誰じゃ、苛めっ子は?
とある山の中に、一本角の赤鬼が住んでおった。
赤鬼は人と仲良くなりたいと、ずっと思っていた。
そこで『心の優しい鬼のうちです。どなたでもおいでください。おいしいお菓子がございます。お茶も沸かしてございます』という立て札を書き、家の前に立てておいた。
しかし、人たちは誰一人として赤鬼の家に遊びに来ることはなかった。
赤鬼は悲しみ、悔しがり、腹を立て、立て札を引き抜こうとした。
そんな赤鬼の背中に声をかけるものがいた。
「そんな見え見えの罠にかかるのはアホだけじゃー」
鬼に、そんな声をかけたのは、ただの近くの村の子どもだった。
「オマエは誰じゃ?」
鬼は、その子どもに問うた。
「おめーアホやから鬼がホンマにおるか見てこいって言われたんでな
鬼おるかホンマに見に来たアホじゃー」
村から来たらしい、その子どもは
何が楽しいのか満面のニコニコ顔で、そう赤鬼に答えた。
「鬼ホンマおったんやなー
ホンマ角あるなー
ホンマはじめましてじゃー」
その子どもは、ニコニコ顔のまま丁寧に赤鬼に挨拶をしてきた。
「オマエは何じゃ? 客か? 立て札を見て来た客か?」
「おめーアホけー?
鬼みにきた言うたやろアホー
誰がいつ来るかわからん山ん中でな
そんで自分で優しい鬼ですなんて言うてな
何のためか分からんまま茶ー出されて持て成されたらな
鬼が人隠しに取って食うための罠にしか見えへんぞアホー」
「そんなことはせんぞ
オレは優しい鬼だぞ」
「アホぬかせー鬼が優しいわけあるかアホー」
その子どもは怖いもの知らずなのか、それとも唯のアホなのか、赤鬼に対して遠慮の欠片も無かった。
「鬼はウソをつかんぞ」
「それホンマけー?
うちそれそんなんよー知らんかったぞー
よーけウソつく人いっぱいおったしなー
うちアホやし知らんまウソ言うてまうしなー
じゃー
じゃーな
じゃーその立て札に書いてあるのホンマなんけー
じゃーどなたでもて言うんならうちでも良いんやなー
じゃーうちでも菓子食わせてもろて茶ーしばけるんけー?」
「オマエはウソや罠とは思わんのか?」
「うちアホゃからなーアホみたくやってみんとアホやし何もわからんのじゃー」
その子どもの遠慮も何もない言葉に従い、
赤鬼は呆れながらも家に招くとした。
赤鬼の家は、山の中腹にある、古い庵めいた、やぶき屋根の建物だった。
その家の正門を赤鬼が屈むように潜り抜け、その後ろを子どもがトコトコ付いて歩く。
「ほあぁ…
アホみたいに御立派さまな御家じゃー」
その家は鬼の人の倍はある体に合わせて大きく立派だった。
「ほあぁ…
玄関の段差もアホみたいに大きいてよー家まで上がれんわー」
赤鬼は三和土で、そんな子どもの手足を手ぬぐいでふいてやりながら、
子どもが客として来るのを考えてもいなかったのを思い出し、客間では子どもが退屈がるだろうと、庭に面した縁側で持て成すことにした。
家の庭は、山の中を切り開いたとは思えぬほど整えられ、借景の山々と里村の風景に調和した一枚の絵のようだった。
「ほあぁ…
アホみたいにキレイじゃねー。
お山さんも村もきれーみえるし川も橋もお地蔵さんもこっからみえるわー」
「茶と菓子の用意をしてくる、しばし庭でも見て待っておるんだぞ」
赤鬼は、虎の毛皮から紋付と袴に着替え、茶を選び、菓子を選び、茶の湯の準備をする。
赤鬼が準備を整えて、縁側に戻ると、子どもは庭を眺めていた。
「ほあぁ…
この庭造ったんも赤鬼なんけアホみたいにすごいのー
おおー赤鬼ー恰好良いのに着替えたんね
さっきは鬼みたいな良え恰好やったんに
いまは長者さんか住職さんみたいな
えらい良え恰好やなー」
「客を招くのだ、
それなりの恰好もするぞ」
「そんなもんなんけーこんなアホ相手やけどなーアホみたいに良え恰好だぞー赤鬼ー」
「そうか」
「ほあぁ…
うまそうな菓子アホみたいにいっぱいじゃー茶ーも良え匂いしとるぞー
ほよ食わしてくれーうちアホみたく腹減ってもたんじゃー」
子どもが燥ぐ様子に、赤鬼は考えていた御もてなしとは、ずいぶん違ったものになったと思った。
「こら、そんなにガツガツ食べるでないぞ」
「こんなアホみたいうまい菓子残したらーもったいないお化けでるんじゃー」
「菓子は包んでやるから土産に持って帰れ」
「そっかーありがとなーそんならお地蔵さんにお供えもん出来るなー
茶ーもアホみたいにうまいぞー
この菓子作たんも赤鬼なんけ?
すごいのーすごいのーアホみたいにすごいのー」
赤鬼は、アホアホ言いながらも素直な子どもの言葉が心地良くなっていた。
「腹いっぱいでアホみたいに幸せじゃー
赤鬼ほんまあんがとなー
けんど
なんでこんなアホ相手に良くしてくれるんじゃー
そんで
おめーなんであんなアホな立て札書いたんじゃー」
子どもの、そんな疑問に、
「…オレはずっと、人と仲良くなりたいと思っていたんだ」
赤鬼はポツリと呟いた。
「なんで人と仲良ーなりたいんじゃー
おめー独りもんなんけーほんで嫁さま欲しいんけー
鬼なら何処ぞの姫さま攫ってくらー良えじゃろーにー」
「そんなこと出来るかアホ」
「おめー鬼やのに良えやつじゃなーアホやけど
そんじゃーおめー友達おらんのんかー」
「鬼の友はおる、特に青鬼とは仲が良いんじゃぞ。
…
じゃが、オレが人と仲良しになりたいと言うと渋い顔しおる。
人なんぞ力で従えさせればええと言う」
「ちゃんと人に恐れられる真っとーな鬼じゃなー青鬼はー」
「オレは、その考えが好かん」
「鬼は人に恐れられてナンボじゃろーおめーがアホなだけじゃー」
「オレは、人みたいに、みんな仲良くしたいだけだ
ここから、あの里村を見ているとな…。
村みんなで、田を耕したり、稲を植えたり、穂を刈ったりな、
村の子どもらが仲良く遊んだり、お手伝いする姿が見えててな。
オレだけが、仲間外れにされてるようで、寂しいんじゃ」
そう赤鬼が吐露すると、
「アホぬかせー
よーみてみーアホー
弱い子いじめるイジメっ子もおるし
手伝いしたがらんナマケもんらもおるし
ケンカやイタズラしても頭下げん小僧っ子もおるし
みんな仲良くアホばっかやしなーお地蔵さんも見てて呆れとるわー」
「あの村の人もんに、そんなもんもおるんか?」
「そんなもんじゃーアホー
ほんまにアホなもんもいろいろおるぞアホー」
「それでもな、オレは人と仲良くなりたいぞ」
「そんじゃー
なんでこんなトコおるんじゃー
ここに赤鬼が住んどったのうち初めて知ったんぞー
おめー村長さんとこ挨拶いったんけーお寺さん参ったんけーお地蔵さんお供えもんしたんけー
村のもんならなー村八分にも出来んぞー」
「そうだな。
…最初は…
…人から挨拶に来たんだぞ、あの村が出来る前だったか…」
「そっかーすまんのーそんなん
うちがアホやさかい知らなんだけかー」
「昔は何もない、あの場所に、人が居ていいかと、聞いてきたんでな。
良いぞ。
と、そう答えたら逃げるように帰って行った。
そのうち村が出来て、村が大きくなって、お寺が建ったり、橋が架かったり、地蔵さまが立ったりして、また挨拶でも来るかと思ったが、あれから人ッ子一人来ん」
「そっかー村長さんら年やしアホなって忘れとるんだけかもなー」
「なら、オレから村へ挨拶に行けばいいのか?」
「村に鬼が来おったらなー
みんな仲良うアホみたいになー
みんな泣きながら逃げおるぞー」
「それなら挨拶もできんぞアホ」
「人は鬼が怖いんじゃーそんなことも知らんのけアホー
けんど赤鬼アホみたいに優しい鬼やしなー
みんなアホやし鬼のこと知らんやろからなー
そや
みんなに赤鬼がアホみたい何度も何度も挨拶行っとたらなー
朝おうたらなーおはようって言うてなー
昼出おうたらなーこんにちはって言うてなー
夜中に見たならなーこんばんはって言うてなー
お地蔵さんにお供えしてなーなむなむ言うてたらなー
人はアホやしなーそのうちに怖がってたこと忘れるかもなー」
その子どもの、
そんな、いい加減な話に、
「それは…、いいな」
と、それだけ赤鬼は答えた。
「そやそや
挨拶もできん何も言わん娘や
乱暴してくるイジメっ子や
あやまりせん小僧っ子や
怠けて返事せんもんは
喰ても良えやろし」
「喰うかいアホ」
「それも優しさじゃろがアホー」
「まあ、ありがとうなアホの子よ、オレのためアホ言うてくれてな、
しかしな、
…オマエ本当にアホの子なんか?」
「こんなアホみたいな顔で
アホなことしか言わんからなー
アホじゃアホじゃとみんなにアホみたく言われとるんやぞー
アホ言うほうがアホじゃからなーうちみんなよりアホみたくよーけアホいうとるしなー
ホンマにうちアホの子じゃー
なんか赤鬼にアホアホ言うのなー
アホいたいに楽しゅうなってきたはー」
「アホアホ言うて苛めんなやアホの子よ、
泣くぞ」
「アホぬかせー鬼が泣くかーアホー」
「ははは、そうだな」
赤鬼は笑った。
久しぶりに笑った。
笑った鬼の目の端に、
雫が一つこぼれていた。