6:お見舞いと報告
香奈と麻耶の病室に見舞客として訪れた朔斗。
彼がここに来たのは久し振りだ。
なぜなら朔斗はオーガ・上級ダンジョンを一週間の時間をかけて探索していたのだから。
久々に見る幼馴染。
少しの間見つめ合う二人。
甘くなりそうな空気を壊したのは咳払いをした麻耶。
「えー、私もいるんですけどー? 二人の世界を作らないでほしいなぁ」
彼女の言葉を聞いた二人は赤面し、お互いに素早く目を逸らす。
しかし、それも長くは続かず、まずは香奈が口を開く。
「おかえりなさい。無事で良かった」
「ああ、ただいま」
柔らかい表情でそう言った朔斗。
そして、再び自分が蚊帳の外に置かれてはたまったものじゃないと考えた麻耶が、ダンジョンでの話を強請る。
「今回のダンジョンはどんな感じだったの?」
この病院に入院をしてから知り合ったとはいえ、すでに麻耶は朔斗と友人と言ってもいい立ち位置だ。
そういった身近な人物からの冒険譚を、直接本人から聞くことは彼女の楽しみのひとつ。
麻耶は病室に設置されているパソコンを利用して、インターネットでさまざまな情報を得たり、映画を鑑賞したり漫画や小説だって読めたりできるのだが、それとこれはまた別の話であり、退屈な入院生活において楽しみはいくつあってもいいのだ。
「オーガ・上級ダンジョンという名前どおりの特徴で、いろいろなモンスターが出て来るとはいえ、道中はオーガ種の出現率が一番高かったし、事前の情報どおりボスはオーガエンペラーだった」
「ああ、私もボスの名前は調べてたよ。強そうな名前だよねぇ、実際に強かった?」
楽しそうに質問をしている麻耶ではなく、朔斗へと視線を固定している香奈は黙ってふたりの会話を聞いている。
ダンジョンの話をする際、いつもであればぎこちない笑顔で話す朔斗は、珍しく心からの笑みを浮かべながら麻耶からの問いに答えた。
「オーガエンペラーはなかなかの強敵だったな。でも危なげなく勝利できた。まあ、いつもどおりボス戦では俺の出番はほぼなかったが、ははは」
自嘲気味な笑いではなく楽しそうな笑い声に違和感を覚えた香奈。
彼女は知っている――彼が自らのジョブの特性によって、他の仲間四人より戦闘力が低いことを、そしてそれは朔斗の劣等感として彼自身にしっかりと根付いており、朔斗が常に焦っていたことを。
そんな彼は無理をして、いつか香奈より先に逝ってしまうのではないか、と心配していたのだ。
何かいいことがあったのかな? そう思った彼女は朔斗に問いかける。
「サクの雰囲気がいつもと違う気がする。何かあったの?」
「ん? ああ、まずはそうだな……俊彦たちのパーティーを追い出されたんだ……」
「ええええ!」
香奈の大きな声が病室に響く。
俊彦、良太、恵子、瑞穂たちとは香奈も小学校に入学をしてから知り合っており、彼ら四人とは友人の関係。
中学校に入ってからは、入院したことも影響して関係が少し疎遠になっていたとはいえ、朔斗を除けば彼女の中では一番仲が良いと思っていた友達だ。
そんな彼らが大事な幼馴染をパーティーから追放したというのだ、これには香奈も驚きを隠せない。
それと同時にショックを受けていなさそうな朔斗の態度に、彼女は違和感を覚える。
しかしだからといって心配せずにはいられない。
香奈は朔斗を気遣う。
「大丈夫?」
「隠さずに言えば、脱退を強要されたときは……まあ、ショックだったな。俺の能力が戦闘向きじゃないのは知っているだろう?」
「ええ。サポーターとしては類をみないほど優秀だけど……」
歯切れ悪く香奈が言う。
朔斗の能力はサポートに特化しており、戦闘力に劣るとはいえ、それはそれで誇るべきもの。
中学校を卒業する前にスカウト合戦があったように、多くの人が彼に期待していたし朔斗という人物を望んだ。
彼を手に入れようとしたのは探索者だけではない。
世界各国の企業の多くや、WEOや軍隊なども自分たちの組織に就職してほしかったのだ。
唯一無二の能力を持っている朔斗ではあったが、解体作業は作業をする人数や時間で補うことができるし、【ディメンションボックス】はその下位互換のアイテムボックスがあるため、朔斗が望むエリクサーを入手できる可能性がある環境を用意するまでには至らなかった。
神の薬とまで言われるエリクサーの市場価格は青天井。
世界的なオークションにかけられる際、その時々で値段が大きく変動するとはいえ、ここ数十年は二十億円を下回ったことがない。
現在、日本における平均年収は七百万円ほど。
この数値は審判の日以前と比べると相当上がっているが、それには訳がある。
地球の人口が昔より相当減ってしまっていて、職にあぶれる人がほとんどいなくなり、ダンジョンからはさまざまな資源が尽きることなく供給されてくるため、不景気とは無縁の社会情勢になっていること、ジョブやパーティーメンバーに恵まれた面子の収入は凄まじく、天井知らずといった理由で最低年収も最高年収も自然と引き上がっているのだ。
「もしかして新しいパーティーが見つかったとか?」
――だからこそ機嫌がいいのではないか?
友人たちにパーティーを追放されても、それを気にしていないばかりか元気の良さが内面からにじみ出ていると気がついた香奈は、目の前の幼馴染をそう判断した。
「いや、それはないな。追い出されたのは少し前だし。ダンジョンから戻ってすぐにここへやって来た」
朔斗の回答を聞いた香奈は頭に疑問符を浮かべる。
そんな彼女に向かって彼が口を開く。
「実は、解体師のランクが上がってスキル【解体】が進化したんだ。その効果が凄くてな」
「えっ!? サクの解体師って超級だったよね?」
「ああ、そうだ」
「えぇぇ! それなのにもう上がったの? 超級の上は神級でそれ以上は上がらないんだよね?」
「そう言われているな」
香奈が驚くのも無理はない。
なぜならジョブのランクはなかなか上がらないのだ。
ランクは最下級から始まり、下級、中級、上級、特級、超級、神級と段階的に上昇していく。
スキルの中の一部にもこれらのランクが設定されているものがあるが、ジョブによっては特定のスキルが最初から中級だったり上級だったりする。
若手の有望株として注目されていて、さらに成長が早い俊彦たちでさえ、ジョブのランクは未だに中級。
一緒にパーティーを組んでいた元友人たちと比較して、朔斗がなぜこれだけ早くランクが上がったのか?
それには当然ながら理由がある。
以前も説明したことがあることを再度香奈へと伝える朔斗。
「まずは俺が持っているスキルの影響がでかいな。【取得ジョブ経験値特大アップ】はジョブ経験値が10倍になる。あとこれは知っているだろう? 自分のジョブに見合った行動をすればするほど、ジョブ経験値が増えるってことを」
「ええ。ジョブが料理人なら【料理】をすればするほどランクが上がりやすいし、鑑定士の場合は【鑑定】の回数が多ければ、その分ジョブのランクが上昇していくのが早いって聞いているわ」
「だな。俺はダンジョン内で【解体】を多く使っていたし、ダンジョンに行かない日は【解体】のスキルを使ってバイトもしていた」
俊彦たちとの約束で、エリクサーが出ない限りはダンジョンの報酬箱からのお宝に権利がなかったり、モンスターの素材などを売却して得た利益の配分率も朔斗だけ低かったりしたため、すでに両親と死別している彼はバイトをして収入を増やしていたのだ。
「どんなスキルに進化したの?」
目をキラキラとさせた麻耶がふたりの会話に割り込む。
香奈も聞きたくて聞きたくて仕方なく、興味津々。
そんなふたりに対し、先ほどまで笑顔だった朔斗は表情を引き締めて彼女らに告げる。
「このスキルの効果はここだけの秘密にしてほしい。絶対に守らなきゃならない秘密とまでは言わないが、周囲が騒がしくなるのは俺の本意じゃないしな。それだけ強力無比なスキルだ」
「うん、ここだけの話にしておくね。今の時間はまだ回診がないから大丈夫」
「他のお見舞いもなさそうだしね」
香奈と麻耶は朔斗にそう返し、ふたりは真剣な顔つきになった。
ひとつ頷いた朔斗が口を開く。
「まずスキルの【解体】だが、モンスターや動物や建物などを手作業で解体していく必要がなかった。俺の意思ひとつでどこまで範囲を及ぼすのか、例えば身体全体、身体の一部とかな。そしてどういった部分を残すのかを選択できていた。例えば内臓や骨を残すのも残さないのも自由自在だったし。とまあ、この辺は前も教えていたからいいか。それが進化して【解体EX】というスキル名になり……」
もったいぶったように、そこで一度言葉を区切る朔斗。
麻耶がごくりと喉を鳴らす。
「新しい効果――それは今までは死体や建物などに限って及ぼしていた効果が、生物にも適用されるようになっているらしい」
香奈と麻耶。
ふたりは朔斗の言葉の意味をすぐには理解できず。
しかし、それを認識したと同時に、彼女らは驚愕の叫びを発したのだった。
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