1:プロローグ 約束の記憶
審判の日以前と違い、回復魔法や治療ポーションが存在する現代。
それらで治せるのは、骨折だったり内傷だったり外傷だったりで、病気は治療できない。
とはいえ、体力ポーションは病気の患者に非常に有用だ。
それはなぜかというと、簡潔に言えば体力ポーションは体力だけではなく、身体の免疫力も上昇させるから。
体力が落ちてしまったら、身体の免疫力も同時に下がってしまう。
そこで体力ポーションを使えば、病気からの回復に一役買うのだ。
しかし、それを使ったからといって、すぐに病気が治るわけではない。
人体の構造や怪我がどこから発生しているのか、どこまで及んでいるのかなどを正しく把握していないと、回復魔法は効果を十全に発揮しないが、それでも多くの魔力を使用することで効能を高められる。
病気であっても腫瘍を取り除いたり、身体にメスを入れたりするので、回復魔法が役立つ場面は多い。
こうした背景から、自然治癒に比べて圧倒的に治療期間が短くなる回復魔法が、医師になるためには必須。
現代の病院に勤めている医師は全員が回復魔法を持っていて、それが医師免許を取得する最低限の条件だ。
回復魔法にも他の魔法同様ランクがあり、それは最下級、下級、中級、上級、特級、超級、神級の七つとなっていて、当然ながらランクが高いほど厚遇されていた。
そんな現代の医療情勢はさておき、東京都立第三病院に入院している患者のひとりが伊藤香奈。
彼女はベッドから降りてパソコンの前に座っていた。
無意識に零す言葉は、同室にいてタブレットを操作している麻耶の耳にも入らない。
「エリクサーかぁ」
最近の香奈は非常に前向きになっていた。
その理由は当然朔斗からもたらされた情報と実績。
正直なところ、彼がどれだけ優秀であろうとも、エリクサーを入手できるはずがないと諦めていたし、夢のまた夢だと思っていた。
その考えは、自分の命を諦めていたのと同意。
それでも自分のために頑張ってくれている幼馴染に、それを伝えるほど野暮じゃなかったのは救いか。
自身とも仲が良かった友人たちが結成した<ブレイバーズ>を追放されても、腐ることなく常に未来を見据えて歩みを止めない朔斗が、香奈はただただ眩しく感じたし、なによりカッコイイと思っていた。
朔斗が俊彦たちと袂を分かってすぐに、香奈のお見舞いに訪れたあとから彼女にある変化が現れていた。
それは今まで以上に探索者やダンジョンについて情報収集をしたり、それ系の記事や動画を見たりすること。
彼女の小さな頃――それは十歳になる前。
香奈は朔斗とある約束をしていた。
今でも鮮明に蘇る彼や自分の言葉。
『僕は将来、父さんたちみたいに立派で強い探索者になるんだ!』
『どれくらい?』
『うーん、目指すならやっぱり一番!』
『わぁー、すごーい』
『てへへ、かっこいい?』
『うん!』
『あ、あ、あとさ……』
『なあに?』
『うーんと……』
『どうしたの?』
『僕の母さんは父さんと一緒に探索者をしているんだけど……』
『うん』
『よかったら香奈も探索者にならない?』
『へ?』
『だから僕と一緒にパーティーを組もうって言ってるんだああああ』
『ふふふ、いいよー』
『やった! 約束ね!』
『わかったー』
『それとそれとそれと……いつかは僕と……』
『僕と?』
脳裏に描いた光景に表情を崩す香奈。
(たしかあのあとすぐに誰かが来ちゃって、話が中断されたんだっけ。あの頃のサクは俺じゃなく、僕って言ってて可愛かったなぁ)
これまでも多少はダンジョンや探索者関係の情報を仕入れていたが、それらを見れば見るほど自身の身体のことが恨めしくなり、どうしても本腰を入れることに抵抗があったのだ。
大事な人のことを知りたいと思う気持ち。
それに反比例していたのが、やるせない感情だった。
(これからは有り余る時間を利用して、いろいろな知識をもっともっと増やさなくちゃ。サクなら絶対私たちのために、エリクサーを用意してくれる!)
そう決心をした彼女はふと彼らの能力を思い出す。
名前:黒瀬朔斗
ジョブ:解体師
ジョブランク:神級
スキル:解体EX・ディメンションボックス・取得ジョブ経験値特大アップ・下級水魔法
ダンジョンクリア回数:最下級22、下級74、中級65、上級1
備考:
名前:黒瀬恵梨香
ジョブ:大道具師
ジョブランク:下級
スキル:上級製造・獲得報酬品質特大アップ・獲得報酬個数アップ
ダンジョンクリア回数:最下級1、下級2、中級5
備考:
名前:秋津サリア
ジョブ:ギャンブラー
ジョブランク:下級
スキル:六面ダイス・レアボス出現率特大アップ
ダンジョンクリア回数:最下級35、下級46、中級36
備考:
これらは朔斗がファイアードラゴンセットの防具を買った日に見せてくれたもの。
そのときにサリアも香奈や麻耶と引き合わされていた。
それより前に聞いたことではあるが、サリアが朔斗の家に住み込むとの情報は、嫉妬の炎が心を焦がしたし、実際に会ってみて彼女がとても可愛い子なのだとわかってしまい、香奈はとても落ち込んだ。
でもそんな気持ちを朔斗にぶつけるわけにはいかない。
なぜなら彼はエリクサーを手に入れるため最善の努力をしており、その一環として特殊探索者を雇うことにしたのだから。
(たまたま、偶然、サクが必要とした特殊探索者が可愛かっただけ……うん、サクが狙ったわけじゃないはず……)
サリアのことを思い出してしまい、また内心が荒れそうになった香奈だったが、必死にその気持ちを抑えつける。
(私が<EAS>に加入できたとしても、迷惑をかけたくない。今は身体をどうこうできない以上、自分にやれることをしていくしかないよね)
考え事をそこで中止した香奈は、パソコンでさまざま記事やコラムやブログなどに目を通す。
彼女が空腹を自覚したのとほぼ同時に、看護師が食事を病室に運んできた。
行儀が良くないかもしれないが、麻耶と和気あいあいと話しながら昼食を食べ終え、手元のボタンを押して呼んだ看護師にそれを下げてもらう。
そうして香奈は壁に掛かっている時計を確認する。
そこに示されていた時刻は十二時五十分。
彼女は再びパソコン前に移動し、麻耶に声をかけた。
「もうすぐ始まるね」
「うん、すっごい楽しみ!」
「少し怖いけど……」
「たしかにそれはあるね」
香奈はインターネットを起動し、検索バーに文字を打ち込む。
それは――Dチューバー、宇野啓介、チャンネル。
エンターを押し、画面が更新される。
検索結果のひとつを選んでモニターを指先で軽くタッチ。
表示された画面を見て香奈が呟く。
「どんな配信かな」
香奈の横に椅子を持ってきて座っている麻耶は、画面を覗き込んで言う。
「うーん、どうだろう? さくっちには敵わないけど外見がいいし、ガチ探索者じゃなくてエンターテインメント性が高い動画かも?」
「でも今日の配信予定が上級ダンジョンって書いてあるよ?」
「上級の生配信なら実力者なのかも。ボスまで行くか行かないかでも違うみたいだけど」
「ゲストは初登場の探索者みたい」
実は――昨日朔斗、恵梨香、サリアがまたお見舞いに来て、そのときに彼が言ったのだ。
『明日の十三時にインターネットで生配信があるんだ。きっと面白いと思うから、それを見てほしい。検索キーワードはDチューバー、宇野啓介、チャンネル』
幼馴染の言葉が気になって、すぐさま宇野啓介をインターネットで調べた香奈。
そうしてわかったのは、彼が月刊探索者通信専属のDチューバーだということ。
香奈は麻耶と話しながら時間が経過するのを待つ。
そうこうしているうちに時刻が十三時となり、宇野啓介の生配信が始まりスピーカーから音声が聞こえてきた。
「皆さんこんにちはー! 今日も始まったケイスケチャンネル。今回は上級ダンジョンに挑戦する様子を見せていくよ。今回のゲストは<EAS>というパーティーだー!!」
それぞれの耳に入ってきた男性の声を聞いた香奈と麻耶は目と口を大きく開き、そしてそのあと彼女らの絶叫が病室内に響き渡るのだった。
文法や表記法。
ケース8。
「生む」、「産む」。
両方とも『人間や動物が子供や卵を出産することを指す言葉』。
「産む」を使用できる状況は、出産時点やその直後のみに限定される。
例
〇「今子どもが産まれた」
×「10年前に子どもが産まれた」
×「これまでに産んだ子どもは三人です」
×「私は日本で産まれた」
〇「10年前に子どもが生まれた」
〇「これまでに生んだ子どもは三人です」
「生む」は出産時点以外でも使え、さらに「疑惑を生んだ」、「利益を生む」といったようにも使用可能。
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