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14:アンドレ・スミスの思惑

 先ほど香奈との初顔合わせを終えたアンドレたち。

 彼らは東京都立第三病院の近くで営業している高級ホテルへ向かう。

 SSランク探索者として稼ぎの多い彼は、十階建てのホテルの最上階にあるスイートルームに、一昨日から宿泊していた。

 教育が行き届いたホテルウーマンらに対応され、スイートルームへと戻ったアンドレたち。


 むしゃくしゃした気持ちが落ち着かない彼に、恋人であるエマが言う。


「失礼な子だったわ」


 座り心地が良いソファーに身を沈めたアンドレは、自分に寄り添って身体を預けている彼女に端的に返す。


「ああ」

「せっかくあなたが見初めてあげたっていうのに……」

「そうだな」


 エマは生返事をするアンドレを気遣う。

 その様子を対面のソファーに座りながら見ているアグネテとアルテナイ。

 彼女らは憤りを感じていた。

 それもそのはず。

 なぜなら彼女たちにとって、愛する人からの誘いを断るなどあってはならないことだから。


 一般市民には手の届かないエリクサーを求め、ゼウス教に問い合わせや申請をしてくる者はあとを絶たない。

 そうして作られるエリクサー希望者のリスト。

 教団の高い地位にいたり実力があったりする一部の人物は、実績や評価に応じてエリクサー取得権という権利を与えられる。

 もちろんそういったものとは別に、宗教部門、防衛部門、究明部門のトップは教団を運営するのに必要と判断したのなら、誰にエリクサーを使用するのかいつでも提案できる。

 とはいえ、さすがに自分自身の決断のみでエリクサーを使えない。

 教皇、総督、探究長の三人で会議を行い、提案者が他二名からの賛同を取り付けることで、ようやくエリクサーの使用許可が教主から下りるのだ。


 エリクサー取得権を行使して入手したエリクサーの扱いは個人の自由。

 人によって使い方が異なる神の薬と呼ばれるエリクサー。

 教義の一部に『人類の救済』というものがあるゼウス教であろうと、純粋に魔力過多症の人をただ助けたいだけということはほぼあり得ない。

 自分の欲望を満たすためだったり、自分の出世のためだったり、人との繋がりを得るためだったりと、さまざまな下心ありきで使用されるエリクサー。


 この場にいる四人は全員が全員、元魔力過多症の患者。

 アンドレは十歳になったと同時に、教団へと引き取られた過去を持つ。

 男性が貴重な今の世の中、十歳の誕生日でジョブが発現しなかったのが少年であれば、その存在は大きな組織から注目を集める。

 なんせ現在の男女比は一対十五だ。

 審判の日から時は流れ、当時よりマシになっている比率。

 しかし男性の本能なのか戦いに身を置きたいと考える者が多く、その結果ダンジョン内で死亡するケースがどうしてもあるので、女性に比べた男性の割合は今も低く、その回復速度は非常に緩やかなものとなっていた。


 非常に貴重な魔力過多症の少年だが、それでもエリクサーの産出量の関係上、全員の命を救えるはずもなく、やはり容姿が優れていたり、それまでの能力の中で何か目を引くものがあったりした子どもが優先され、そういった者がさまざま団体などに引き取られているのが現実だ。


(くそっ! あの女は許さないぞ!)


 女性三人が何かを話しているが、それに気がつかないほど猛っているアンドレ。

 見た目の良さから早いうちにゼウス教へと入信し、エリクサーを与えられていた彼は、周囲にちやほやされて育った背景もあり、『女なんて俺の言うことを聞いていればいいんだ』といった傲慢な性格に育ってしまっていた。


 ふと喉に渇きを覚えたアンドレが少し気分を落ち着かせる。

 いつの間にか彼の近くにいるのはエマだけとなっており、テーブルにはカフェオレが置かれていた。

 程よく冷えたそれに、彼は手を伸ばす。

 ゴクゴクと一気に飲み尽くしたアンドレが呟く。


「それにしても……あの女は何を考えているんだ? この僕に誘われること以上の名誉なんてないだろうに。カナの両親はギリシャ移住を検討しているって言ってたし、両親のことを気に病んでいるわけじゃないよな」


 誰に聞かせるでもなく漏れ出た言葉にエマが反応を示す。


「そこは明かさなかったわね。もしかしたら意中の人がいるとかかしら?」

「は?」


 アンドレは素っ頓狂な声を上げ、顔を横に向けてエマと視線を合わせる。

 そして取り繕った彼が言う。


「それはないんじゃないか? 普通に考えて、カナがエリクサーを入手するのは不可能だ。そうであるのなら、恋愛なんてしている場合じゃない。今のままじゃ、あと数年で消える命だからな」

「たしかにそうですね」

「そういえば、アグネテとアルテナイはどうした?」

「彼女たちには買い物を頼みました。日本でのお土産が必要ですから」


 アンドレの恋人三人にも同性の友人はいる――全員教徒だが。

 そういった者らへのお土産を買ってくるように、エマはふたりに頼んだのだ。

 三人には序列があり、最上位はアンドレとの恋人歴が一番長いエマ。

 目的はアンドレの新しい恋人候補と面会することだったが、それに否のない彼女はせっかくだから愛しの人と久し振りにふたりになりたいと願い、エマはアグネテとアルテナイを外に行かせたのだ。


 苛つく気持ちはまだ残っているが、少し落ち着いてきたアンドレが口にする。


「長い時間をかけてようやく手に入れたエリクサー取得権。それを行使したというのに、こんなことになるなんてな」

「彼女がどんな理由で答えを保留しているのかわからないけど、いずれきっとアンドレの魅力に気づくわ」


 慰めるようなエマの言葉を聞いたアンドレは鼻を鳴らす。


「あいつを気に入っていたのは事実だが、俺にすぐ靡かないあの女は気に食わない」

「それなら恋人候補じゃなく、性奴隷みたいな扱いにしたらどう?」


 今の地球に奴隷という制度はないが、性奴隷という言葉は当然知っているアンドレが「それは名案だ」と呟いた。


(僕が二十六歳まで頑張って手にした権利を使ってやったってのに、カナの態度があれだったからな。大人しく僕に尻尾を振っていれば良かったものを。くくく、あの可愛い顔がどんな風に歪むのか楽しみだ。どうやって調教してやろうか)


 もともとアンドレがリストの中から香奈を選んだのは、容姿がドンピシャで好みだったからに他ならない。

 彼にとって香奈は、今まで交流があった人物というわけじゃない。

 ただ単に年齢と容姿を評価しただけの女。


 エマが性奴隷にと提案したのは理由がある。

 それは何かというと、身体はいいとしても、アンドレの気持ちが香奈へ持っていかれるのが嫌だから。

 もちろん絶対にそうなるとは限らないが、そもそもはアンドレが望み、そして恋人候補として引き取る予定だった娘。

 自分と同様アンドレと恋人になる可能性があった女性だったとしても、彼の迷惑にならない範囲で潰せるのなら潰したいのだ。


「カナを性奴隷にするのは楽しそうだが、いいジョブにも目覚めてほしいよな」

「ええ」

「ここ最近は四人でやってきたから、それが五人になればダンジョンも楽になるだろう。もしそうなったらまた超級ダンジョンへ行ってもいいな」


 そう言ったアンドレの脳裏に浮かぶひとりの女性。


(僕の思いどおりにならないところは、キャサリンと似ているかもしれない)


 アンドレがゼウス教に引き取られてすぐにつけられた世話役がキャサリン。

 彼の五歳上だったその女性は当初、宗教部門にいたのだが、アンドレがダンジョンデビューする年に、彼のワガママで特に秀でたジョブを持っていなかったキャサリンを、究明部門へと配属させてしまう。

 その理由は自分とパーティーを組ませること。

 

 アンドレは気づいていなかったが、彼の初恋がキャサリンだった。

 しかし、そんな彼女はアンドレに特別な感情を抱いておらず、それに苛立った彼はキャサリンの身体をいいように楽しんでいたし、パーティーにおいても酷使していた。

 だが、五年前のある日――アンドレはモンスターの攻撃からキャサリンを守り切れず死なせてしまう。

 恋の自覚がないまま想い人を亡くした彼はしばらく荒れていたが、そのうちこう思った。


――あいつが俺に心を寄せなかったから死んじまったんだ。


 さておき、そんなこんなで人数が減ったアンドレのパーティーである<クラトス>だったが、基本的に彼は絶対にフルメンバーにするとの拘りはなく、その時々で三人から五人でダンジョンへ行っていた。

 今の固定メンバーはアンドレと恋人の三人のみ。

 恋人とはいえ、アンドレがエマ、アグネテ、アルテナイに抱いている気持ちは『Love』ではなく『Like』でしかないが。


(まあいい。いずれにせよ、死にたくないのなら僕の所へやって来るしかないんだし、あとは放っておいても、勝手にあっちからすり寄ってくるだろう。そのときに精々楽しませてもらおう)


 新しい楽しみが増えたとばかりに気分を高揚させていったアンドレは、興奮を隠さないままエマをベッドへと連れていったのだった。

お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 疑問が解決! 〉もともとアンドレがリストの中から香奈を選んだのは、容姿がドンピシャで好みだったからに他ならない。→選定理由として単純明快。ざまあ?に期待です。 ガンバレEX!
[一言] NTRとか死ぬほど嫌いだからこう言うクソはさっさと解体して欲しいw ダンジョンの中なら何があってもおかしくないし何より『バレなきゃ犯罪じゃないんですよ』
[一言] これはまた、見事な噛ませが出てきましたね。。
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