7:義妹
多くの時間帯は人通りが少なく、住みやすい住宅街。
時刻は夕方――この地区にある中学校や高校の生徒たちの多くが自宅に帰宅する時間だ。
十歳になった際にすべての子どもがジョブを目覚めさせるため、モノリスを使用するので早い段階から将来について考える子が多い。
そういった理由から、審判の日以前とは違い、中学校から専門分野の学科が多く設置されているし、学校の拘束時間も長い。
そしてそれは高校でも同様だ。
幼馴染である香奈のお見舞いをしてきた朔斗は、下校している生徒が多数いる歩道を歩いていた。
彼とすれ違った女生徒がときたま振り返る。
それらを一切気にせず朔斗が歩いている中、後方から彼を呼ぶ声が聞こえてくる。
「さく兄! おかえりー!」
聞き慣れた高い声には喜びが混じっている。
立ち止まって振り返る朔斗。
彼の視界に映ったのは、肩より少し上まで明るい茶髪が伸びている少女。
彼女の可愛さは学校でもトップを争うほどの外見だ。
少女は小走りで朔斗に近付き、強引に彼と腕を組む。
「ただいま、恵梨香。あと、こういうことは止めろって言ってるだろ?」
「えぇ、いいじゃん」
頬を膨らませた少女の名前は黒瀬恵梨香。
朔斗の義妹であり、当然血の繋がりはない。
力は朔斗のほうが強いので、強引に振りほどこうと思えばできるのだが、それをやると恵梨香は泣きそうな顔をするのはわかっている。
「はぁ、家まで近いからいいか」
「うしし、やったね!」
あふれんばかりの笑顔の義妹に尋ねる朔斗。
「元気にしてたか?」
「うん、でも寂しかったよ?」
「ごめんな」
そう言って朔斗は二歳下の義妹を塞がっていない左手で撫でる。
目を細め気持ち良さそうな恵梨香。
(いつまで経っても甘えん坊のままか。いい加減に兄離れしてほしいんだけどな)
「今回の探索も無事だったんだね。良かった」
「ん、ああ。ところでそろそろ進路を決めたのか?」
「まだー。沢山の企業から声がかかってるけど、進学も考えてるし」
「願書の締め切りはそろそろか?」
「うん、もう二月も半ばだしね。企業への就職や進学以外の道も考えてるよ。さく兄と同じように探索者になりたいって気持ちもあるし、そっちのほうもスカウトが来てるかな。でも私のジョブじゃ途中でお荷物になりそうなのがなぁ。できればさく兄と組みたいけど、さく兄がいるパーティーはもう空きがないから……」
「あー、パーティーでの活動は終わった。もっと戦闘力がある奴をパーティーに加えたいみたいで、俺は首だってよ」
義兄の言葉に目を見開く恵梨香。
「あれだけ熱心にさく兄を誘ってたあの人たちが?」
「だな。実力をつけてきたり順調にステップアップしたりしたら、人の考えなんて変わるのかもしれないな」
自らのスキルが超強化されたことをきっかけに、裏切りからは立ち直った朔斗だったが、ずっと一緒にやってきた仲間と離れたんだという実感がじわじわと襲ってきて、内心寂しさを覚えている。
(あいつらとの探索はなんだかんだ楽しかったしな。昔はよくみんなで遊んだり勉強をしたりしたし)
「大丈夫なの? これからのこととか……さく兄の能力ならお金に困らないのはわかってるけど、香奈ちゃんのことがあるよね……」
「うーん、そうだな。目的のためには、いろいろと考える必要があると思う」
(あっ、今ならさく兄とパーティーを組めるじゃん! でも私なんて……)
表情をころころと変化させている恵梨香を視界の端に捉えた朔斗が彼女に問いかける。
「どうした? 何か悩みでもあるのか?」
「ううぅ」
「可愛い義妹のためだ。大体のことは叶えてやるぞ? 試しに言ってみるだけ言ってみろって」
「うん……さく兄がソロになったなら、私も一緒に探索者になってもいい? もちろん同じパーティーで。って思ったけどさ、そうすると私のジョブは戦闘向けじゃないから、残り三人のメンバーを集めにくいかなって……」
「エリクサーを目指すには優れた集まりにしなきゃいけない。俺とパーティーを組みたいけど、そうしてしまったら俺の目的を達成できないんじゃって思ったってわけか」
「そうなんだよね……私だって香奈ちゃんの病気が治ってほしいし」
先ほどまでの明るい声は鳴りを潜め、今の恵梨香の声は沈んでいる。
(うーん、恵梨香と組むってことは考えていなかったな。この子が卒業するまでの期間はもう短い。ってか、恵梨香がどんなスキルを所持しているのか覚えてないな。ジョブは記憶にあるんだが)
周囲を見渡す朔斗。
彼の周りには中学や高校の生徒がまだちらほらと見かけられる。
ジョブやスキルのことは大っぴらに言うことでもない。
ここでは誰かに聞かれるかもしれないと判断した朔斗は、家に帰ってから義妹と話し合おうと決めた。
「今後のことについては家で話そう。俺も恵梨香に話があるし」
「うん、わかった」
その後は他愛もない会話をしつつ、ふたりで仲良く家に帰る。
朔斗の両親が遺してくれた家に到着した彼らは、鍵を開けて家の中に入りお互い自分の部屋へ行き、部屋着に着替えた。
自室からリビングへ向かう途中、朔斗は昔に思いを馳せる。
(健二さんたちが亡くなってからもう八年か。そりゃあ恵梨香も大きくなるはずだ。あの小さかった恵梨香が中学の卒業間近だもんな。うちの両親にも成長した義娘を見せたかった)
朔斗の両親と恵梨香の両親は古くからの友人であり、以前はパーティーを組んでいた。
しかし朔斗の母親の妊娠がわかると、大阪から東京へと引っ越しをしたのだ。
その後、恵梨香の両親はダンジョンを探索中に不慮の事故で大怪我を負ってしまう。
彼らが死ぬ間際、仲が良かった朔斗の両親へ恵梨香を託し、それから彼女は黒瀬家の一員となった。
朔斗の両親は彼らに懐いていた後輩三人とパーティーを新しく組んで、ダンジョンを探索していたのだが、運悪く現れたレアボスの攻撃に耐えられなかった盾役の後輩を庇って、攻撃役だった父親が大怪我をしてしまう。
そして前線が崩れたため、回復役の母親も連鎖的に瀕死の重傷へ。
父親が死力を振り絞ってボスの討伐には成功したが、治療をする暇もなくふたりとも息を引き取ってしまったのだ。
朔斗の両親の後輩は生還してすぐに彼の下へと訪れ、朔斗や恵梨香に何度も何度も謝罪を繰り返し、少なくないお金を置いていった。
(あのことがあったからそれを教訓にして、今までは余裕を持ってダンジョンに挑んでいたんだよなぁ。俊彦たちは早く上位のダンジョンに挑戦したがっていたから、それを止めるのに苦労した。そう考えると、あいつらは俺のことをうるさくて邪魔な奴って思っていた可能性もあるか……)
エリクサーのことを考慮するのならば、朔斗だって早く難易度の高いダンジョンに挑戦したかった。
なぜなら、下位のダンジョンよりも上位のほうがエリクサーの出現率が高いからだ。
とはいえ、最下級、下級、中級までのダンジョンでは、未だにエリクサーが出た事実はない。
上級のダンジョンで極少数の報告、そして基本的に特級以上のダンジョンからの産出が多いのだ。
これは過去の統計で明らかになっている。
しかし、義妹を残して死ぬわけにはいかないし、なによりも自分が死んでしまえば香奈の希望がなくなってしまうと考え、必死に自分で自分を律していたのだ。
考え事をしていた朔斗がリビングへ到着しソファーに腰掛ける。
それから少しして恵梨香もやって来て、なぜか彼の横に座り身体を密着させてきた。
朔斗が少し横にずれても恵梨香は距離を詰めて来る。
そんな彼女に彼は苦言を呈した。
「おいおい、近いって」
「えー、いいじゃーん! さく兄成分が足りなくなってるんだからー!」
「どんな成分だし、それ……」
「いい子で待ってたんだからいいでしょ?」
上目遣いでおねだりしてくる可愛い義妹にこれ以上は言っても無駄だと早くも降参した朔斗は、内心でため息をついてから、帰宅中に話していた会話の続きをしようと口を開く。
「恵梨香は大道具師だったよな」
「うん」
「ジョブ名は覚えていたけど、どんなスキルを持っているのかまで記憶にないんだよな。教えてくれるか?」
「ぶーぶー」
「なんだよそれ」
「可愛い義妹のスキルを覚えていなかったさく兄に対する抗議でーす!」
「はあ、悪かったって……」
「むぅ、仕方がないなぁ。特別に許してあげる」
「ありがとよ」
膨らませた頬をしぼませた恵梨香はポケットから探索者カードを取り出す。
このカードは十歳のときにモノリスを利用して発行する物だ。
これにはさまざまな機能が搭載されていて、所有者のジョブやスキルを表示するのはそのひとつ。
カードの表面に表示させることもできるが、壁に映してプロジェクターのように使用する方法もある。
「私のスキルはこれだよ」
そう言った恵梨香はカードを操作する。
そうして白い壁に鮮明に映る彼女の能力。
名前:黒瀬恵梨香
ジョブ:大道具師
ジョブランク:下級
スキル:上級製造・獲得報酬品質特大アップ・獲得報酬個数アップ
ダンジョンクリア回数:
備考:
恵梨香のスキルを目にした朔斗は息を呑んだのだった。
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