12:初めての特級ダンジョン3
初となる特級ダンジョンへ、<EAS>が挑んでから六日目の五月二十五日。
このダンジョンの最下層となる二十層まで降りてきていた三人に疲れは見えるが、致命的な怪我を負ったり死者が出たりはしていない。
「予定どおり今日中に終わりそうだな」
「うんうん。あと少しだから頑張ろうね!」
「そうやね。体力回復ポーションもさっき飲んだし、問題なくボスまで行けるで」
恵梨香とサリアから頼もしい言葉が出てきたことで、ついつい頬が緩む朔斗。
最後の階層の地図はすでに暗記したため、サリアはマップメイカーの親機であるモニターをしまい、左手に槍を持つ。
それからの道中はまとまった数のモンスターが出現しなかったこともあって、一切のダメージを食らうことなく目的地へと進んでいく。
そしてひとつの建造物が、遠目に彼らの視界に映ってきた。
「あの中にボス部屋があるで」
そう言ってサリアが指し示したのは、地球でピラミッドと呼ばれる物と同じような造りのオブジェ。
巨大な四角錐状になっているのがひと目でわかるそれは黄土色。
「ピラミッドか。地球のはほとんど全滅しちゃってるんだよな……」
感慨深げに呟く朔斗。
彼の言葉どおり地上にあったピラミッドは、審判の日の影響によってすべてが破壊され尽くしていた。
それは文化財でもあったので、再建を願う人々が多かったが未だに叶っていない。
初めて目にする巨大な建造物に圧倒される三人。
「ダンジョンに来て、こんな気持ちになるなんて……」
「神秘的だな」
朔斗は義妹の心情を代弁した。
「いつまでも見ててもしょうがないで!」
そんなふたりに喝を入れたサリアは、止まっていた足を動かすように促す。
「それもそうだ。悪い」
ばつが悪そうに軽く謝罪をした朔斗が再び歩き始める。
そして、それに着いていく二人。
しばらく進み、ピラミッドの入口と思われる場所へ到達した。
赤黒く鮮明ではない色をした扉。
取っ手がないため、まずは推してみた朔斗だったがそれでは開かなかった。
右の手のひらをべったりと扉に貼りつけた彼は、奥へ向かって力を入れつつ右に動かす。
「おっ」
扉が開いていく手ごたえを感じた朔斗の声が漏れる。
それと同時にピラミッド内に光が灯り、中の通路を照らす。
過去、地上にあったピラミッドであればトラップを警戒せねばならないが、幾多のダンジョンにおいて、今まで罠は一度も発見されていない。
そういったことで、<EAS>のメンバーもトラップはないだろうというか、あるかもしれないという考えは持ち合わせていない。
もしもダンジョンにトラップがあるのなら、<EAS>に限らず、他のパーティーにおいても罠を発見したり解除したりする人員が必要になっていたはずだ。
「行こう」
パーティーリーダーの言葉に女性陣は頷く。
場所によっては複雑な内部設計になっているダンジョン内にあるピラミッドだが、今回彼らが足を踏み入れたそこは単純な造り。
最初は横幅がひとり分しかなかった通路。
しかし、奥に行けば行くほど幅が広がっていき、今朔斗たちがいる場所は二十人が並んでも通れるだけのものになっていた。
二時間ほど進む間に、少ないながらも出てきたモンスターを倒し、彼らは進む。
そうしてたどり着いたのは大きな広間。
二十メートルの立方体となっているその部屋に<EAS>のメンバーが入った途端、視線の先の空中に黒い渦が発生する。
即座に戦闘態勢を整える朔斗たち。
時間差で次々に現れるデーモンとエビルナイト。
モノリスやダンジョンが地球に出現し、ジョブに付属したスキルといった不思議な現象が常識となっている現世においてでも、モンスターの名称や強さの度合いや特長などを一発で看破できる手段はない。
モンスターに名づけをしているのは人類だ。
探索者が新種のモンスターを発見した際には名誉になるし、報奨金が貰え、さらにモンスターの命名権を取得できる。
第一発見者が名づけを行わない場合は、WEOがその代行を行う。
また、未知だったモンスターの形状を動画や写真で撮ったり、イラストで再現させたりしたものや、特性とか弱点などの情報をWEOに流せば、その質に比例して名誉や報奨金が上昇する。
エビルナイトの見た目は漆黒の鎧で、武器は長剣、大剣、槍、斧など。
身長は二メートルもあり、迫力は相当なものだ。
悪魔系のダンジョンにしか出てこない漆黒の鎧の中身は、空洞になっていて悪魔が乗り移って動かしていると推測されている。
ちなみに同じようなモンスターで代表的なのはリビングアーマー。
そちらも中身が空洞の鎧となっているモンスターだが、リビングアーマーは不死系のダンジョンに出現するので、霊によって動いていると言われていた。
朔斗は五体ずつ現れたデーモンやエビルナイトを、【解体EX】を使って魔石へと変換させていく。
エビルナイトの武具はアダマンタイトで出来ているのだが、死したと同時にそれらは消えてしまうため、持ち帰れるのは魔石のみ。
デーモンは一応魔石以外にも内臓、爪、牙など素材となる部位はあるが、それらは他の下位モンスターでも代用できる程度の品質しかないこともあって、朔斗は魔石のみを残すように【解体EX】を使っていた。
危なげなく魔物を退治した彼らは、大部屋の最奥にぽつんと存在する扉へと足を向ける。
「念のため確認するが、手持ちのポーションは大丈夫だよな?」
ボス部屋の前に到着した朔斗が、ポケットの中から取り出した三本の小瓶を手にそう言った。
その手にあるのは特級、上級、中級の治療ポーションが各一。
持ってきた残りは【ディメンションボックス】の中。
報酬箱産のポーションの瓶はとても頑丈になっていて、ちょっとやそっとじゃ割れない。
基本的に緊急時にはポケットにあるポーションを使い、そうじゃないときは【ディメンションボックス】に収納してある物を使っている朔斗。
「私は三種類の治療ポーションを、それぞれ一本ずつ持ってるよ」
「大丈夫、ウチもえりちんと同じやで」
朔斗と同様にポケットから取り出した小瓶を手に、恵梨香とサリアがそう報告した。
ふたりに頷く朔斗が言う。
「サリアが【六面ダイス】を使ったらすぐに行こう。さくっと倒してゆっくり休もう」
「おー!」
「そうやね。いっくよー! 【六面ダイス】」
気持ちを盛り上げる意味合いもあり、右手を掲げて掛け声を出す恵梨香と、同意を示してスキルを発動させたサリア。
宙に浮いたダイスがカランコロンと転がる。
――出目は1。
肩を落とした三人が、初めてとなる特級ダンジョンのボス部屋へと足を踏み入れる。
全員が入室すると同時に閉じる扉。
彼らから十メートル程度離れた位置にいたのは、鍛え上げられたように見える筋肉質の上半身と、鱗を持った蛇のような下半身をしたモンスターだ。
鋭い目つき、瞳は赤色。
下半身を器用に使い、直立している魔物の額にあった一本線が開く。
そして現れたもうひとつの瞳。
「アンドロマリウスだ!」
朔斗の声と同時に動き出すアンドロマリウス。
その場で五メートルほどジャンプしたモンスターは、下半身をいったん後ろに反らしてから侵入者へ攻撃を仕掛ける。
太い蛇のような下半身が伸び、円を描くように<EAS>メンバーへと迫ろうとする中、途中で下半身が切り離されてあらぬ方向へと飛んでいく。
下半身がないため、腰の付け根からおびただしい血を流したアンドロマリウスは着地に失敗し、地面に放り出され仰向け転がってしまう。
しかし、上位の悪魔の生命力は強い。
アンドロマリウスの命はすぐに尽きないばかりか、少しずつ下半身が再生しつつある。
さらに魔法を使おうと魔法陣を虚空に展開したのだが、それが実ることはなかった。
そして地面に残されたのは、首を切り離されつつ十等分にされてしまった肉体と、首から切り離された頭部とアイスドラゴンと同等の大きさの魔石。
ボスの素材は高く売れるため、できる限り高くなるように持って帰りたい朔斗。
そのため一発で仕留めなかったが、それによって今回はあと一秒か二秒遅れていれば、アンドロマリウスが繰り出した攻撃が自分たちに直撃していただろうと容易に想像できていた。
(一番簡単なのは、魔物の活動の源である魔石のみを残すことだが……上級以上のダンジョンだと、ボスは一匹でしか出て来ない。だからこそ【解体EX】で多くの素材を取りやすいが危険も大きいか。このレベルになるとボスの生命力も強いしな)
それにしても――今回の探索はポーション類の数が間に合って良かったと朔斗は思う。
手持ちにあったほとんどのポーションを二割引きで購入できていたとはいえ、それは一回のみの契約。
今回のダンジョンで使用したのは上級体力ポーション十八個、中級治療ポーション五十個、上級治療ポーション四十個、特級治療ポーション二個で、これを定価にすると、その金額は八九〇〇万円にも及ぶ。
それでも上級ダンジョンをクリアするよりも実入りは相当多い。
無事にボスを倒したことを三人で喜び、雑談をしながら最奥の部屋へと足を運ぶ三人。
そして報酬箱を前にした恵梨香が言う。
「開けていーい?」
「ああ」
朔斗の返答を聞いた恵梨香が報酬箱を開ける。
そうして期待に目を輝かせた彼女の目に入ってきたのは、特級野営セット二個、ミスリルとアダマンタイトのインゴットが十キロ、上級治療ポーションが二十個、特級治療ポーションが十個だった。
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