4:雇用
喫茶店から出た朔斗が向かうのは月英社の東京本社。
予めその近辺の店で恵子らと待ち合わせをしていたこともあり、千代が紹介してくれた人物との約束時間まで問題なく間に合うし、ちょうどいい時間といえるだろう。
グレーを基調とした外観のビルが見えてくる。
自動ドアを通り、朔斗が受付嬢へと近づいていく。
月刊探索者通信をはじめとした複数の人気雑誌を刊行していたり、専属のDチューバーを雇ったりとさまざまな業務を行っている大手企業だけあって、ロビーにはたくさんの人が行き交う。
そうした人たちの中には朔斗の存在に気づく者もいたが、大っぴらに声をかけることはなかった。
チラホラと視線を感じる彼が受付嬢の側にたどり着き、彼女に声をかける。
「本日お約束をしていた黒瀬朔斗といいます」
紺色系の制服を着用した受付嬢が見惚れるような微笑みを浮かべて言う。
「はい、承っております。これから新島に連絡をしますので、あちらで少々お待ちくださいますか?」
「わかりました」
了承の意を示し、軽く会釈をした朔斗は受付嬢の案内した場所にあるソファーに足を運ぶ。
待つこと数分、千代が足早にやってきて朔斗へと声をかけくる。
「こんにちは。本日はわざわざお越しいただきありがとうございます」
ソファーから立ち上がった彼が言う。
「いえ、今回は新島さんのご好意を受けにきました」
「では、行きましょう。ついてきてください」
朔斗と良好な関係を構築出来ていると、内心喜んでいる千代が彼を伴って移動し始めた。
エレベーターを使ってやってきたのは、三階にあるそんなに大きくない応接間。
そこにはすでにひとりの女性が立って待っていた。
ちなみに株式会社シエンと契約を交わした部屋ではない。
あのときは雑貨類を持ち込んでもらう必要もあったので、結構広い部屋に案内されていたのだ。
「朔斗さんはあちらへ」
そう口にした千代が、もともといた女性の対面の椅子を指す。
朔斗が移動したのを確認した彼女は、女性の横に向かう。
全員の動きが止まった時、千代が口を開く。
「この方が本日朔斗さんにご紹介する神崎さんです」
「ご紹介に与りました神崎結衣と申します。本日はよろしくお願いします」
はっきりとした口調で述べた女性が綺麗な姿勢でお辞儀をし、それに対し朔斗も返答をする。
「こちらこそよろしく、黒瀬朔斗です」
笑顔で挨拶をした朔斗。
まだ二十三歳と若く、若干つり目であっても多くの人が美人だと評価するだろう千代の横にいる人物は、年齢が四十一と朔斗の倍以上。
スーツを着こなし、ピシッとした印象を受ける結衣。
顔立ちは特に優れているというわけではないが、人との繋がりを円滑にするであろう優しそうな笑顔が目を引く。
千代の言葉で全員が着席したと同時に、事務員がお茶が運ばれてくる。
これはここに来る途中、彼女が頼んでおいたもの。
話し合いをする用意が出来たと判断した千代が口を開いた。
「今回のことは基本的に紹介だけが私の仕事になりますが、事前に朔斗さんのご要望やプロフィールは神崎さんに伝えてありますし、神崎さんのことも朔斗さんに言ってありますので、あとはお二人でお願いします」
「はい」
「ええ」
結衣と朔斗が頷きながらひと言。
これで自分の仕事は終わりだが、千代は気を抜かず彼らをそっと見守る。
静かな応接間の中に朔斗の声が響く。
「神崎さんは税理士の資格を持ちつつ、秘書や代理人の経験もあるということで間違いないですね?」
「はい」
「新島さんに聞きました。とても優秀な方だと」
「いえいえ……」
「すでにお聞き及びと思いますが、俺は探索者をしています。そのため税金関係の管理をお任せしたいのと、最近は複数の企業からさまざまな提案をいただいていますので、それらの折衝もしてほしいんですよね。問題なさそうですか?」
「大丈夫です。黒瀬さんは非常に優秀な探索者と聞いております。その分、今後の収入や支出が多くなることが予想されますし、税理士を雇うのはとても大事だと思います。また企業に関してもお任せください。今までにそういった経験がありますのでどうぞご安心を」
朔斗というか<EAS>は他のパーティーより休日が少ない。
そのため地上で活動する時間が限られている朔斗。
さらに【解体EX】の恩恵を受けて、現在の収入は相当なものになっている。
その結果、前年に比べると税金がとんでもなく上昇してしまうのが目に見えていた。
脱税をするつもりは一切ないが、それでもできる限り支出を経費という形で落とし、支払う税金を下げたいのだ。
ある程度以上、収入が上がってきた探索者は自分たちで税理士を雇用するのが一般的。
そして朔斗のように、企業からコマーシャルやメディアへの出演の要請があったり、スポンサーになりたいといったコンタクトだったりがある上位の探索者は、その煩わしさを軽減するため、秘書兼代理人を雇ってそういった案件を丸投げすることは少なくない。
すでに特級ダンジョンを九回攻略し終えた<EAS>としての収入は、七億五三九〇万円にも達する。
これが朔斗と恵梨香のダンジョンにおける収入。
サリアは特殊探索者として雇用しているので、彼女はそこから収入を得られないのだ。
稼ぎの格差が凄くなってしまっているが、その分サリアは朔斗に武具やポーション類や転移石などの雑貨品を無料で支給されていた。
各国によっていくつかの税金は種類や税率が違うが、探索者に登録してある者の所得税は全世界共通と定まっている。
危険の多い仕事だが、その分見返りが大きいのが探索者であり、この職業は全体の二十数%が年収一八〇〇万円超。
朔斗と恵梨香が現在所持している資金はおよそ五億円だが、彼らの現段階における所得税率は五十%となり、これをそのまま計算すると三億七六九五万円と超高額だ。
当然これはまだ未納。
請求額が確定するのは翌年の二月一日で、納付期限が三月三十一日。
朔斗たちの収入に比べ、現在の資金が少ない理由はダンジョン用に武具や雑貨を購入したから。
探索に一切関係ない大きな買い物はしていない。
もちろん生活費だったり、それぞれの誕生日などの記念日の際に渡すプレゼント代だったり、香奈や麻耶へのお見舞い品の購入費だったりは別。
そのため、きちんと税金対策をしたのなら相当額を経費で落とせることになり、税金がもっと安くなるのだ。
しかし、朔斗を含めた<EAS>のメンバーはダンジョンに集中していて、それらを管理する時間はないし知識も微妙。
そこで役に立ってくれるのが税理士というわけである。
(超級モンスターセンサーが欲しいが……特級ダンジョンだとレアボスを引かない限り出ないだろう。とはいえ、レアボスが出現しても報酬箱に入っている可能性は低い。モンスターセンサーの期限が十年間って決まっていなければな……そうしたら、もう少し価格が抑えられていたかもしれないんだが)
結衣が自身の職歴を述べている中、すでにそれを千代から聞いていた朔斗は、彼女の言葉を聞き流して脳内でそんなことを考えてしまう。
(一個四億円とかバカ高い……一応、ひとつなら購入できるだけの資金は貯まっているが、もう少し実力もつけたいところだ。それに同価格の超級マップメイカーや、それを使用するための超級ボス魔石も必要だ。さっさとお金を貯めて買いたいな。ゆっくりしていられない状況だが、事前準備を怠るわけにはいかない)
年齢が若く、まだまだ経験が浅い朔斗たち。
彼ら<EAS>のメンバーはすでに全員が探索者ランクがCになったといっても、ダンジョンをクリアした恩恵で伸びる身体能力や魔力が不十分。
ちなみに、SSランクのアンドレは身体能力などが大体四〇〇%アップしている。
そして朔斗は三十一%、恵梨香が十六%、サリアが二十五%というのが現段階におけるおよその数値。
当然ながら、これらは元となる能力が高ければ高いほど恩恵を受ける。
固定値が増加するわけではないので、日頃のトレーニングもかなり重要なのだ。
さておき、そろそろ雇用を結ぶかどうかという話し合いに突入している朔斗と結衣。
「自分としては是非とも神崎さんを雇いたいと思います」
小さく頷いてからそう言った朔斗に対し、軽くお辞儀をしつつ返答する結衣。
「わかりました。ありがとうございます」
「雇用における金額は先ほど提示したとおりで」
「はい、では今日中に雇用契約書を用意しておきますね」
「お願いします。自分はその辺疎いので……もちろんそれは雇用前の仕事ですから、その分のお金は支払います」
「はい」
「あと、俺のことは下の名前で呼んでください、新島さんと同様に。うちのパーティーは自分の義妹がいるため、どうしてもややこしくなってしまうんですよね」
「わかりました。それではこちらからも。朔斗さんは私の雇用主となりますので、私に敬語は不要です」
「了解」
一か月程度前まで違う探索者に雇われていた結衣。
彼女はすべての探索者が礼儀知らずとまではいかないが、それでも生業が戦闘ということもあって、男女限らず口調の荒い者が多いということを知っているし、それを許容していた。
「明日も休みだから、もし明日俺の家まで契約書を持って来れるなら、そうしてほしいが、神崎さんの予定はどうかな?」
「問題ないです」
「じゃあそのときに他のメンバーも紹介しよう」
「はい」
「今日はありがとう」
「こちらこそ」
朔斗は視線を千代に移し言う。
「新島さん、今回も助かった。今後もお世話になると思うけど、よろしく頼みたい」
「ええ」
こうして自分の紹介した人物が<EAS>の税理士、秘書、代理人を務めるという大きな成果を果たし、溢れる喜びを隠し切れない千代が朔斗に笑顔で返事をするのだった。




