19:獣系・特級ダンジョン動画配信2
【お知らせ】。
『24:来訪の目的』と『25:取材』を若干改稿しました。
大きな体躯をした白い狼。
それは白獣狼と名づけられたモンスター。
性格は獰猛のひと言に尽きる。
もしも探索者が倒されれば、あっという間に硬質な牙を皮膚に突き立てられ、骨を砕き内臓を漁り肉を喰らいつくされるであろう。
灰獣狼と呼ばれるモンスターを八体率いた狂暴なその白獣狼は、洞窟の横穴に子分共々身を隠し、獲物を待っている。
嗅覚に優れた白獣狼は一〇〇メートルほど先から近付いてくる存在を早くも察知し、襲撃しようとしているのだ。
今すぐにでも人類を襲いたくなるモンスターの本能を必死に押し殺し、息をひそめて狩りのタイミングを計る。
しばらくその場で待機していた白獣狼が知覚していた四つの餌のうち、三つが止まったのを不思議に思う。
警戒心を強めた白獣狼は、このまま襲い掛かっていいものか一瞬思案するも、それは本能にかき消されそうになっていた。
なんとか我慢に我慢を重ね、ひとつの気配が十メートルまで近づいてきた際、配下たちに号令を下す。
それは自分たちのテリトリーに入ってきた侵入者に向かって攻撃を仕掛ける合図。
「ウォォォン!」
自分たちのリーダーに侍っていた八体の灰獣狼が我先にと駆け出す。
白く艶の良い毛並みをした群れのリーダーを後衛に据え、横穴から躍り出た狼型のモンスター。
白獣狼らの視界に四人の人影が映る。
その中で一番近くにいたのはひとりの男。
さらに後ろには美味そうな肉の匂いがするの感じ取り、白獣狼は興奮を隠せない。
モンスターは基本的に男性より女性の肉のほうが好み。
そもそもモンスターはダンジョン内にいる限り、何かを食べたり飲んだりしなくても生きていけるようになっているが、それでも食欲はあるので、人肉を口にできる機会があるのなら、それを無駄にしたくないのだ。
歓びを隠しきれない白獣狼が再び咆哮を上げる。
「ウォォォ――」
しかし、それは途中で途切れた。
なぜなら【解体EX】によって、白獣狼は皮と魔石にさせられてしまったから。
突如として、群れのリーダーを失った灰獣狼は統率を失ってしまい、その場に待機したままだったり、人間に襲い掛かったりとさまざまな行動を取り始めた。
腐っても特級ダンジョンに出てくるモンスター。
命令系統を失っても本来ならすぐにやられるような能力ではないのだが、今回は相手が悪すぎた。
結局、合計九体のモンスターは食欲を満たせず、さらにその牙が相手に届くことさえなかった……
「よし、いいぞ」
近くにいるすべての敵を撃破したのを確認した朔斗が、後ろを向いてからそう言った。
「おつかれー」
「さくっといったやん」
恵梨香とサリアが大きな声で朔斗を労いつつ、小走りで駆け寄っていく。
そして啓介は動画を取りながらゆっくりと彼らに歩み寄る。
そんな彼が内心思う。
(やっぱりだ。あの三人がしている指輪は――特級モンスターセンサーに違いない)
かつてないほどの緊張感をもって臨んだ今回のダンジョン。
まだ初日も初日で、ダンジョンに突入をしてから一時間も経っていないが、それでも気づけることがあった。
啓介は配信をしつつ<EAS>を観察していた。
その結果わかったのが、彼らは敵がどこにいるのか理解しているかの如く動いているというもの。
今の戦闘が決定的だったなと考えた彼は、コメント欄に視界を移す。
名無しの視聴者:今の……
名無しの視聴者:なんで敵の位置がわかるの?
名無しの視聴者:絶対に今のってわかってたよね?
名無しの視聴者:だねぇ
名無しの視聴者:朔斗君以外は、彼の指示で皆下がってた
名無しの視聴者:あれは敵の位置を把握していないと取れない行動
名無しの視聴者:ん、朔斗君がアップになった
名無しの視聴者:かっこいい
名無しの視聴者:あ、朔斗君の指見て
名無しの視聴者:あの指で弄ばれたい
名無しの視聴者:自分の指は飽きた
名無しの視聴者:わかる
名無しの視聴者:ちゃうねん
名無しの視聴者:すぐ下ネタに走る女の人って……
名無しの視聴者:それより左手の小指にしてる指輪を見てよ
名無しの視聴者:私は中指派
名無しの視聴者:人差し指と中指
名無しの視聴者:もういいからあああ
名無しの視聴者:あれってモンスターセンサーじゃない?
名無しの視聴者:おそらくそうぽい
名無しの視聴者:だよね
名無しの視聴者:かなぁ、特級以上のはあんまり見かけないけど
名無しの視聴者:上級を持ってる人もあんまりいないよ
名無しの視聴者:センサーのランクと同等のダンジョンじゃなきゃ使えないしなぁ
名無しの視聴者:そうそう、ある意味期間限定品
名無しの視聴者:特級に行くのってAランクからだっけ
名無しの視聴者:かな
名無しの視聴者:まあ実力がある人は、ランクが上がる前にどんどん上位のダンジョンに潜るけど
名無しの視聴者:私探索者じゃないから、その辺疎いんだけど、ランクってどうやったら上がるの?
名無しの視聴者:あ、それ私も聞きたい
名無しの視聴者:誰か任せた
名無しの視聴者:おっけー
名無しの視聴者:正確な回数は覚えてないが、ダンジョンを規定数クリアしたら、探索者カードに記憶されて自動で上がっていく
名無しの視聴者:上位を周回したほうがランクの上昇が早いね
名無しの視聴者:その辺は身体能力や魔力と同じでしょ
名無しの視聴者:だね
名無しの視聴者:話戻すよ、モンスターセンサーあんまり見ないのってどうして?
名無しの視聴者:それはもちろん高いから
名無しの視聴者:しかもそんなに出ないし、報酬箱から
名無しの視聴者:あー、そういうことね
名無しの視聴者:ちなみにお値段は?
名無しの視聴者:めちゃくちゃ高い
名無しの視聴者:たしか、特級だとひとつ1億7000万っていうぶっ飛んだ価格
名無しの視聴者:やばいそれwww
名無しの視聴者:たけえええw
名無しの視聴者:家買えるじゃんw
名無しの視聴者:特級だと効果範囲は半径50メートル程度だったっけ
名無しの視聴者:そのはず
名無しの視聴者:うんうん
名無しの視聴者:探索者が持ってる装備とか魔道具は高いの多いよ
名無しの視聴者:必ず使う野営セットも高価だよね
名無しの視聴者:だなー、マップメイカーも高すぎるし
名無しの視聴者:というか、マップメイカーの何がヤバいかって、ボス魔石を消耗するところww
名無しの視聴者:まじそれ、今回<EAS>がマップメイカーを使ってるけど、特級ボス魔石って売ったら5400万円もするし、買うなら8000万円だからwww
名無しの視聴者:頭おかしいw
名無しの視聴者:特級ボス魔石下さい
名無しの視聴者:マジで、その値段やばくね
名無しの視聴者:地図が完全にわかる代わりに5400万円を引き換えにするのか
名無しの視聴者:代償はでかい
名無しの視聴者:おいおい
名無しの視聴者:それはすごい
名無しの視聴者:高いだけはあるね
名無しの視聴者:ん?
名無しの視聴者:ああああ!
名無しの視聴者:どうした
名無しの視聴者:見てみろ、恵梨香とサリアの指
名無しの視聴者:今アップだ
名無しの視聴者:あれは……
名無しの視聴者:もしかして彼女らもモンスターセンサーを持ってるとか?
名無しの視聴者:え?
名無しの視聴者:あり得ないw
名無しの視聴者:どんだけセレブ
名無しの視聴者:というか、三人で攻略するんだからそれだけ慎重になってるんじゃない?
名無しの視聴者:それな
名無しの視聴者:そうだと思う
視聴者も気づいたかと納得顔の啓介。
しかしそれも一転。
メインの戦闘要員である朔斗だけじゃなく、恵梨香やサリアもモンスターセンサー持っているだろうと思われる事実に、呆れた様子の啓介がついつい心の中で愚痴る。
(てか、モンスターセンサーを三人も持ってるなら僕に伝えておいてほしかった……無駄とまでいかないけど、かなり緊張してたんだし。あれがあるのなら、かなり安全マージンを取れるって考えていいはず。【解体EX】がある限り)
思わずため息をついた啓介が朔斗ににじり寄って文句を言う。
「なあなあ、それもしかしたらモンスターセンサー?」
啓介の指先が自身の左手を指しているのを見て取った朔斗が頷く。
その反応に対して啓介が言葉を続ける。
「なら、そっちのも?」
「うん」
「せや」
左手の薬指にしていた指輪を右手の人差し指と中指で軽く触れながら、恵梨香とサリアがそう言った。
深いため息をつく啓介。
そして彼が口を開く。
「それなら言っておいてほしかったなぁ」
若干責めるような口調で告げてきた啓介に朔斗が反論する。
「それも考えたが……そもそも啓介さんはただの同行者のはず。契約では、本来俺らがあなたを守る必要はないし、こちらの魔道具だったりスキルだったりの説明を求められても、それを開示するしないの選択肢は俺たちにある」
「まあ、それを言われたら黙るしかないが。でも、一応は一緒にダンジョンに潜ってる仲間だろう?」
「んー、別に俺は意地悪をしたかったり、啓介さんの人柄を信用できなかったりしたわけじゃない。特級ダンジョンは本当に危険に溢れてる。それは今さら説明するまでもないだろう?」
「ああ」
「これは俺の想像でしかないが、モンスターセンサーがあるってことを事前に明かすことで、啓介さんの緊張が緩んだり警戒を弱めたりするかもしれないって考えたんだ。だからこそ、啓介さん自らが気づくまで黙っていようって決めてた。恵梨香とサリアにもそれは事前に伝えてた」
朔斗の考えを聞いて啓介は思う。
(たしかにそれも一理あるか。まだここに入ってそんなに経っていないが、それまでの間は動画を撮りつつも、何かあればすぐ動けるように、いつも以上に用心をしていたし。これが最初からモンスターセンサーがあるってわかっていれば、警戒を怠っていた可能性もなくはない……か)
とりあえず理由が判明したので、ここは引くことを選択する啓介。
「わかった。いろいろ考えてくれてありがとな」
「いえ」
朔斗は啓介を守る筋合いはないのだが、それでも動画配信中に死者を出すことは避けたいので、できる限り彼に被害がいかないように立ち回っていた。
それは啓介の立ち位置も含めて。
身の安全の優先順位は当然恵梨香やサリアに比べると劣るのだが。
さておき、彼らの話題に上がったモンスターセンサーだが、これは朔斗らが挑戦した特級ダンジョンの三回目と四回目の報酬箱の中に入っていた物。
恵梨香のスキルがあるため、それぞれ二個ずつゲットしている。
合計四個を入手した彼らは、三個を自分たち用に身につけ、残り一個は売却していた。
特級ダンジョンは難易度が高いので、使用するポーションの数量がとにかく多くなってしまっていた<EAS>だったが、モンスターセンサーを入手してからは一気に減少したその消費量。
もしも特級ダンジョンで入手した物をすべて売り払ったのなら、恵梨香がいる彼らのパーティーであれば、一回当たり二億八〇〇〇万円弱の収入になるだろう。
しかし、彼らはボス魔石をマップメイカーのために使っているし、消耗品の使用量も多いことから、なかなかお金が貯まらないでいた。
そんな状況に変化をもたらしたのがモンスターセンサー。
ちなみに現在朔斗や恵梨香両名の合計資金は、一億二五五〇万円程度。
ポーション類は大量に所持しており、その数は治療ポーションが中級一三三個、上級一一八個、特級二十九個、超級十三個、体力ポーションは特級が八十個となっていた。