25:エピローグ 望む未来を手繰り寄せるため
【お知らせ】。
今話で第二章が終了となり、次話から第三章が開始されます。
第三章からはストック数を増やしたい意向もあり、更新頻度を三日に一回とする予定です。
『無双の解体師』を毎日楽しんでいただいていた方には申し訳ありませんが、何卒よろしくお願いします。
第三章の一話目、『1:プロローグ WEOサミット』は12/1の18時に公開予定です。
朔斗は照りつける太陽の日を浴びながら歩いていた。
近所に住んでいる人たちがまばらに通る歩道。
真夏日と言える今日、彼はとある約束を取りつけていた。
「暑いな……」
ふと、足を止めた彼は額近くに手をかざしながら空を見上げる。
「さすがに緊張するな」
無意識に身体が強張っていたのを感じ取った彼は視線を水平にした後、両手を挙げて伸びをする。
自宅を出発してから十数分歩き続けた彼がたどり着いたのは、あまり特徴のない普通の一軒家。
黒瀬家とさほど離れていない場所に建っている二階建ての住宅――それを囲んでいる白い外塀に設置されていたインターホンへと朔斗は手を伸ばす。
その際に、すぐ上にある表札も視界に入る。
そこに記されているのは、『伊藤』という文字。
朔斗の指がインターホンのボタンに触れ、数秒後にスピーカーから声が聞こえてくる。
「はい」
唾を飲みこんだ朔斗が背筋をピンとして言う。
「こんにちは、お久し振りです。本日お約束をしていた黒瀬朔斗です」
「こんにちは。今開ける」
まだまだ張りがある男性の声が言ったとおり、金属で出来た門が左右に開いていき、外塀の中に収納される。
それを確認した朔斗が口を開く。
「開きました。今から行きます」
「ああ」
敷き詰められた石畳。
それは三人分程度の横幅だ。
緊張気味の朔斗の視界の端に映るのは、彼が知らない花やあまり大きくない樹木など。
それらにあまり興味のない彼にとって、それらは朔斗の心を落ち着かせるものではない。
玄関ドアまで到着した朔斗が一拍を置く。
すると、勝手にドアが開いていき、女性が顔を見せる。
そして彼女が言う。
「朔斗君、久し振りね」
「はい。お久し振りです」
「こうやって会うのはいつ以来だったからしら?」
「中学を卒業する前ですね。何年生の頃だったかまでは覚えていませんが……」
「ふふふ、そうだったわ。随分と男らしくなったわね」
「ありがとうございます」
「そんなに緊張しないでいいのよ?」
朔斗と会話していたのは伊藤佐代子。
彼女は香奈の母親である。
そんなふたりに混じってきた男の声。
「いつまでもそこにいないで、上がってもらいなさい」
「はい」
佐代子が夫である伊藤伸二に返事をした。
「これ、つまらない物ですが」
左手に持っていた手土産を佐代子に渡した朔斗。
「あらあら、気を遣わせたわね。さあさあ上がって」
「はい」
彼らの案内にしたがって、玄関に入ってから朔斗は靴を脱ぐ。
そのままリビングルームへと通された彼に向かって、伸二が口を開いた。
「そこに座ってくれ」
「はい」
いくつか並んでいるのは、そこらの量販店で購入できるような一人用のソファー。
その中のひとつに朔斗は腰を下ろす。
彼が坐したのを確認した伸二は、テーブルを挟んで対面にある三人用のソファーへ座る。
男性陣の様子を見ていた佐代子が告げる。
「お茶を用意するわ」
「ああ」
返事をして頷いた伸二に視線を合わせた朔斗が言う。
「いえ、お構いなく」
「ふふふ」
にこやかに笑った佐代子がキッチンに消えていく。
パタパタとスリッパの音が小さくなっていき、シンとしてしまったリビング。
彼女の気配が消えるのを待っていたというわけではないが、伸二が沈黙を打ち破った。
「元気にしてたかい?」
「ええ、いろいろとありましたが……」
「香奈からある程度は聞いているよ」
「そうなんですね」
ダンジョンから戻ってくる度、香奈のお見舞いに行っていた朔斗だったが、タイミングが合わず、伸二や佐代子と東京都立第三病院で鉢合わせすることは今までなかった。
彼ら夫妻も仕事をしており、そこまで頻繁に愛娘に会いに行けていなかったことも原因のひとつだろう。
しばしの間、雑談を交わした伸二や朔斗の元へ、お盆を持ってやってきた佐代子。
彼女は三人分のお茶をテーブルに配り、さらに朔斗がお土産として持参した高級店のカステラを、二切れずつ乗せたお皿をそれぞれの前に並べていく。
お盆をテーブルの下に置いた佐代子が伸二の横に座る。
小さく頷いた伸二が口を開いた。
「それで今日の用事は? どうしても時間を取ってほしいとのことだったが……」
膝の上に置いた手を握りしめながら朔斗が言う。
「はい、話というのは他でもありません。香奈さんからゼウス教のことを聞きました」
朔斗の言葉を聞き、伸二は眉間にしわを作り、佐代子は軽く目を伏せる。
「ふむ」
何が言いたいのかなんとなく感じ取った伸二が小さな声でそう言い、朔斗に話の続きを促す。
「伸二さんと佐代子さんが、香奈さんのことをなによりも大事に想っているのは当然です。それに、ゼウス教に話を持っていけば、香奈さんの未来をより一層確かなものとする可能性が上がるだろうということも……自分は痛いほど理解しています」
「そうだね。だからこそ、私たちもゼウス教に話を持っていったんだ」
予め決めていたかのように、朔斗と話すのは伸二。
佐代子はそんなふたりを見つめつつ、会話の邪魔にならないようにしている。
伸二に対し、力強く首を縦に振る朔斗。
「ええ。ですが、おふたりも香奈さんからお聞きしたことがあるでしょう? 俺と彼女の約束を」
「ああ、最近は耳にしないが、あの子が小さな頃はよく聞いていたよ」
「自分はそれを諦めたわけじゃありません」
「そうはいってもねぇ……私たちは娘が大事なんだ」
「それはわかってます。そして伸二さんや佐代子さんが、俺の力について半信半疑だということも」
朔斗の言葉に思い当たる彼ら。
探索者ではない伸二や佐代子であっても、この年になるまでモンスターを見たことがないわけじゃない。
中学校の頃は教育の一環として、探索者がモンスターと戦う動画を見せられたし、それ以外でも交友関係の付き合いで数回視聴したことがある。
とはいえ、一般企業に勤めている伸二や佐代子は、あまり戦いが好きじゃないこともあって、わざわざ自分たちから動画を見ようと思わない。
それでも少ない記憶の中から彼らは知っている――魔物をコロッと殺せるような便利なスキルなどないと。
もちろん敵の強さや探索者の強さによっては、そうはならないのも理解している。
シングルナンバーは別としても、Aランク以上の探索者が最下級ダンジョンにいるモンスターと戦った場合、戦闘系のジョブであれば鎧袖一触で屠るであろうことは想像に難くない。
しかし、目の前の男は探索者になってまだ三年未満であり、そのランクもCと香奈から聞いていた。
そんな人物がドラゴンをあっという間に片づけるなど、シングルナンバーでも一部の者しか成せない偉業を達成できるのだろうか?
愛娘の香奈が両親へ告げた言葉。
――朔斗はアイスドラゴンを一分もしないで倒したんだよ!
到底信じられない――それが誰よりも大事にしている娘の言葉だったとしても。
自身の言葉を信用していない両親に対し、朔斗が出演した動画を見せようとした彼女だったが、娘の妄想を私たちが否定するわけにいかないと、素早く考えた彼らはいつか時間があるときにでも見ると言って、それを未だに実行していなかった。
そうしたことを思い出してしまった伸二は、言葉に詰まる。
「失礼します」
ひと言彼らに告げた朔斗は、【ディメンションボックス】の中からタブレットを取り出す。
訝しげに朔斗の様子を見ているふたり。
その視線に耐えながら、朔斗はタブレットの画面を伸二や佐代子が見える位置に置く。
「これは……少し前に俺のパーティーである<EAS>が出演した動画なんですが」
その動画は、啓介に無理を言って戦闘の場面のみをある程度集めて編集したもの。
「少しの間でいいので見てください。途中で質問があるかもしれませんが、それは最後にしていただけると」
「わかった」
「ええ」
難しくない朔斗の願いを聞き入れた伸二と佐代子。
ふたりの同意を得た彼は、自分から見たら逆さまになっているタブレットを操作し、動画の再生を始めた。
そこに映るのは、特級ダンジョンの道中に出現してくる敵との戦いの数々や、ケルベロスとの戦闘。
そして最後に流れたのは、上級ダンジョンのアイスドラゴン戦。
香奈の両親は言葉を失くし見入っている。
用意した動画をひととおり再生し終えると、朔斗が感想を求めた。
「どうでしたか?」
「こ、これは……何か仕掛けがあるというわけじゃないのか?」
口に出してすぐに失礼なことを聞いている自覚があった伸二だったが、それくらいに今見た動画は信じられないし、数少ないながらも彼がこれまでに見聞きしてきた探索者の戦いとは異なっていた。
「ええ。もちろんダンジョンを探索中は、戦闘時間のほうが圧倒的に短いため、それ以外の場面は編集でカットしてもらっていますが、戦っているシーンは全部本物です」
「そ、そうか……」
そう言って目を伏せた伸二。
佐代子にいたっては目を見開いたままだ。
そんな二人に対し、朔斗が宣言を行う。
「自分は……香奈さんを助けるため、絶対にエリクサーを手に入れます!」
放心状態の伸二や佐代子に構わず言葉を続ける朔斗。
「ですので、ゼウス教に頼るのはもう少し待ってください」
「ううむぅ」
絶賛混乱中の伸二。
だが、わざわざこうやって持ってきてくれたからには、今見た映像は本物なのだろうと、彼は理解しつつあった。
朔斗は、さらに自分の要望を告げる。
「俺がエリクサーを入手できていなくて、どうしても間に合わないようだったり、今だとすでに話を持っていったゼウス教の圧力だったりで、本当にどうしようもなくなったのなら……そこでまた自分と香奈さんを含めて話し合いがしたいのですが、それまでは俺に任せてもらえませんか?」
しばしの沈黙を挟み伸二が言う。
「朔斗君が信じられないような力を持っているのは理解できた。今まで半信半疑だったのはすまないと思う」
「いえ、それは大丈夫です」
「しかし、君の願いを聞き、それを今すぐに受け入れられるかどうかは……」
「それはわかります」
伸二の返答が想定内だった朔斗は気落ちした様子もなくそう言った。
重苦しい空気の中、佐代子が口を開く。
「あなた……香奈の気持ちも考えてあげましょう。あの子はきっと……」
「それはわかってる。だが……絶対にエリクサーを入手できるわけじゃないだろう? もちろんゼウス教だって一〇〇%ではないだろう。それでもそれにほぼ近い確率なのは間違いないと思う」
そんな夫婦のやり取りに朔斗が割り込む。
「あとこれだけ言わせてください。もしも……ではないですね。自分の中では絶対という気持ちで取り組むので。俺が――エリクサーを手に入れて、それで香奈さんが完治したのなら、俺に香奈さんを下さい!」
朔斗の言葉は伸二も佐代子も想像していなかったものであったため、ある意味において、動画を見ていたとき以上の衝撃に見舞われてしまうふたりだった。