9:悪魔系・超級ダンジョン2
朔斗を先頭として歩くことしばらく。
慎重に慎重を重ね、彼はモンスターセンサーからの反応を気にしている。
ダンジョン産であるこのアイテムの形状は指輪。
モンスターセンサーは生きている魔物の魔石を捉え、その場所を装着者へと知らせるのだ。
その感知方法は、脳内にモンスターの居場所のイメージが浮かび上がるといったもの。
また、アンデッド系のモンスターは死んでいると見なすこともできるが、あれはあれで魔石を持ちながら活動しているので、きちんとセンサーが反応を示す。
超級ダンジョンに突入して二十分が経過した頃、緊張感をはらんだ朔斗の声が空気を伝う。
「前方に敵の反応がある! 二時の方向、距離は七十メートル。数は六」
「超級モンスターセンサーは、特級よりも距離が二十メートル延びていて助かるね」
警戒を怠らないまま恵梨香がそう言い、それに続くサリア。
「敵さんが感知可能な範囲に入ったって感じやな。ところで……しょっぱなやし、【六面ダイス】いっとく?」
彼女の問いに対し、考えたのは一瞬。
朔斗が振り返らずに言う。
「そうだな。やってくれ」
「任せといて! いくで、【六面ダイス】」
虚空に出現したダイスが落下。
それは多くの場合転がるのだが、今回のフィールドは草原のため、現れたダイスは草に絡まってしまい、即座に出目を決定させた。
「耐久アップや……」
ダイスの目を覗き込んだサリアが3の数字を確認後、朔斗や恵梨香にそう告げた。
「小当たりか」
朔斗が言うように、耐久力小アップの効果は彼らのパーティーからしたら二番目にいい結果。
一番は当然ながら敏捷小アップだ。
力小アップはあまり役に立たなく、魔法攻撃力小アップも所詮は下級水魔法しか使えない<EAS>というよりも、朔斗とっては宝の持ち腐れ。
敏捷小アップを引き当てられなかったサリアの表情は芳しくない。
彼女に関しては、数少ない見せ場のひとつが【六面ダイス】なので、サリアが気落ちするのも仕方ないと言えるだろう。
そんな彼女を気遣った恵梨香がパンパンと手を叩き、二人の視線を集めたあと声を出す。
「【六面ダイス】の敏捷効果があればたしかに楽になるけど、ダンジョン攻略でそれを頼りにしているようじゃ、どのみち私たちはクリアできないよ。サリアのそのスキルは<EAS>からするとボーナスなんだから、元気出して! そして頑張りましょう!」
「ああ、そうだな。俺たちがパーティーを組んでから結構経つ。そろそろ出目の結果に一喜一憂するのはやめておこう。いいな?」
朔斗の言葉に小さく頷くサリア。
その様子を満足気に見てとった彼が彼女たちへと指示を出した。
「後方にモンスターの気配はないから、俺から三十メートル程度離れてついてきてくれ」
本当はもっともっと離れていたほうが今さっき発見をしたモンスター相手には安全なのだが、ダンジョン内では魔物が突発的に生まれてくることもあり、今は安全でも数秒から数分後にはどうなっているかわからない。
とはいえ、ダンジョンはとても広いため、そういった瞬間に偶然出くわす探索者の数は決して多くはない。
「進むぞ」
ひと言呟いた朔斗が足を動かす。
その歩みは速くないが、かといって遅すぎることもなく、どういった事態にも対応できるような速度。
彼の言葉に従って、恵梨香とサリアがそこそこ離れた朔斗のあとを追う。
朔斗の視線の先には遮断物がなく、草原が広がるのみ。
それなのに未だに敵の姿が見えない。
しかし、これは今までの探索でもあったことであるし、ダンジョンを冒険する探索者内においては有名な話――そういった場合、モンスターがどこに身を潜めているのかということは。
モンスターセンサーが感知した相手との距離が三十メートルくらいになった頃、前触れもなくそれは唐突に起こった。
地面の少し上に浮かんだ六つの火球。
ひと目で超高温だとわかるような蒼い炎は、不規則にゆらゆらと揺らめいている。
無造作に並んだそれらはまるで意思を持っているかのように、朔斗へと目掛けて飛来してきた。
この辺に障害物がないことは理解しているが、それでも彼は一瞬だけ自身の右側に視線を向け、それからすぐに盾を左腕で構えつつ、右方向に駆け出した。
そこへ響く恵梨香の声。
「あれは【フレア】!」
モンスターが使用した魔法を的確に分析した彼女の視界の先には、被弾しなくて無事だった義兄の姿があった。
敵が放った魔法は高温で一気に草を焼き尽くし、六つの火球が当たった箇所はそれぞれ真っ黒に染まっている。
基本的に全部がほとんど同じ場所に飛んできたので、朔斗が避けるのに支障はなかったのだが、これが連携して彼の逃げ道を塞ぐようにして発射されたのなら、おそらくいくらかは被弾していたという可能性は捨てきれない。
それはそれとして、幸いにしてすぐさま魔法の炎が消失したため、この辺り一面に生えている草原が燃え広がることはなかった。
それからも数回今と同様、魔法による攻撃が行われたが多少の距離があることも手伝って、朔斗はある程度の余裕を持ちながら回避していくと、それに痺れを切らしたのか、とうとうモンスターが姿を露わにした。
「やっぱり下にいたのね」
恵梨香の発言のとおり、今回の敵は地面にある大きく開いた穴にいたのだ。
その構造は一辺十メートルの正方形。
このように身体を隠して不意打ちを行うモンスターの存在は多く知られており、よほど警戒を怠っていたり、敵の攻撃速度が自身の回避速度を大きく上回っていたり、防御能力が低かったりする者でなければ早々食らうことはない。
そうはいっても、パーティーのフォーメーションを崩す上では有効な戦略と言えなくもないだろう。
「あれはなんて敵?」
「ここからは見えにくいで。身体の色や背中の翼を見る限り、デーモン系だとは思うけど……」
彼女らは今出現したモンスターと六十メートルは離れた位置にいるため、なんとなくの雰囲気でしか敵を判断できないでいた。
それとは逆に、左右に走り回ったとはいえ、魔物との距離をおよそ三十メートル前後に保ったままの朔斗は、襲撃者の正体に気づく。
「グレデターデーモンか」
筋肉質の身体を隠すための衣服は着用していない。
しかし、胸や股間には男女の性を表す物はなく、青黒い肌が陽の光を吸収しているかの様。
顔は若干縦長で、後頭部近くから生やした太く立派な角はS字を描く。
身長は二メートルほどあり、立派な体躯をしているが、全体的なバランスは良くない。
それはひとえに腕が異常に長い点が挙げられるであろう。
上半身と下半身の長さがどちらかに偏っているということはないが、両腕が膝まであるその姿は異様のひと言。
地下から出てきたグレデターデーモンは、それぞれが少しずつ距離を取りつつ、高さ二十メートルの上空に浮かぶ。
「ギシャアア!」
その中の一体が号令のように低い声を出した途端、目標を朔斗に設定したグレデターデーモンが六方向から朔斗に迫る。
しかし、それとほぼ同時に彼の【解体EX】が炸裂し、すでに三体は魔石となって地面に落下中。
加えて、朔斗は二体を問題なく倒す。
そうして最後の一匹になったグレデターデーモン。
そいつは自分以外がやられてしまったことを気にかけることもせず、猛スピードで飛翔する。
朔斗が残り一体の敵に【解体EX】を使おうとした瞬間――ほぼほぼ眼前へと迫ってきていたグレデターデーモン。
あれだけの距離があったのなら、余裕を持って討伐可能だと判断していた朔斗からしたら想定外の出来事。
そのため、一瞬の逡巡を経て彼は防御を選択してしまう。
隠れた場所からの魔法攻撃が効かなかった相手へ、超高速で飛来したエネルギーを、あたかもラリアットの如く、長く太い腕をぶつけてきた。
朔斗が上手に防いだこともあって、彼はぐるぐると回って吹き飛ぶことはなかったが、それでもまるでスケートリンクを滑っているかのように、真後ろへと飛ばされてしまう。
彼は浮いてしまっているため、足の踏ん張りがきかないが、意識を失ったわけではない。
即座に意識をグレデターデーモンへと向ける朔斗。
敵は次なる標的に女性陣を定めて動き始めていたが、彼女らに到達するより早く、朔斗の【解体EX】が決まり、魔石が草原を転がっていく。
気を緩めないまま上半身を捻って後方を確認した彼は、剣と盾を放り投げる。
そうして数秒後、足が地面に接したと同時に身体を丸め、後ろへ回転していった。
やろうと思えば着地した際に踏ん張ることもできたが、そうすると少なからず足にダメージを負ってしまう。
今は他に敵の存在がないので、そういったリスクを取る必要がないと朔斗は考慮したのだ。
十メートル以上転がった彼の元へ、女性陣が近づいていく。
「大丈夫?」
「平気?」
恵梨香とサリアが眉を寄せ、心配そうに朔斗へ声をかけた。
「ああ」
パンパンと身体を軽く叩いて土汚れを落とし、二人が安心するように柔らかい表情でそう言った朔斗。
しかし、彼の内心はちょっと違う。
(ちょっと身体が痛いけど、わざわざ口に出すまでもないだろう。一応中級回復ポーションを飲んでおくか。剣と盾を拾いに行ったあとにでも。それにしてもさすがは超級だ。敵のスピードが特級より速かった。これからも油断しないでいこう)
モンスターセンサーに意識をきちんと割いている彼は、自身から半径七十メートルの範囲に現在は魔物が存在しないことを理解していたが、それでも手元に剣や盾がない状態は短いほうがいいと判断し、恵梨香とサリアの相手にひと言断り、前方へと駆けていくのだった。
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