9:WEO東京第三支部
俊彦たちと一緒に上級ダンジョンをクリアしたため、朔斗は三日間の休暇を取ることにした。
休日を設定せず、延々とダンジョンに潜り続けた場合は、疲弊した肉体や精神の影響で戦闘のパフォーマンスが落ちたり、事前の準備を怠ったりする可能性が高くなるのだ。
探索を行うダンジョンの等級にもよるが、ダンジョンに潜った者は探索が終わった後、数日間休日にして身体をケアしつつ、精神をリフレッシュするようにWEOからも推奨されている。
休暇の一日目。
義妹と一緒に朝食を食べ、学校へ登校する彼女を見送ったあと彼も身支度をして家を出た。
二十分ほど歩いた朔斗はWEO東京第三支部前に到着。
自動ドアが開き、朝から喧騒としている慣れ親しんだ空間へと足を進める。
WEOの建物の内部にはテナントもあり、その品揃えは優秀のひと言。
二十階建ての造りになっている第三支部では、駆け出しから一人前と呼ばれる探索者であれば、ここだけで探索の用意を揃えることができるほど。
しかし、ある一定以上の高級品を取り扱っているテナントはない。
これはWEOの施設内にテナントを出店する際の規約によるもので、ダンジョンでの死傷率が高いFランクからDランクまでの探索者に対する優遇措置だ。
出入口の左手にはいくつもの受付カウンターが並ぶ。
右手には沢山のパソコンが設置されていて、そこではダンジョンの情報、WEOが発行するクエスト、さまざまな企業からの依頼、パーティーを結成したかったり加入したかったり、パーティーメンバーを募集したかったりする者らの情報を閲覧できるようになっている。
右手奥には探索者が集う仕切り無しの喫茶店があり、何人もの探索者がお互いに雑談をしたり情報のやり取りをしたり、パーティーの勧誘をしたりしている姿が見られた。
その中間には世界各国にあるダンジョンへと繋がっていて、それらの出入口としての役目も果たしているモノリスがある部屋へ続く通路があった。
左手奥には換金カウンター、そして利用者が多いモンスターの解体所は支部の地下に存在する。
朔斗はひとまず受付に向かう。
地球に男性が少なくなっている影響もあって、男より多いと言われる女性の探索者を釣るため、受付の半分は容姿の優れた男性となっている。
すでに二年十か月、第三支部に通っている朔斗の顔を覚えている者は多い。
その証拠に今日の彼を担当した受付嬢は、自分の目の前に来た朔斗の名前も聞かずに笑顔で話しかける。
「おはようございます。朔斗様、今日はどのようなご用件でしょう?」
「おはよう、今日は聞きたいことがあるんだ」
「もしかして朔斗様が<ブレイバーズ>を脱退されたという件ですか?」
顔見知りとなっている彼女の言葉に頷く朔斗。
(やはりもう手続きをしていたか、俊彦たちは。それにしても脱退ねぇ……どのみちあいつらが何かルールを破ったわけではないし、ここで修正するのも面倒だからいいか。一応追放したとわかれば<ブレイバーズ>の評判を落とせるが、そこまでするのも面倒だ。事実確認のために時間を取られるのも癪だしな)
そこまで考えた彼は受付嬢に説明をする。
「あいつらとはずっと一緒にやってきたけど、方針の違いから俺はソロになった。といっても、しばらくしたら新しくパーティーを結成するつもりかな」
悲壮感は出さず、朔斗は軽く言う。
受付の女性は眉間にしわを寄せて念のため朔斗に問いただす。
「追放とかそういったことはなくでしょうか?」
「あ、ああ」
「そうですか。わかりました。今確認をしたら、朔斗様がパーティーを脱退したとの処理はきちんと終えているようです」
朔斗が少し焦ったような態度を取ったため、彼が実際には追放されたか、もしくは人には言えないなんらかの事情で脱退したのだと推測した受付嬢だったが、明確な規約違反がなさそうで、俊彦たちからも朔斗からも相手を訴える申し出があったわけじゃない。
これ以上踏み込んでも仕方ないと受付嬢は判断した。
そういった内心を彼女は表情に出さなかったので、朔斗は自分の言葉が疑われたのを悟れなかった。
そんな彼はもうひとつの用件を受付嬢に伝える。
「俺の用事はもう一件。素材の売却を希望する。物の解体は終わってるから問題ない」
「わかりました。それではこの番号カードをお持ちください」
「ありがとう」
そうして朔斗は受付嬢から数字が表示されたカードを手渡される。
彼はそれを手に持って、換金カウンターへ向かう。
目的地へと到着した朔斗は、少しの順番を待ってオーガエンペラーの素材を順々に取り出し、納品台の上に置いていく。
換金カウンターの受付嬢はそれらをひとつひとつ精査していき、査定が終わる度に朔斗へ金額を提示する。
朔斗がその価格に対してそれぞれ肯定の意を示すと、カウンターに設置されているアイテムボックスへと次々に収納していった。
すべての素材を査定した受付嬢が朔斗に言う。
「それでは今回の品の合計金額は五六〇万円になります。もう一度確認させてください。今回の持ち込み品は、すべて買い取りでお間違いないでしょうか?」
「ああ」
「ありがとうございます。次にお支払方法ですが、現金払いと探索者カードへのご入金のどちらにしますか?」
「カードへ」
端的に答えた朔斗はポケットから探索者カードを取り出す。
現在の地球では、ほとんどのお店でさまざまなカードで決済できるシステムが整っているため、現金を持ち歩いたり使用したりする場面は限られている。
カウンターに設置されている機械にカードをかざす朔斗。
ピピっという音がして、入金されたのを確認した彼は軽く会釈してその場を立ち去る。
(うーん、何か買いに行くか、それとも帰るか? いや、とりあえず少し喉が渇いたからまずは何か飲もう)
喉を潤すために喫茶店へと向かう朔斗。
少し歩くと、視界の隅に映った数人が騒いでいることに彼は気づく。
ガヤガヤうるさい場所は、ダンジョンへと繋がっているモノリスに続く道の入口近辺で、朔斗の目的地の喫茶店に近い位置。
野次馬根性を出すわけじゃないが、喫茶店に用がある彼は喧噪の中心へと近づいていってしまう。
そして、彼らの言い合いが終わらないため、自然と朔斗の耳に怒声が届いてきた。
「お前のせいであいつらが死んじまったんだぞ!」
顔を真っ赤にした男性に対面している背が高か目で、くすんだ赤色の髪をした少女。
彼女はげんなりした様子で言った。
「もう何回も言っているでしょ? そんなのウチに言われても困るんだって……」
女性は革製の胸当てをしており、その中心には特殊なマークが見える。
朔斗は中学校で習った探索者向けの授業の内容を思い出していた。
(あれはWEOのマークだったか。俺はずっと五人パーティーを組んでいたから利用する気はなかったが、たしかあのマークはWEOに登録した特殊探索者を表すもの。WEOを介して、特殊探索者を探索者が雇うシステムだった気がする)
今の世の中、人の才能は理不尽なほど不公平だ。
ジョブに恵まれた人は億万長者になることは比較的容易いし、そこまでの才能がなくてもある程度成功する人は多い。
とはいえ、それもやはりジョブによりけり。
一番不幸なのはエリクサーの当てがない魔力過多症の人々だが、それ以外でもジョブによっては人気がなかったり、いい仕事につけなかったりする者も沢山いる。
探索者は夢のある仕事。
安全にダンジョンを探索し高収入を得たい人の人数は数知れない。
そのため探索者としての需要が少ないジョブ持ちの人らがそれになる際、どうしてもパーティーからあぶれてしまう。
優れた戦闘力を持たない人物が、ソロでダンジョンに挑むのは危険極まりない行為。
これは周知の事実だ。
そしてそういった者たちへの救済措置として、ある程度機能しているシステムがある。
それは探索者派遣法という法律。
WEOで特殊探索者として登録した者は、WEOに対してメンバーの紹介を依頼したパーティーに宛がってもらえる可能性がある。
お互いに条件を提示し合い、合意の上で契約を結んで特殊探索者を雇った際には、きちんとそのときの契約を両者とも履行しなければならない。
とはいえ、ケースによっては違約金を支払えば契約を破棄できる場合もある。
パーティーメンバーをあとひとりだけ入れたい場合、このシステムが特に重宝されていた。
それはなぜかというと、四人である程度戦闘をこなせるパーティーが、残り一枠にサポート系のジョブを望むことがそこそこの頻度であるからだ。
特殊探索者は自分を雇った探索者との契約を完了したり、誰かと契約を結んでいなかったりする状態であれば、WEOに申請することでいつでも普通の探索者に戻れる。
大体の知識を思い出した朔斗の興味は赤い髪の少女に向く。
(あの子のジョブはなんだろうか?)
そんなことを考えている間も言い合いは続いていて、怒り心頭の男性が少女に言葉を突きつける。
「俺の恋人たちが無惨に殺された責任はお前にある!」
「ウチの能力のことを知った上で、私を雇ったのはあなたでしょ? たしかにあなたの恋人は私のスキルの効果の犠牲になったとも言えるけど、そもそもこのスキルを求めたのはあなたたちよ?」
自分の行動に非はないと考えつつも、恋人を失った男性に対して気の毒に思う気持ちがあって、あまり強く反論していなかった少女だったが、あまりにしつこく責められてうんざりとしていた。
男性やそのパーティーメンバーである女性のひとりは、そんな少女の内心など汲み取れるわけがなく、さらに彼女を責め立てる。
段々と騒ぎが大きくなってきた頃、WEOの警備員がそこへ駆けつけて彼らを応接間へと連行し、騒ぎを収束させていったのだった。
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