17:再会
香奈の症状が完治してからするはずだった告白。
彼女と恋人になりたかった朔斗が、当初は想定していなかった時期のプロポーズ。
それを受け入れてもらったあと、彼は義妹と一緒に帰宅の途に就いていた。
夕陽が美しく見える閑静な住宅地。
恵梨香に腕を組まれながら、そこを歩いていたふたりが曲がり角を左折した時、そちらからも偶然人が来たようで、内側にいた恵梨香に当たる人影。
「きゃっ」
義妹が悲鳴を上げた際、腕を斜め下に引っ張られた朔斗が、視線を彼女に向けた。
それと同時に前方から声がする。
「ちっ、気をつけ――」
恵梨香にぶつかった人物が言い放った言葉は途中で切れる。
そして次に発した驚愕の声。
「なっ!」
それに反応した朔斗は一瞬で身構えつつ、視線を恵梨香から外して前方を見る。
するとそこにいたのは――
「俊彦と良太か、久し振りだな」
そう言った朔斗が次に恵梨香へと声をかける。
「大丈夫か?」
「う、うん」
尻もちをついていた彼女は立ち上がり、お尻の部分をぱんぱんと払う。
「てめぇは、最近調子に乗ってるみたいだな」
明らかに不機嫌だとひと目でわかる俊彦が、挨拶もせずいきなり難癖をつける。
彼が放った言葉を耳にした朔斗は眉間にしわを寄せる。
「は? いつ俺が調子に乗ったって?」
思ったよりも低い声が出たことに、自分ながらびっくりした朔斗だが、それを表面には出さず俊彦を睨みつける。
「てか、上級ダンジョン以来だってのに、第一声がそれかよ。どうしようもないな、お前は」
「んだと!」
オーガ・上級のダンジョンの出来事に対し、何も感じていないとまで言えない朔斗。
もしもあのまま、<ブレイバーズ>で一緒に探索をしていたらどうだっただろうか?
報酬箱の中身の品質を上げたり、個数を増やしたりする恵梨香がいない分、エリクサーまで遠かったかもしれないが、朔斗が<ブレイバーズ>の面々にきちんと戦闘中の指示出すことで、危なげなく特級ダンジョンをクリアできていた可能性もある。
ヒーラーの瑞穂が回復魔法を使用できるため、治療ポーション代の節約にもなっただろう。
とはいえ、上級治療ポーションと同等の魔法を使おうとすれば、彼女の魔力だと連続で五回しか使用できず、それ以上唱えるなら魔力ポーションが必須。
回復魔法の担い手のジョブやスキルや最大保持魔力の多さなど、ヒーラーを評する項目はいくつかあるが、ほとんどの者は上級治療ポーションと同等の治療効果がある魔法を連発できないし、中級治療ポーションと同じ程度の回復魔法しか使えない人も多い。
そして回復魔法を使用できる者すべてが探索者になるわけではなく、それ系のジョブ発現者も決して多くなかったり、病院関係に勤める人もわりといたりするので、ヒーラーが所属しているパーティーは、恵まれていると言っても差し支えないだろう。
咄嗟に回復するのなら、戦闘中は手に持っていないポーションよりも、魔法のほうが発動は早い。
また、個人の魔力は基本的に回復が遅く、満タンになるには丸一日を要する。
それもで財布に優しくなるには違いないし、回復の初動も早くなるといった理由で、ヒーラーは探索者の間で引く手あまた。
このように、戦闘面では<ブレイバーズ>にいた頃のほうが良かったのは確かだが、当初の契約どおりでいけば、収入が限られた朔斗は今も装備が更新できていなかっただろう。
いずれにせよ、今は別のパーティーとして活動をしている彼ら。
朔斗と俊彦たちの道はすでに分かれている。
ケンカ腰になっている朔斗と俊彦の間を、行ったり来たりしている恵梨香の瞳。
「それよりも、女の子を倒しておいて謝りもしないのか」
「はっ! ぶつかったのはお互いさまだろ」
俊彦と睨み合ったままじゃ埒が明かないと、彼は尻もちをつくことになった恵梨香への謝罪を要求したが、鼻を鳴らした俊彦に断られてしまう。
より一層険悪な雰囲気になりそうな時、恵梨香が義兄の袖を軽く引き、耳元で囁く。
「こんな所でやり合わないでね? 私なら大丈夫だから。それに注意してなかった私も悪いから」
突如、衝突してしまい転んだ恵梨香だったが、確かにそれの原因となったのは両者の不注意。
体格や力に勝る俊彦が無事なのは当たり前のこと。
しかし、それがわかっていても感情的に納得できない朔斗。
義兄の内心を正確に読み取った恵梨香がさらに言う。
「本当に大丈夫だよ」
本人がそう言うのならと、この件に対しての憤りは心の奥底にしまい込み、少し冷静になった彼が次に見たのは良太の顔。
そういえば――と、朔斗が思い出す。
(俺に戻らないかって連絡を寄越してたが、俊彦の態度を見る限り独断か……もしくは俊彦以外の三人で話し合った結果だったのかもしれない。いくらなんでも戻ってほしい相手にする態度じゃないしな、こいつは。んー、俺が抜けたあと、上手くいっていないのか?)
そう考えた朔斗だったが、俺が心配することでもないかと頭を切り替えて言う。
「さっきのことだが、俺は俺で以前と同じ目的を持って行動しているだけだ。だから俺がしていることに対して、お前からどうこう言われる筋合いはない。俺を追放した時、俺たちの縁も切れたんだろう? 円満に俺を脱退させていたのなら、そうは考えなかったが」
(恵子と瑞穂からは謝罪がメッセージで送られてきてたから、あいつらに含むところはもうない。でも、今は忙しいし、パーティーが違えばこれからは交流は途絶えていき、いずれ疎遠になるだろう)
数日前まで滞在していた特級ダンジョンから出てきたら、恵子と瑞穂の謝罪メッセージが来ていたのだ。
その内容は――
こんにちは、恵子と瑞穂です。
朔斗を<ブレイバーズ>から脱退させてしまってごめんなさい。
今後はダンジョンの難易度が上がっていくし、約束の関係で収入の少ない朔斗が今のままこのパーティーにいたら、防具の新調をまともにできず、取り返せない事故がいずれ起きるかもしれないって思ったから、私たちは俊彦に賛成したんだよね。
言い訳に聞こえるかもしれないけど……どんな理由であろうとも、ずっと一緒に活動をしてきた朔斗と離れたのが辛かったので、今まで連絡と謝罪ができませんでした。
あの時はごめんなさい。
今思うと、あのまま五人で頑張っていくのが正解だったんじゃないかなって思っちゃいます……
こんなことを今さら言われても朔斗は迷惑でしかないよね……
ところで話は変わりますが、朔斗が出演した動画を見ました。
すごく強くなっている朔斗を見ていて、私たちも嬉しいです。
今すぐは難しいかもしれないけど、どこかのタイミングで、また一緒にパーティーを組めたらいいなって思ってます。
それではお元気で。
というもの。
基本的に<ブレイバーズ>から追放される前は、人のことをあまり疑わず愚直に生きてきた朔斗だったが、小さな頃から一緒にいた彼らにあのようなことをされた経験から、恵子と瑞穂のメッセージを額面どおりには受け取れなかった。
とはいえ、彼女らに何かをしようとは思わない。
しかし、今後も以前と同じような態度を恵子と瑞穂に取れるかどうかは別問題。
その辺は今はまだ考えなくてもいいかと考えた朔斗は、恵子と瑞穂へ差し障りのない返信をし終わっている。
「ああ、縁は切れた。せいせいしてるぜ。はっ!」
歪んだ顔をした俊彦が偉そうにそう言った。
(こいつのこんな顔は見たことないな。本性をずっと隠してたのか? まあ今となってはどうでもいいか……それにしても、<ブレイバーズ>のリーダーがこいつだと残ってるメンバーが災難だ)
思わず自分を切り捨てた三人に同情をしてしまう朔斗だったが、俊彦の物言いはまだ終わっていなかった。
「お前は昔から気に食わなかったからな!」
「そうなのか?」
「ああ。俺より劣ったジョブのくせに、なんでもかんでも涼しい顔でこなしてるお前が俺は嫌いだった!」
「ふーん」
すでに俊彦から興味をなくしていた彼は無関心にそう言った。
すると、朔斗の態度に怒りを増幅させる俊彦。
「んだよ、その態度!」
「いや、まあ……とりあえずもういいか? 俺は帰りたいんだが」
再会した当初はついつい言い返していた朔斗だったが、冷静になった今となっては、目の前の男をどうでもいい存在としてしか認識していなかった。
恵梨香のことで多少思うところはあるが、それも本人が問題ないと言っているのだから、それに関してこちらから因縁をつけても仕方ないとの心境だ。
こんな不毛な会話を続けていたくない朔斗が帰ろうと思った時、それを制するかのようなタイミングで俊彦が口を開く。
「いや、まだだ。ひとつ教えろ! お前のスキル……あれはいつ進化したんだ?」
「ん、ああ。あれは……<ブレイバーズ>から抜けたあとだ。それだけわかっていたらいいだろう? そもそもの話、今言ったことが正しいってのはわかってるはず。俺と縁の切れたお前に――これ以上の情報をわざわざ与える必要はないだろ」
「ちっ!」
「そろそろ帰るぞ? 少しは冷静になって周りを見てみろよ」
朔斗に言われた俊彦が周囲を窺うと、彼の目に飛び込んできたのは自分たちに注目している人々。
「気がついたようだな。住宅街でそんなに大声を出していたら、何があったんだってなるのは当たり前だ」
治安が悪くないとはいえ、武装した人々が歩く今の時代。
中には逆上をしたり、恨みを持った人が誰かを襲撃したりする事件がなくはない。
当然、犯人は逮捕されるが、そうなっても死んだ人は生き返らないし、魔法やポーションがあっても痛みはあり、さらに場合によっては後遺症が残るのだ。
「もう行くぞ」
「お、おい! 待てよ!」
まだ朔斗に何かを言い足りないと声をかけた彼だったが、恵梨香を守り警戒しつつ去っていく朔斗を、周囲の目もあって引き留め切れない俊彦だった。