3:喫茶店で
今日は八月七日。
まだまだ暑い日が続く。
昨日、九回目となる特級ダンジョンをクリアしてきた朔斗。
彼が前回ダンジョンから戻ってきた際、携帯にいくつかの連絡が入っていた。
その相手は元パーティーメンバーだった恵子や瑞穂、そして良太。
彼らからもたらされた情報は驚くものだった。
その内容は――俊彦が右腕を失ってしまったというもの。
同じパーティーであった頃ならば、大きなショックを間違いなく受けていたであろうその悲報。
しかし、今の朔斗はあの短慮な幼馴染とは別の道を歩いているのだ。
自身に対していい感情を持っていないのが丸わかりの俊彦とはいえ、昔からの知り合いである以上、気の毒に思う気持ちが確かにあった。
(<ブレイバーズ>脱退後、再会したときの態度を見ればな……もっと早くあいつの気持ちに気づいていたら、今とは違った状況があったかもしれない。もっとあいつに寄り添っていたら)
そこまで考えた朔斗だったが、すぐにそれはないと思い直す。
(結局、俊彦は自分に都合のいい相手だけを求めていたんだろう)
小さな頃はぶつかり合うことが多かった二人だが、いつの間にかそれは少なくなっていた。
朔斗の精神が成熟していったこともあるが、『解体師』という非常に有能なサポート系ジョブを、自分の踏み台にしようと考えた俊彦が、朔斗への劣等感やさまざまな負の感情を上手く隠していたからだ。
(あいつが今後、上位を目指す探索者として活動を続けるのは厳しいだろうな。せめて利き腕でなかったら……いや、どのみち俊彦じゃ無理か)
そう考えてしまうほど、朔斗の中での俊彦は評価が低い。
優れた戦闘系ジョブが発現したにもかかわらず、彼は昔からあまり努力をしてこなかった。
常日頃から胡坐をかき、才能を無駄にしてきたのだ。
その点を何回も朔斗は注意したきたが、彼がそれを受け入れることはなかった。
とはいえ、『剣聖』が強いのは事実。
だからこそ朔斗も俊彦と一緒のパーティーで活動していたのだ。
それがエリクサーへの近道になると思って……
(起きるべくして起きた結果なのかもしれないな)
四人の幼馴染にパーティーを追い出され、すでに道が分かれてしまったとしても、朔斗は彼らが不幸になってしまえばいいと考えていなかった。
もちろん彼は聖人ではない。
追放されたとほぼ同時に進化したスキル――【解体EX】。
そのことがあったからこそ、気持ちに余裕があったのだと朔斗は自覚している。
そうでなかったら、彼らに対してある程度の恨みを持っていたかもという可能性は捨てきれない。
カフェオレで喉を潤しながら、詮無きことを考えていた朔斗に近づく人影。
「久し振り」
「こうして会うのは久し振りね」
声がした方向へ視線を向けた朔斗。
彼に話しかけてきたのは、待ち合わせ相手である恵子と瑞穂。
清楚な装いをした彼女らに朔斗が言う。
「久し振りだな。以前メッセージで伝えたように、俊彦や良太には一回再会してたが、お前たち二人とは本当に久し振りだ。もう半年くらいになるか」
「うん」
朔斗の対面に座った恵子がそう言い、その横に座った瑞穂も頷く。
新たに現れた二人に対し、店員が注文を取りにくる。
メニューに軽く目を通した彼女らがオーダーを行い、そして店員が去っていった。
ひとつ息を吐いた瑞穂が口を開く。
「今日は時間を取ってくれてありがとう」
「いや、大丈夫だ。だけど、そっちはそっちで今は大変なんじゃ?」
「ええ」
瑞穂は目を伏せ、恵子が眉を寄せる。
そんな二人の様子を見つつ、朔斗が言う。
「それで今日の用事は? 会ってから言うって聞いたが」
「うん。だけどその前に……以前お願いしたことをもう一度聞きたいの。<EAS>に入れてほしいんだけど、それは無理よね?」
朔斗の質問に答えたのは瑞穂。
恵子はもともと口数が少なかったなと思い出しつつ、彼は瑞穂と会話を続ける。
「ああ、悪いが……」
「そう……よね。それは今後絶対?」
「そこまではわからない。少なくとも今空いてる二つの席は、香奈と麻耶のために取ってある状況だ。そうはいっても、俺たちが出演した配信を見たって聞いたからわかっていると思うけど、啓介さんみたいにスポット参戦は当然あり得る」
「うん。朔斗の能力を考えればわかるよ。基本的に敵を倒すための戦闘力は、今以上に必要としてないって」
「申し訳ないけど、そのとおりだ」
正直なところ、回復魔法が使える瑞穂だけであれば、条件次第では<EAS>に加入させてもいいし、今の瑞穂なら自分の手助けをしてくれると朔斗は思う。
しかし、その場合は恵子だけがあぶれてしまうだろうことは想像に難くない。
香奈を含めた女性陣の幼馴染三人。
彼女らは小さいときから良好な関係を築いていたが、香奈が入院してからその関係性に変化が訪れた。
実際問題、<ブレイバーズ>で活動していた頃は、今以上に休日が少なかったこともあり、どうしても病院から足が遠のいていた恵子と瑞穂。
もちろん、朔斗の気持ちが香奈にあるという点も、見舞いの回数を減らしてしまう要因として大きかったが。
恵子と瑞穂の恋心に気がついていなかった朔斗だったけれど、あまりなかった貴重な休暇の使い道は人それぞれだと理解していたので、その点で二人に思うところはない。
そんな小さな頃から仲が良かった二人をわざわざ引き離そうと思わないし、彼女らの友情を壊すつもりは毛頭ない。
自分が率いる<EAS>に、片方だけが条件付きとはいえ加入でき、もうひとりはそれが叶わなければどうだろうか?
親友といえるだけの間柄であっても、二人の間にいらない摩擦を発生させてしまうのは火を見るよりも明らか。
回復魔法の使い手である瑞穂もその辺は理解していて、自分だけを朔斗に売り込むつもりはないのだ。
「<ブレイバーズ>は解散しそうなんだよね……」
告げられた瑞穂の言葉に驚きを隠せない朔斗。
そんな彼が言う。
「そうなのか? 確かに俊彦は今後まともに戦えないだろう……それでも三人は優秀な探索者だ。俺のあとに加入した残りのひとりは知らないが」
「あの時は本当にごめんなさい」
「ごめんね」
朔斗に謝罪する瑞穂と恵子。
彼女らの表情は硬い。
柔らかな笑みで朔斗が言う。
「いや、メッセージや電話で何回も謝ってくれたし、本当にもう気にしてないから大丈夫だ」
丁度その時、恵子と瑞穂が注文していた飲み物を持ってスタッフがやってきた。
朔斗と同じカフェオレが二個テーブルに置かれる。
「それではごゆっくり」
ひと言告げて、店員が戻っていく。
恵子と瑞穂はカフェオレに手を伸ばし、喉を潤す。
「朔斗の代わりに加入したのは、伏見和江っていう女性でジョブは『付与魔術師』。その人はパーティーを抜けるかもしれない。もっと堅実なパーティーを探したいって言ってた」
「そうなのか」
そういえば――と朔斗は思う。
(俺が抜けたあとの<ブレイバーズ>は、上級ダンジョンをクリアするのにかなり日数がかかってたらしいな……それこそ平均よりも。上級は中級のおよそ七倍の収入。危険度も同比率で上昇するわけではないが、それでも危険は危険か)
それはそれとして、残りのひとりはどうなのだろうと朔斗が瑞穂に問う。
「良太は?」
「うーん、逆に聞きたいんだけど、朔斗に何か言ってきた?」
質問に質問で返された形になったが、特に気にした様子もなく朔斗は言う。
「いや、俊彦の腕のことを報告してきたくらいだ」
「そうなんだ……良太は私たちに何も言わないんだよね。これからどうするのか聞いても、すぐには決められないってだけ。正直、少し前から良太が何を考えているのかわからなくて……」
朔斗が<ブレイバーズ>を脱退し、彼に謝罪を行ったあとの二人は、今まで狭くなっていた視野が自然と広がっていた。
その結果、彼女らはいつも大人しいと感じていた良太が、時折酷く歪んだ笑みを浮かべていたり、厳しい視線を俊彦に送っていたりという事実に気がついたのだ。
「あいつが?」
「ええ」
「そういう印象はなかったな……」
そう考える朔斗だったが、瑞穂が嘘を言っているとも感じない。
今この場で嘘をついても、特に意味がないだろうと思うからだ。
(昔から俊彦の後ろをついていってたな、良太は。その俊彦がダメになったから? いや、瑞穂は少し前からって言ってたか。それなら時期的に違うだろう。まあこれ以上考えても仕方ない。たまに連絡があるとはいえ、あいつと今後一緒になることはないと思うし。瑞穂と同様しがらみさえなきゃ、条件次第ではしばらく一緒に活動をしてもよかったけどな。『守護者』のあいつは<EAS>で活躍できただろうから)
視線を斜め上に向け、何かを考えていると感じ取った瑞穂は口をつぐむ。
少しして、無意識に顎に手を当てた朔斗が言う。
「それで結局今日はどうしたんだ? <EAS>に加入したいってのが本題じゃないんだろう?」
「ええ。直接会って謝罪したいっていうのもひとつだったのよ。最初にしようと思ってたんだけど、久し振りに会えたのが嬉しくて遅れちゃった。本当にごめんね」
「ん、いや、それはいい。もう気にしないでくれ」
「ありがとう」
「ありがと」
頭を下げる瑞穂と恵子。
こうやって二人と対面していると、懐かしい気持ちになってくる朔斗だったが、彼にとっても今日は貴重な休日なので、いつまでもこうしていられない。
彼はこのあと予定があるのだ。
それを感じ取ったわけではないが、瑞穂が口を開く。
「俊彦がああなったし、良太は良太でちょっと最近よくわからないところがあるから、私たちは<ブレイバーズ>を脱退しようと考えてるの」
「そうなのか」
「ええ、それでしばらく探索者の活動を休止するかもしれない。でも条件のいいパーティーであれば活動したいとも思ってるから、もしもそういうパーティーで空きがあれば教えてほしいの。朔斗は雑誌に載ったり動画に出演したりしてるから、私たちよりも人脈があるかなって」
「雑誌ならお前たちも昔載っただろう?」
「あのときは全員がまだ何も成していないときでしょ? あれはただの紹介よ、期待の新人としてのね。結果を出しつつあって、有望な未来があるって見込まれて載った朔斗とは全然違うよ」
「それはそうか……とりあえず瑞穂の頼みはわかった。二人一緒に加入できるパーティーだよな?」
「ええ」
「今すぐに思い浮かぶパーティーはないから、すぐにどうこうとはいかないと思う」
「大丈夫。ごめんね、こんなことを頼んで」
「いや、気にするな」
「ありがとう」
「いろいろありがとう」
瑞穂に続いてお礼を言った恵子。
その後、十分程度だが久し振りに雑談を楽しんだ彼ら幼馴染。
そうして恵子や瑞穂に別れを告げた朔斗は、次の目的地へと足を運ぶのだった。