16:江川麻耶と黒瀬恵梨香
朔斗と香奈が屋上で話し合っているその頃。
麻耶の病室からさほど離れていないフリースペースで、仲良く談笑している麻耶と恵梨香の姿があった。
勤務している看護師がちらほらと通路を通る中、自動販売機で購入したオレンジジュースを飲んでいたふたり。
「うーん、美味しいいい。やっぱりジュースはオレンジが一番!」
にこにことした麻耶が言った言葉に、曖昧な笑みを浮かべる恵梨香。
もちろん彼女だってオレンジジュースは好きだが、それでも一番かと言われたら、頭にクエスチョンマークを浮かび上がらせるしかない。
「マア、オイシイヨネ」
「なんでカタコトなのおおお!」
自分に同意をしてくれない友達の言い方に声を荒げる麻耶。
「ふふふ、まやちゃんは相変わらず面白いなー」
「えー、何が面白いのよぉ」
麻耶はテーブルに身を投げ、いかにもショックを受けましたといった呈を見せる。
その様子を楽しんでいる恵梨香と麻耶は実は同級生。
とはいえ、同じクラスになったことはない。
麻耶が香奈と同じ病室に入院するようになり、そして香奈のお見舞いに来た恵梨香と話すうちに、自分たちが同じ学校の同級生だと気づいたのだ。
「ところで、なんの話をしてるのかなぁ?」
誰がとまで言わないで切り出された言葉に対し、一瞬思案した素振りを見せた麻耶が答える。
「たぶん……かなっちの様子が最近変だったから、それを察したさくっちが心配してるんじゃない?」
「え? そうなの? 全然気づかなかった。かなちゃんに何かあったの?」
「うーん、絶対に何かありそうなんだけど、それがなんなのかまではわからない」
「そうなんだ……いつ頃から?」
顎に手を当て考える麻耶。
数秒そうしていた彼女が口を開く。
「たしか今月上旬くらいかも」
「わりと最近なのかな」
「だね。二週間ちょっとくらい前だから」
「そのとき何か変わったことはあった?」
「変わったことというか、かなっちの両親のお見舞いから物思いにふける時間が出てきた気がする。あとこれも関係するのかな? なんか今日かなっちは人と会う約束があったみたいだよ、相手の人は両親の紹介みたい」
「それって誰?」
「教えてくれなかったから、それはわからない」
「その約束って今より前? 後?」
「前だね」
「そっかぁ。なんかいろいろ聞いてごめんね」
「大丈夫大丈夫」
香奈のことが気になった恵梨香だったが、物理的に一番近い位置にいるのが麻耶であり、その彼女がわからないというのなら、これ以上聞いても意味がないだろうと判断した。
しかし、気になるものは気になるなと、また思考を再開しようとしていた時――にやりと笑う麻耶。
そして何か嫌な予感がする恵梨香。
「そうだ! 私もえりっちにいろいろ聞こうかな。それでおあいこね」
思わず後ずさりをしたくなった恵梨香の手をいつの間にか握っていて、逃がさないとばかりに微笑む麻耶。
「別に変な質問をするわけじゃないよ?」
と、前置きをした彼女は続ける。
「以前も聞いたけど、はぐらかされたからさ。わりかし気になってるんだよね」
「何?」
諦めた様子の恵梨香が端的に返す。
そして麻耶が質問をする。
「えりっちって、さくっちのことをどう思ってるの?」
「どうって……さく兄はさく兄だよ」
「何それ」
呆れ顔の麻耶が言う。
「男女の仲じゃないのは当然わかるけど、恋愛感情ってあるの? 普通にさ、大好きな義兄ってだけじゃない気がするんだよね」
「それ、前も聞かれたよね」
「だからさっきそう言ったじゃん?」
「あー……」
目をきょろきょろとさせた恵梨香が、ため息をついてから答えを告げた。
「普通に異性として好きだよ?」
口に出した内容が恥ずかしいのか、彼女の顔は真っ赤。
そんな恵梨香を見て、麻耶は何度も頷く。
「あれだけかっこよかったら惚れないほうがおかしいかー」
「べ、別に外見の良さに惚れたんじゃないから!」
無意識のうちに椅子を立ち上って机をドンっと叩いてしまった恵梨香は、少し離れた席にいる他の患者や、通路にいる看護師の目を集めてしまったことを悟ってしまい、先ほどとは別の意味で頬を赤く染めてしまう。
「なんでもないでーす! すみませんー!」
のんびりした口調で周りの人にそう告げた麻耶。
そして麻耶以外の視線がなくなったのを感じ取った恵梨香が、目を伏せつつ着席する。
「ごめんね、からかいたいわけじゃないの」
急に真摯な態度で謝罪してきた友達に面を食らうも、恵梨香はそれを受け入れた。
「私的には外見がいいのも当然ポイントが高いけど……さくっちは本当に優しいもんね、見てたらわかるよ。
「うん……」
「それで……告白は?」
麻耶から問われた内容に嘘をつかないで答えるかどうか迷った恵梨香だったが、彼女は本当のことを言うことを選択した。
「前にしたことあるよ。中学二年生の春にね」
「そうなんだ」
「うん。ただ、私は今すぐにさく兄とどうこうなりたいって思っていたわけじゃないから、想いを伝えただけ」
「それはかなっちのことがあるのが理由?」
「だね。だって、さく兄が好きなのはかなちゃんだってバレバレだから……」
「たしかに」
「かなちゃんのために頑張っているさく兄を困らせたり、負担になったりしたくないし。それでも私を少しは意識しておいてほしい気持ちと、これからもさく兄を支えるよって決意表明を込めて告白したんだよね」
「うんうん」
「それに……いくら一夫多妻制があるっていっても、今の状況でアタックしたら振られるのがわかりきってるからね。もしもそうなっちゃったら、今の義妹としてのポジションも失っちゃう。これはこれでオイシイし。ふふふ」
そう言って自然と笑った恵梨香に向かって麻耶が言った。
「は、腹黒いいぃ!」
「な、なんで……」
「いや、途中までは、えりっちは優しく気遣えるいい女なんだって感心してたのに、それが計算だったという罠」
「エッ!? ソ、ソンナコトナイヨー」
途端におどけた様子を見せた恵梨香が面白くて、麻耶は思わず爆笑してしまう。
しばらくお腹を抱えて笑っていた彼女だったが、やがて落ち着きを取り戻す。
そして微笑んだ麻耶が言った。
「えりちゃんは面白いし、優しい子だよね」
「うーん、そうかな? でもありがと」
「うんうん」
「私が一番大事にするのはさく兄の気持ち。でもさ、それを尊重した上で、私も受け入れてもらいたいって考えてるのは事実だよ」
「恋をしてたらそうだよね」
そう口にした麻耶は、どこか物憂げな表情をしていた。
目の前にいる人物のことなので、当然恵梨香はそれに気づいていたが、どうしてとか何があったのとか言及する素振りを見せない。
なぜなら、麻耶もまた朔斗に淡い恋心を抱いているのだろうと、彼女は推測しているからだ。
本人は注意を払っているようだが、時たま見せる熱がこもった麻耶の視線の先にいるのが、自分の義兄だと恵梨香は気づいていた。
それにしてもと彼女は思う。
(私がさく兄を慕っていることを他の人に伝えるなんて思わなかったなぁ。今まで他の人には黙ってたんだけど……仕方ないよね。ふざけた感じで聞いてきたけど、目が真剣だったから)
朔斗がもしもエリクサーを二個手に入れたのなら、それを麻耶にも譲渡してくれると聞いている彼女だったが、朔斗が誰のために困難に立ち向かっているのかというと、それはほぼすべて伊藤香奈のためであることに間違いないだろう。
――自分はたまたま香奈と同室になっただけの女。
もしかしたらの夢を見させてもらっているだけ運がいいし、それは幸せなんだと考えている麻耶。
おこぼれを貰うだけの存在である自分がよりにもよって、自身と朔斗を繋いでくれた香奈を裏切るわけにはいかない。
――彼はかなっちの想い人なんだから。
そういった考えの元、彼女は自分の初恋を心の奥底に沈み込めようと必死になっていた。
(エリクサーが二個入手できれば……まやちゃんも幸せが掴めるかもしれない。んーん、かもしれないじゃなくて、絶対にそうする!)
心の中で意気込む恵梨香。
義兄の朔斗の側に魔力過多症を克服した香奈と恵梨香が恋人として過ごす――それが少し前まで彼女が望む未来だったが、その形は徐々に変化をしていたのだった。
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