彼女の話す「名探偵理論」が俺には難しすぎるようです
「名探偵と普通の探偵の違いって何だと思う?」
推理小説を読み終えたばかりの彼女が聞いてきた。
「名探偵の推理は当たるけど、普通の探偵の推理は外れるとか、そんな感じ?」
俺が適当に答えると、彼女は首を振った。
「間違ってはないけど、間違ってる」
「いやどっちだよ」
手を伸ばし、向かいの席に座る彼女にぺしっとツッコミを入れる。
「普通の探偵が殺人事件の推理をすることはまずない。浮気とか、ストーカーとか、警察がやらない仕事を引き受けるのが一般的。逆に、名探偵がそういったことをすることはあんまりない」
「ああ、そういうことか」
「名探偵は推理小説の中でしか生きられない、いわば架空の生き物。現実世界にいるのはみんな普通の探偵。だからこそ推理小説は非現実的で面白い。もし現実に名探偵がいたら、この感動は味わえない」
普段はおとなしい彼女だが、今日は口数が多い。楽しそうに話している姿が非常に愛らしく、控えめに言って最高だ。見ているだけで幸せになれる。
「話は変わるけど、殺人事件のトリックについてどう思う?」
「ええと、非ィ現実的だなあ、とか」
「それは違う。創作みたいな殺人事件は現実でも発生している。ただ気が付いていないだけ。名探偵という生き物がいないせいで、誰もそれを事件だと思わない。あるいは殺人事件なんて起きてほしくないという人間の心理が、無意識に事実から目を背けさせているともいえる。そして、それはあたしたちにとって当たり前のこと」
「?」
俺には何を言ってるのかさっぱりだ。
「でも、もし現実に名探偵が存在したら、その当たり前が壊れてしまう。奇妙な事故は殺人事件に姿を変え、迷宮入りした事件の犯人が白日の下にさらされる。この世界は、残酷で悲惨な事件であふれてしまう。どんなに事件を解決しても、増えるのは不幸だけ」
「???」
頭をフル回転させる。…………ダメだ。俺の頭脳じゃとても彼女の言葉を理解できそうにない。
「あ、ごめん、調子に乗って一人でしゃべり続けちゃって。つまらなかったでしょ?」
「そんなことないよ。聞いてて面白かったし」
俺が黙り込んでいたのを、不機嫌だと勘違いしたようだ。まあ、後半何を言っているのかはよくわかんなかったけど。
「結局、名探偵って何なんだ?」
俺は先ほどからずっと抱えていた疑問を彼女にぶつけた。
彼女は俺と目を合わせ、そして思わせぶりにつぶやいた。
「名探偵は、あ・た・し☆」
………………なんじゃそりゃ!
読んでいただきありがとうございます。
今作も本文中で名前こそ出していませんが、例の二人のお話です。気になる方はぜひ前作、前々作もあわせて読んでいただくとより楽しんでいただけると思います。
ご意見、ご感想などありましたらコメントしてくださるとうれしいです。
…………オチについては、あまり触れないでください。どうしてこうなったのか自分でもよくわかってないので…………。