」
と、引き抜いてしまった。
そして赤鬼は客として招いてしまった子どものニコニコ顔を思い出し、連られて笑みを浮かべた。
「カラスがアホーと鳴きおったしアホは帰るはー」
「また来るんじゃぞ」
「うち約束忘れるかもしれんアホじゃしなー、
こんどいつ来るかわからんのじゃー」
「それでよいぞ」
「ほんじゃーゆびきりげんまんしよな赤鬼ー。
ゆびきりげんまんのハリセンボンってなんじゃろなーさきに呑んじゃろかー、
呑んだらのどイガイガしそうじゃなー」
「呑まんでええぞ、それより山はすぐ暗くなる、山を出るまで送ってやるぞ」
「ほんじゃーうちと一緒して村いかんけー?
みんなに鬼あった言うてもアホの言うんじゃ誰も信じんしなー」
「まあ…、
また今度にな、夜も遅くなるぞ」
「そやなー夜に鬼おうたらなーみんな腰抜かして挨拶もできんし挨拶できんと喰われるわなー」
「アホなこと言いなアホ」
「うちアホじゃー」
そして幾時が過ぎた月の夜のこと。
庭で月を眺めていた赤鬼のもとへ、
二本角の青鬼が訪ねて来た。
「あの立て札がないぞ?
もう客は呼ばんのか、赤鬼どん」
「よく来てくれたな青鬼どん。
オマエは何時でも、
オレの大切な客だぞ」
赤鬼は客間で茶を点て、青鬼を持て成す。
その所作を見て、青鬼は深いため息をついた。
「赤鬼どん、人間と仲良くなるのを諦めとらんのか?」
「青鬼どん、オレはやっぱり人間と仲良くなりたいんじゃ」
そして、その赤鬼の話を聞いた青鬼は、あることを話した。
それは『青鬼が人間の村へ出かけて大暴れをする。そこへ赤鬼が出てきて青鬼をこらしめる。そうすれば人間たちにも赤鬼がやさしい鬼だということがわかるだろう』ということであった。
その事を聞いた赤鬼はこう答えた。
「それは出来んぞ、青鬼どん」
「出来んか、赤鬼どん」
「それは、ウソをついて人を騙すということだぞ」
「そうだな」
「そして、青鬼どんが村で大暴れをするのを止めなかったら、やさしい鬼もウソになるぞ」
「そうだな」
「鬼はウソをつかん」
「そうだな」
それだけの話である。
月夜は静かに深けていった。
夜も更けて、帰るという青鬼を見送りに赤鬼は門まで出た。
「また来てくれな、青鬼どん」
「そうだな、赤鬼どん。
…赤鬼どん、何かあったのか?」
「何がじゃ、青鬼どん」
「鬼どん、顔から倦が取れとておるぞ」
「そうだな、
…
まあ客が来た」
「人間の客か?」
「その客は…、
アホじゃった…」
「…そうか」
「アホが来てな…、
アホじゃアホじゃと、
苛められたぞ青鬼どん」
そう
赤鬼は静かに笑った。
「赤鬼どん、忘れもんじゃ…」
「なんじゃ? 青鬼どん」
月が夜に隠れ 夜風がピューと鳴いた。
「オレはな、これから人間の村で、大暴れをするぞ、赤鬼どん」
「なぜじゃ、青鬼どん!」
「赤鬼どんをアホと言った人間を黙らせたいんじゃ。
友が苛められたままじゃ、じっとしてられんのじゃ。
それよりも、赤鬼どんを悲しませた人間を許せんのじゃ。
だから、人間の村で大暴れをするオレに、ウソはないんじゃ」
「やめろ! 青鬼どん!」
「やめん! たとえ戦いあうことになろうとも、オレはどこまでも赤鬼どんの友だぞ」
「オレもだ、だから青鬼どん、人の村で暴れんでくれ!」
「なら戦え! 優しい鬼ならオレと戦って止めろ!」
「いやじゃ!」
「赤鬼どんが止めねば、
オレが人間の村で大暴れするまでだ!」
白い月光の中、一本角の赤鬼と、二本角の青鬼の戦いが始まった。
赤鬼と青鬼は、組み合い、暴れ、また組み合う。
回り、組み合い、掴み上げ、投げ飛ばし、また組み合い回る。
組み合ったまま青鬼は強引に赤鬼を連れ、人間の村へと向かう。
それを赤鬼は、青鬼と打ち合い圧し合い、力比べをし懸命に防ぐ。
暴れる鬼達のまわりで、生木は裂け、大岩は砕け、夜に舞った。
鬼達は地面を、ドンドンドンドンと踏み砕き、大地を震わせた。
青鬼は嬉しかった。
友の強さに心が躍った。
だから、友を悲しませた
人間を決して許せなかった。
赤鬼も嬉しかった。
友がオレのために暴れるのだと誇りに思った。
しかし、これでは青鬼に申し訳ないと思う赤鬼だった。
鬼達は暴れるのが楽しかった。
血が滾り、肉が踊り、角がツンとしなった。
月夜と大地を引裂きながら、鬼達は大暴れした。
そして赤鬼は悲しかった。
この暴れる鬼を人は怖がるだろう、
この姿を見れば人間は逃げ出すだろう、
もう仲良くなるなど人間とは出来ぬだろう、
そして、
もう二度と、あの子どものニコニコ顔は見れぬだろう。
月に吠え、鬼は哭いた。
哭きながら、鬼は嗤った。