20:獣系・特級ダンジョン動画配信3
朔斗たちが獣系・特級ダンジョンに来て四日目の夕方。
攻略は無事に進んでいた。
とはいえ、命にかかわるまでの怪我をした者はいなくとも、わりと重傷を負ったメンバーはいるのだが、それはある意味いつもどおりと言えるので、そこまで特筆すべきことではない。
モンスターとの戦闘を少し前に終えた朔斗は、サリアの指示に従ってしばらく歩き、そこそこの広さがある空間の前へとたどり着く。
その中部屋に敵の姿はない。
それはサリアがマップメイカーで確認済み。
ひとまずの目的地に足を踏み入れた朔斗が言う。
「よし、晩御飯にしようか」
「うんうん」
「やっとご飯やああ!」
弾んだ声を出す恵梨香とサリア。
和気あいあいとしている<EAS>のメンバーを動画に収めながら近づく啓介。
洞窟タイプのダンジョンは森林や岩場が複数存在してる環境に比べると、モンスターが身を隠す場所が少なく、奇襲を受けにくいため探索者からの人気が高めとなっている。
敵の場所が判明していようと、それがどんなモンスターなのか、またどのタイミングで襲いかかってくるのかまでは判断ができないので、いくら朔斗がモンスターセンサーを持っていようとも、敵の姿を視認しやすいタイプのダンジョンのほうが彼は好みだ。
延々とチェンジを繰り返すのもいいが、時間は有限という考えの元、環境についてはある程度の妥協をしている朔斗が今回選択した洞窟タイプにはデメリットも存在していた。
それは地面が若干デコボコしているというもの。
洞窟内は歩きにくいと評する探索者は多い。
足を取られる砂漠系のダンジョンと同じ系統のデメリットではあるが、そことはまた別の種類の難点と言えるだろう。
細心の注意を払い続けなければ、出っ張っている箇所に足を取られて転倒してしまうかもしれないし、常に足裏がすべて地面に接地するわけではないので、戦闘中に体勢が不安定になってしまう危険性をはらんでいる。
両手を上げて伸びをした朔斗。
「んー、はぁ。さてと、用意しなきゃな」
彼は【ディメンションボックス】の中からテーブルや椅子を取り出す。
ここにそのような物を持ち込むのは、一部の人からダンジョンを舐めていると言われるかもしれない。
だが、それは何もわかっていない者の台詞。
これには当然理由がある。
それは、そのまま地面に座ったのでは、お尻が痛すぎるからという真っ当なもの。
さらに探索者たる者、休めるときに楽な体勢できちんと身体を癒すのは大切なことだ。
ご飯を食べたり休憩したりする用意を終えた彼は、次に三人分のご飯を並べていく。
「今回はカルビ丼とワカメスープとポテトサラダだ」
「美味しそうー」
「早く食べるで!」
出来立ての物を【ディメンションボックス】に入れていたため、料理からは湯気が立ち昇り、疲れた身としては暴力的に感じられる匂いを周囲にまき散らす。
この周辺にモンスターが潜んでいないことはすでに調査済み。
匂いを嗅ぎつけたモンスターが襲撃してくる可能性をできる限り排除しているのだ。
今回<EAS>のメンバーが食する料理は、客の九割が探索者という『運食堂』というチェーン店で購入した物。
その店の特長として挙げられるのが、店舗内で食事をとれないという点にある。
基本的に『運食堂』は探索者がダンジョン内で食べるであろう食事を提供するお店。
スキルである【ディメンションスペース】や雑貨品のアイテムボックスなど、時間経過のない収納方法が存在している今の世の中だからこそ、育ってきたチェーン店と言えるだろう。
三人が全員大盛りの料理を勢い良く食べる中、自前のアイテムボックスから<EAS>同様にテーブルや椅子を取り出して設置していた啓介は、テーブルの上に魔道カメラを置き、ハンバーグを食べている。
上級ダンジョンで初めて一緒の時間に食事をした際、朔斗が一緒のテーブルに着いたらどうかと提案したが、それだと配信動画的にあまり良くないという理由で断られていた。
食後、動きが鈍くならないように、腹八分目までとした朔斗らはそのまま三十分程度の休息を取る。
一日どれくらい活動を続けるのか、パーティー毎に振れ幅に大きな差があるのが探索者という職業。
少ないところであれば、実働時間を六時間としているパーティーもある。
実働八時間から十時間ほどに設定している探索者が一番多いだろう。
そんな中、<EAS>はブラック企業並みの稼働時間を誇る。
これは誇っていいのか微妙だが……
朔斗らがダンジョンに潜った際、彼らの実働時間は十四時間。
食事を含めた休憩時間がおよそ三時間、睡眠が七時間程度となっている。
ちなみに<EAS>は風呂も持参していて、それを使う時間を就寝前に設定していた。
といっても、その目的は身体をゆっくり休めるためではなく、匂いを落とすことでモンスターに気づかれにくくするというのが一番大きい。
もちろん清潔にしたいという当たり前の気持ちもあるのだが。
そしてダンジョン内では時間を節約するという朔斗の方針により、恵梨香とサリアは同時に入浴し、その時間は十分しかなく、ひとりで入る朔斗も同様の分数。
ここまできっちり時間を管理しつつ、稼働時間を上げることで実現しているのが、平均クリア日数が十日と言われる特級ダンジョンの踏破を六日間にまで短縮すること。
もちろんこれには戦闘時間を短くする【解体EX】の存在、そしてマップメイカーや体力回復ポーションを惜しみなく使用するのが必須項目としてあるのは、言うまでもないだろう。
さておき、食後もきびきびと動き、探索を続けた<EAS>やその様子をくまなく撮影した啓介。
そろそろ稼働時間が十四時間に達したと判断した朔斗が、今日の探索を終了しようと宣言する。
「ここまでだ。今日も無事で良かった」
表情に疲労を隠せない恵梨香がそれでも口を開く。
「おつかれー……」
「今日はポーション類の消費が少なかったし、いいことや」
続けて言ったサリアの感想。
そんな彼らと五メートルほど離れた位置にいた啓介も言う。
「おつかれー。今日の配信はここまでー! また明日もやるから寝坊しないで見てくれよ、視聴者の皆!」
ここまでの日程の中、すでに株式会社シエンのロゴが入った特級野営セットを使用する様子が、二時間以上動画に収められていたので、さくっと生配信を終わらせた啓介。
夕食を食べた場所と同じように周囲に敵の姿がなく、ある程度の広さをした中部屋を寝床として確保していた朔斗が、【ディメンションボックス】から野営セットや寝具や湯船やそれを隠す衝立を取り出して設置していく。
「じゃあ、お風呂お先にー」
「行こか」
恵梨香とサリアはそれぞれが所持する最下級アイテムボックスからシャンプー類、タオル、下着、パジャマなどを取り出してそそくさと入浴に向かう。
朔斗の下級水魔法で出された水を、魔道具である湯船の機能で温めたお湯にざぶんと浸かる彼女たち。
ちなみにお湯は毎回張り替えているが、それは朔斗の入浴が終わってから行っていて、綺麗なお湯にしてから【ディメンションボックス】に収納している。
短時間でも休むため、野営セットの中に入ろうとしたところで、啓介が話しかけてくる。
「何度か危なそうな場面もあったけど、大方問題なさそうだし、今回の配信は無事に終わりそうだな」
振り向き、啓介と向き合った朔斗が言う。
「そうだな。ところで俺たちのペースについてくるのは中々きつそうだが、大丈夫か?」
「ん、ああ。かなりしんどいが……まあそれは仕方ない。一応上級の体力回復ポーションを持ち込んでいたし。そっちみたく特級じゃないけどな」
「俺らも少し余裕ができるまでは上級を使ってたし、それで十分だと思う」
「たしかに。まあポーションを使ってても、疲れるっちゃ疲れるが……ははは」
そう言って乾いた笑いを上げる啓介。
そんな彼を見て少し和んだ朔斗が口を開いた。
「あと二日間頑張ろう」
「ああ」
「それじゃあ、俺は少し休む」
「あ、待ってくれ」
「ん?」
「超級ダンジョンの生配信はやっぱりダメか?」
「んー、それはな……厳しいと思う」
「新島さんが僕にプレッシャーを与えてくるんだ。はは」
啓介だけじゃなく、新島千代は朔斗へも超級ダンジョンの撮影について依頼してきていた。
ある程度気心が知れた仲となっていた朔斗と千代だったが、それはそれこれはこれというものだ。
なにせ朔斗にはまだ超級ダンジョンの経験がない。
それに上級から特級になった際、それまでよりも相当ダメージを食らったし、消耗品の消費量が跳ね上がってしまった。
モンスターセンサーを入手した今は大分それが減ったが、彼らの所持しているセンサーが有効なのは特級ダンジョンまで。
超級ダンジョンに挑戦するには、超級モンスターセンサーが必須だと彼は考えていた。
上位のダンジョンになればなるほど、モンスターの一撃が重くなってくる。
自分を含めた三人の安全を確保するためには、どうしても索敵能力を引き上げる必要があるのだ。
「まずは俺たちが無事にクリアできるかどうか。攻撃力の面では【解体EX】があるから問題ないが、それと防御力というか、生存能力は別だ。やる前にやられたら意味がない」
「ああ、たしかに。転移石があるとはいえ、危険は危険か。モンスターセンサーがなかったら、特級ダンジョンもここまですんなりいっていなかっただろうし……」
「そういうことだ」
朔斗らも最近購入した転移石。
各自一個ずつの計三個で六〇〇〇万円もしたそれは、どうしようもなくなった場面において命綱。
使い捨てのアイテムなので、できる限り使用を控えたいところだが、もしも窮地に陥ればそんなことは言っていられないだろう。
いずれにせよ、超級になればまたがくんと敵のレベルが上がることがわかっているため、朔斗は事前準備にお金をかけるつもりだし、そこでケチる気は毛頭ない。
死んでしまっては元も子もない探索者からしてみたら、前もって準備をどれだけやったかというのは、生存率に直結するのだから当然だ。
結局、朔斗から色よい返事をもらえなかったことで、若干気落ちした啓介は自分が会社から支給された野営セットへと入っていくのだった。