6:ブレイバーズ9
東京都立第三病院にあるひとり用の病室。
個室内で話し合う俊彦と良太の二人。
苛立ちを隠さない俊彦が鼻を鳴らす。
「はっ、お前も抜けたいってのか!」
「うん」
「ちっ」
「ごめん」
「くそ! 最初に和江、その次に恵子と瑞穂。そして最後にお前ってかっ!」
――ドン!
左手を振り下ろした俊彦によって、ひび割れてしまったテーブル。
そのまま力を込め続ければ、木製のテーブルは容易く破壊されてしまうだろう。
しかし、幾多のモンスターと相対してきた良太は動じない。
「俺が左腕を鍛えてもダメなのか?」
昔から才能に胡坐をかいていた俊彦の遅すぎる決断。
そうはいってもそれは咄嗟にでた言葉であり、継続できるかどうかは別の話だ。
目を伏せた良太がゆっくりと首を左右に振る。
「ぐぅぅ……」
悔しすぎて声にならない声を漏らした俊彦は、視線を天井に向けたあと目を閉じる。
しばし続く沈黙。
右腕を失って以降、入院をしている俊彦だが、この病室内で彼は癇癪を度々起こしていたため、物音が多少響いたり、ある程度の大声をあげたりしたくらいじゃ看護師や医者はやってこない。
そもそも俊彦が居る個室はセレブ御用達。
ここはかなり広く完全なる防音になっていないが、外へ音が漏れにくい造りになっている。
暴れたい気持ちを無理やり抑え込んだ俊彦が、良太を睨みつけながら口を開く。
「俺たちは親友だろう?」
「うん」
「探索者ならこうやって腕を失うことだってある!」
「そうだね」
「それなら俺の回復を待つべきだ! 義手だって今作成している最中だ!」
良太が静かなことで自分の意見が通るのだろうと勘違いした俊彦は、口調を優しいものに変えて言う。
「この苦難を乗り越えてこそ本当の仲間だと俺は思うぞ。お前は恵子や瑞穂とは違う。あいつらはゴミだ。小さな頃から一緒だった俺を見捨てた。その点良太は違うだろう?」
下を向いている良太の肩が震えているのを見て取った俊彦は顔をしかめる。
(俺に同情をして泣いているのか? 同情されるのはムカつくが、それでこいつを手元に置いておけるなら我慢するしかない。気の弱いこいつなら押せば問題ないはず。『守護者』の良太は俺にとって大事だ)
そんなことを思いながら、自分は心が広いなと内心で自画自賛していると良太が顔を上げた。
「あははははは。あーはっはっはっは」
突然笑いだした良太。
その様子に俊彦は面を食らう。
「はははは、あはははは」
人が変わったように笑い続ける良太を、俊彦は不気味に感じるが、そこを堪えて彼に問いかける。
「ど、どうした?」
「くくくく」
「な、なんだよ!」
良太をよく見てみれば涙を流している。
「いやー、笑わせてもらった。くそ面白すぎて涙まで出ちまったじゃねーか」
「は?」
「っとにお前はクズだな。まあ俺も人のことは言えないが。てかもうお前は用済みだ。利用価値があったから今まで組んでたが、今となってはもういらない。足手まといは必要ないんだよ」
過去に一度もこのような話し方を良太からされたことがない俊彦は、戸惑いを隠せない。
それでもなんとか言葉を発する。
「お、お、お前は本当に良太か?」
「はあ? 逆に聞くが、俺が俺以外に見えるのかよ」
「い、いや……」
「そりゃよかった。これで目までイカれちまったんじゃ救いようがねーしな」
「なっ!」
「うっせーよ!」
良太の右腕が振り下ろされる。
――バギバギ!
音を立てながらふたつに分かれてしまったテーブル。
目を見開いて言葉が出ない俊彦。
良太は鼻を鳴らしぞんざいに告げる。
「さっきも言ったが、今まで利用価値があったからこそお前を立てていたし、俺はお前に従っていた。だが、それももう終わりだ。本当は一番最初に<ブレイバーズ>を抜けたかったが、落ちぶれた俊彦を見るのも楽しいかと思って、こうやって最後まで付き合ったってわけだ。あ、最初ってのは和江が加入後の<ブレイバーズ>での話な」
俊彦は頭の整理が追いつかない。
心底面白いといった感情を隠さない良太が言う。
「とはいえ、俺も今後輝かしい未来が確約されているわけじゃない。まあできる限り努力はするけど。五人の関係が固く結ばれていなかったし、<ブレイバーズ>は朔斗を追い出したことでどの道いずれ終わってた。あいつのことが嫌いだからこそ追放したが……まさかあんなスキルに進化するなんてなぁ」
(過去に一度もこんな良太を見たことがあったか? いや、ないな……こいつが怒った記憶さえ俺にはない。これが良太の本性?)
俊彦が思考をぐるぐると巡らせている中、言葉を続ける良太。
「俺は無傷で『守護者』だから今後も安泰だ。それにひきかえお前はもう探索者として終わりじゃないか? でもまあ……幸いにして顔はいいんだ、女でも引っかけて養ってもらえばいい」
「くっ!」
自分が誘導したからこそ<ブレイバーズ>から朔斗を追い出せたのだが、そのことは俊彦に伝える必要はないと判断し、この場で口にしない。
それに気に入らない朔斗を追放してしまったのは間違いだったと良太は認めている――なぜなら【解体EX】を所持した状態の朔斗であれば、もっともっと利用できたのだから。
裏で上手に俊彦を操っていたとはいえ、彼はとてもわがままで自己主張の激しい男だったので、表ではへこへこしていた良太はストレスが溜まっていた。
目の前の男と今後の付き合いはないと判断している良太は、ここぞとばかりに俊彦に意趣返しをしているのだ。
俊彦の父親はAランク探索者でDチューバ-のため、多少なりとも発言力はあるだろうが、プライドの高い俊彦が達也に言いつけることはないと良太は思ってる。
これが仮に暴力を振るっていたのならどこかから達也の耳に入るかもしれない。
しかし、良太は俊彦に少し暴言を吐いただけ。
そして裏で暗躍していたとはいえ良太は表面上、俊彦の腰巾着のように振る舞っていたのだ。
多少何かを言われたところでいくらでも反論できる――今まで鬱憤が溜まっていて、それが暴発したのだと。
「まあいい。俺はもう行く。看護師にテーブルのことを伝えておく。代金も俺が支払っておこう」
そう言って席を立つ良太。
東京都立第三病院はきちんとセキュリティー対策をされていて、全部の部屋にカメラが設置されているため、調査をされれば良太がテーブルを破壊したとバレてしまう。
それなら自分から申告し、弁償もしたほうがいいと良太は判断したのだ。
部屋を出て行く良太を呆然と見送る俊彦。
「良太はあんな奴だったのか? いや、それは今考えることじゃない。あいつは俺から離れた」
俊彦の口から漏れ出た言葉。
「どうしてこうなった? 俺が腕を失ったからか? いや、朔斗を追い出したからだ……だが、あいつとずっと一緒にやっていけたか? <ブレイバーズ>は俺のパーティーだ。俺が中心じゃなければならなかった!」
目の前のテーブルを蹴り上げ、それが天井に当たり轟音が俊彦の耳に響く。
天井に穴が開き、いくつもの欠片が床に落下する。
俊彦は席を立ち、少し離れた場所にあるベッドへと身を投げる。
さらなる破壊衝動に駆られる彼だったが、さすがにベッドを壊してしまえば寝るときに困ってしまう。
一応ソファーもあるのだが、そっちで寝た場合はきちんと身体を休められないのはわかり切っている。
(これから死ぬ気で訓練したのなら、ある程度のパーティーには入れるかもしれないし、自分で新しいパーティーを結成できるだろうが……しかし、俺はどこまでいっても片腕がない『剣聖』でしかない。冒険をしない腰抜けの親父より強くなれない可能性が高いのに、探索者を続ける意味はあるのか?)
俊彦は苛立ちながらも自分の将来を考える。
失われたのが利き腕でなければ、治療後に探索者を続ける者は少なくない。
もちろんその者の役割やジョブ次第だが。
しかし、不幸にも俊彦はそれに当てはまらない。
「くそおおおおお! なんで俺があああああ!」
くぐもった声が病室内に響く。
最後のパーティーメンバーかつ小さな頃からの友人にまで見捨てられた俊彦は、枕に顔を押しつけ絶叫するのだった。




