1:プロローグ WEOサミット
本日から第三章が開始されます。
審判の日以前より白い建物が多く存在している復興をはたした現在のギリシャ。
その中心部に位置する大きな敷地にあるのは、ギリシャに本拠地を置くWEO本部だ。
WEO本部は他の支部と一線を画す造りとなっている。
その最もたるは、モノリスの近くに建設していないことにあるだろう。
基本的にすべての支部はダンジョンの入口となったり、カードを発行したりするためのモノリスが発生した場所に建てられているが、本部だけは異なるのだ。
基本的に探索者が訪れることはなく、WEOの運営やさまざまな会議を行う場として使われているのが本部。
しかし、それでも例外的にそこを訪れる探索者が存在している。
機密保持のため、窓もなく密閉した空間となっているのWEO本部のとある一室。
陽の光が一切入らないので、それを補うためにも天井には光源がいくつも取りつけられている。
超豪華なアンティーク調のデスクやチェアいくつも並ぶ。
年端もいかない子どもなどを除き、世界中に生きているほぼすべての人が認知している機関のWEO。
その本部ともなれば、外観や内装は豪華絢爛のひと言だ。
とはいえ、もうすぐ話し合いが始まるその部屋は、入室できる権利を持つ人が限られていることもあり、煌びやかさとは無縁の質実剛健。
部屋の入口から見て最奥に座るのは、WEO最高責任者のイーサン・ウォーカー。
イングランド生まれの彼は今年五十三歳。
イーサンはくすんだ金髪が目にかかり、うっとおしそうにそれを手で右にずらす。
そんな彼に一瞬視線を向けたのは、イーサンの右に座るシラス・フーバーという女性だ。
過去の美貌が衰えてしまっている彼女は四十九歳のスイス人で、役職はWEO総議長。
しっとりとした濃褐色の髪のシラスが室内を見渡してから声を出す。
「これからWEOサミットを開催します。進行はWEO総副議長のリリアナ・ペロンです」
「よろしくお願いします。それでは最初の議題――今年のこれまでにおけるエリクサーの発掘状況を行いますね」
シラスに名前を呼ばれ、声を出したのは美しい黒髪をしたアルゼンチン生まれの女性で、シラスよりも三歳年下。
壁際にある席にいる女性が、彼女らに真っすぐな視線を送る。
その者の名前はダーシャ・バラモン。
インド人の彼女は三十八歳とまだまだ若いが、すでにWEO総書記まで出世している有能な人物だ。
シラスよりも濃い黒髪の彼女は無表情。
ちなみにこの室内にいる全員が、自動翻訳機能を備えた魔道具こと、翻訳リングなる物を思い思いの指に装着していた。
ひと呼吸置いたリリアナは、特定の誰かと目線を合わせることなく話を続ける。
「その数は八月一日現在において四つ。昨年同時期の数量が九つだったことを考えると、これは非常に少ないと言えるでしょう」
「あなたたちに無理強いはできませんが、いろいろな企業や団体から、エリクサーの産出量をもっと増やせないか? という問い合わせが相当数きているのが現状よ」
無表情ながら頭の痛い問題だと内心思うシラスが、リリアナの言葉に添えるようにそう言った。
小さく頷いたリリアナが今日の参加者へと話しかける。
「今日の出席者であるナンバー2、4、5、7、9の皆様方は、神級ダンジョンに挑む回数を増やせますか?」
問いにまず答えたのは、ロシア人のソフィア・スヴォーロフ。
「私たちゼウス教でもここ数年、エリクサーが入手しにくくなっている状況を解決すべく、可能な限り上位ダンジョンに挑戦するようにとのお達しが出ています。そのため我がパーティーの<ゼウス・アイギス>は、神級ダンジョンに行く回数を増加させる予定です」
三十歳の彼女はショートカットで、その色は明るめの茶髪。
大柄な体躯をしているその女性は、探索者ナンバー2という序列を持つ。
ソフィアのジョブは『ガーディアンルーラー』。
過去にも出現したことがあるジョブとはいえ、現在の地球で『ガーディアンルーラー』なのは彼女のみ。
このジョブは盾系職の頂点に立つと言われている。
そんな彼女の言葉に続いたのが、ナンバー4のカロリーネ・ヤンセン。
「私のパーティーは前回の探索時に死亡者がひとり出ているため、すぐに神級ダンジョンへと向かうのは難しいだろう。当然把握していると思うが、なによりまだ<クラウ・ソラス>には欠員が出たままだ」
カロリーネが率いるパーティーの<クラウ・ソラス>。
世界的に有名なそのパーティーは、六月に挑戦した神級ダンジョンにおいて死者を出してしまった。
シングルナンバーというのは超人的な能力を持ち、人外とも呼ばれる者らだが、全員が違うパーティーのリーダーなので、どうしてもリーダー以外の能力が劣ってしまい、神級ダンジョンともなると、死人が出てしまうことも決して少なくない。
一瞬の油断が死をもたらしてしまうのだ。
三十二歳とベテラン探索者の域に達しているカロリーネ。
オランダ人の彼女は肩まである赤みがかった髪を無意識に触りながら、今は亡き友を思い浮かべる。
そんな彼女のジョブは、剣を扱うと他の追随を許さない『ソードルーラー』。
このジョブも『ガーディアンルーラー』同様、現時点では彼女ひとりのみだ。
もちろん過去には同じジョブを取得した者はいるのだが。
順番的に次に回答するのは自分だと思ったナンバー5のグレース・テイラー。
イングランド生まれの彼女は来年三十歳になる。
美しいブロンドヘアをしていて、美貌も優れているその女性は<ガンズレイ>というパーティーを率いる。
彼女のジョブは『ガンルーラー』。
基本的にルーラー系のジョブは、その系統の最上位と認識されていた。
そして同時期に、同じルーラー系のジョブを持つ者は多くてもふたりというのが、WEOが集めた過去のデータから判明している。
だが、ほとんどの場合はひとり。
それほどまでに珍しく貴重――さらに圧倒的な戦力を有することで知られていた。
「私のところはそこまで数を増やす予定はないなぁ。皆も知ってのとおり、神級ダンジョンを一回クリアすれば、パーティー単位での収入はおよそ五〇〇〇万ドルにも及ぶ。まあ支出が相当あるし、クリアするには四十日程度かかるから……基本的に<ガンズレイ>としては収入が五分の一になろうが、超級ダンジョンをメインとしているし、それを崩したくない」
強い視線を総副議長のリリアナへと向けてそう言い切ったグレース。
ちなみに現在の地球で使用されている通貨はドルと円で、一ドルは一〇〇円。
円が使用されるのは主にアジア圏、そしてそれ以外がドルとなっている。
シングルナンバーを未だに輩出していない日本だったが、審判の日以降の復興が他国に比べて早かったことも手伝って、経済界で幅を利かせることに成功していた結果だ。
リリアナに否を突きつけたグレースに続いて口を開いたのは、デンマーク人のキアステン・ベンツェン。
「グレースに完全同意だ」
グレースと同い年、そして髪の色も同じという彼女はナンバー7。
鍛え上げられた体躯の彼女。
線が細く小柄なグレースとは対照的だ。
自身の拳を主な武器として使用するキアステンのジョブ――それは『ナックルルーラー』。
彼女が率いるパーティーは、<メギンギョルズ>というパーティー。
ひと言だけ告げたキアステンの様子を窺っていた周囲の者は、そのあとに続く言葉がないのだと理解した。
そしてリリアナの視線がナンバー9に向けられる。
「はっ、俺は行くぜ!」
腕を組み、鼻を鳴らして偉そうな態度で低い声を出したのは、三十一歳のダニエル・トンプソンという名前のアメリカ人。
短く切り揃えられた茶色い髪をしている彼は、他のメンバーが女性四人というパーティーの<ヘスティア>を率いている。
顔の彫りが深く、野性味あふれる雰囲気を醸し出している彼の目つきは恐ろしいくらいに鋭い。
実は――ナンバー0から8までの人物は全員がルーラー系のジョブ。
そんな中、異端を放つのがダニエルで、彼のジョブは『ルーンマスター』だ。
マスター系のジョブがシングルナンバーにまでのし上がったのは、類を見ないほど珍しい。
一般的な認識として、『ルーンマスター』はサポート系ジョブだ。
このジョブの特長として挙げられるのは、【エングレビット】という超有用なスキルを所持している点だろう。
使用するごとに魔力を多く必要とするそのスキルは、物へ刻印を行って特定の能力を付与できるという破格のもの。
例えば、剣に【エングレビット】を施した結果、炎を纏う物や冷気を発する物に変化させられるし、防具に刻印することで何かの耐性をつけることも可能なのだ。
もちろん、魔力量、アイデア、練度などによって出来上がりの質は異なる。
そういった特性を持つジョブのため、ダニエル以外の者は職人として活動をしていた。
といっても、現在の地球において、『ルーンマスター』は彼を含めて三人しかいないのだが。
「ところで、サクト・クロセという人物を知っているか?」
野心溢れるダニエルが突如出した名前。
WEOサミット参加している選ばれた者らは、それに対しさまざまな反応を示すのだった。