28:買い物
【お知らせ】
多くの感想をいただきましてありがとうございます。
まず結論から申し上げますと、今後は寄せられた感想に目を通すのみとなってしまいますことをお詫び申し上げます。
作者が気づかなかった点、読者が気になる点、また今後こうなるだろうとの予想などさまざまな視点からの感想をありがたく思っています。
途中までは感想欄への返信ができていたのですが、すべての感想に返信するにはどうしても時間が足りなくなってきました。
そのため感想欄を見つつ、指摘された内容の中で修正すべき箇所があれば修正をし、これからもできる限り毎日の更新が滞らないように執筆して、最新話を読者の方々にお届けしたいと考えています。
月刊探索者通信の記者である千代の取材を受けた次の日、休日を使って朔斗たちは武具などを買い求めに『武護天堂』へと足を運んだ。
多くの探索者が利用しているこの店は、主力商品が中級者用や上級者用の装備。
オーダーメイドも請け負っているので、それ以上を求める客層にも対応している。
五階建ての店舗に入店した朔斗が口を開く。
「良さそうな店だ。新島さんから紹介を受けて正解だったな」
彼は視線を巡らせる。
一点一点綺麗に陳列されている多くの防具。
それぞれの商品についての特長が、わかりやすくポップによって説明書きがなされている。
これが初心者向けの武具も置いてあるような店舗であれば、商品説明もろくにない低品質の武具が無造作に羅列されている光景もざらだ。
一階で扱っている商品は金属や革系や甲殻系の防具。
特殊な布で作成されたり、さらにその一部分に少量の金属や革や甲殻を使って作られたりした防具は、二階に置いてある。
三階で取り扱っているのが主に剣系の武器。
剣系は幅が広く、その種類は短剣、長剣、両手剣、刀、フルーレ、シャムシール、サーベルなど多岐にわたる。
四階には剣系以外の武器が並ぶ。
そこに展示されているのはナックル系、斧系、メイス系、槍系、弓系、投擲系や他多数。
五階にあるのはアイテムボックス、野営セット、ポーション類、調理用の魔道具などなど。
一階と二階には試着室が、三階と四階には武器を振り回すためのスペースが設置されている。
今までであれば、WEOにテナントとして出店しているお店で買い物を済ませていた朔斗。
少し前までの彼は収入の面も考えて、中品質の装備を使用していたが、今後はより一層の安全性を確保するため、装備を切り替えることにしたのだ。
そういった理由があり、高品質な商品を取り揃えている店にも詳しい千代に、お勧めを教えてもらっていた。
ここでなら満足する品を入手できると判断した朔斗は、一緒に来ていた恵梨香やサリアに言う。
「まず俺は、部分的な革鎧だったりインナーだったり服だったりを見ていく。あとは盾もか。ふたりはどうする?」
「私たちもさく兄と同じで、先に一階と二階かな」
何階に何を置いてあるのか、千代から軽く説明されていた恵梨香が目を輝かせて言い、それにサリアが続く。
「楽しみや」
「サリア、何度も言うが予算が足りなければ俺に言ってくれ。貸すのは問題ないし、もっと収入が増えていったら、パーティーとして武具や雑貨の代金を支給することも考えてる。今はまだそこまでの余裕がないけどな」
「わかってるって」
サリアは満面の笑みを浮かべる。
彼女はとんでもないツキがやってきたと心底感じていた。
朔斗の実力は言うに及ばず、さらに家賃や光熱費などを必要としないで住める部屋を用意され、人間的にも黒瀬家のふたりは性格が良くて、一緒にいるのは楽しい。
運が上昇するスキルも効果もないのだが……これは自分のジョブである『ギャンブラー』が引き寄せたとサリアは確信している。
朔斗はエリクサーを直接入手したり、収入を増やしたりするのに『ギャンブラー』を必要なジョブと認めてサリアを勧誘したので、彼女の考えは一概に間違いとは言えない。
それぞれ単独行動をとって、朔斗が陳列ケースを見ていく。
彼がひとつの防具に目をやる。
「ファイアードラゴンの革か。ところどころに補強アダマンタイトのプレートが埋め込まれていると……」
ポップを読みつつ、価格に視線を移す。
「定価四〇〇〇万のが三五〇〇万……」
顎に手をやり思案顔の朔斗。
彼が<ブレイバーズ>に所属していた一年と十か月ちょっとの間に稼いだ金額は六〇〇万円程度。
朔斗以外の四人が大体三二〇〇万円であることを考えれば、かなりの差があるのだが、これは仕方ないと言える。
ダンジョンにおける収入において比率が大きいのは、報酬箱の中身とボスの素材。
エリクサーが出ない限り、報酬箱の権利を朔斗は持っていなかったし、収入の取り分も5%しかなかったのだ。
とはいえ、朔斗のように取り分が少ない人がいなかったとしても、探索者に登録して二十二か月程度でこれだけ稼ぐのは難しい。
彼らが稼げていた大きな理由として挙げられるのが、『解体師』がいたことや朔斗という優秀な人物が在籍していた点だろう。
基本的に駆け出しの探索者はアイテムボックスを持っていない者がほとんどで、お金になるような物を選び、モンスターから限られた素材を持ち帰る。
そういった面を解決していたのが、『解体師』の【解体】や【ディメンションボックス】だし、副次効果としてダンジョン内での時間を短縮したり、疲労度を軽減したりした結果、ダンジョンに入場する回数が相当上昇した点も見過ごせない。
また、<ブレイバーズ>は四人の優れた戦闘系ジョブがいたが、それを巧みに指揮していたのは朔斗だった。
彼がパーティーをまとめていたのは戦闘中だけではなく、全員の様子を見ながら適切な休憩を挟んだり、ポーション類を使わせたりしてダンジョン攻略を円滑に進めさせていた。
しかし、朔斗が頑張れば頑張るほど、よりによって朔斗をパーティーに誘った俊彦のヘイトが、陰で上昇していたのはなんの皮肉だろうか。
さておき、特価品として飾られているファイアードラゴンアーマーセット。
そこへ視線を固定している朔斗が呟いた。
「高いな、しかし残り一点か……」
その内訳は胸当て、腰当、ヘッドガード、アームガード、レッグガードの五点セット。
彼は脳内で計算する。
(<ブレイバーズ>で稼いだのが六〇〇万、オーガエンペラーの素材が五六〇万、追放後のダンジョンは最下級二回、下級四回、中級五回でおよそ二一〇〇万。合計三二六〇万だ。<EAS>での活動は順調だし、人数が少ない分収入が一気に上がった。本来は税金分を取っておかなければいけないが、支払いはまだ大丈夫。サリアへの契約金は両親の遺産から払ったし……)
朔斗の両親は結構な額の遺産を遺していたため、黒瀬家の生活費や探索者として活動する資金などはそこから捻出していた。
そうはいっても、基本的にそれは朔斗の口座に合算されているのだが。
ちなみに遺産の残りは二〇〇〇万円弱。
(予算オーバーだが、今は戦闘要員が俺だけだし……この機会を逃したくない。まあすぐに稼げるから、それからでもいいかもしれないが。とりあえず恵梨香に相談してみよう)
そう決断した彼は店内を見渡して義妹を見つけ、傍によっていく。
安全性が第一とはいえ、今は実践訓練としてしか戦闘に参加していない恵梨香は、控えめに防具を選んでいた。
彼女が触っているのはサイクロプスアーマーセット。
この装備は中品質で価格は五〇〇万円。
CランクやDランクの探索者に使用者が集中している防具だ。
恵梨香の近くに到着した朔斗が声をかけた。
「恵梨香はそれを選ぶのか?」
「うーん、まだわからないかなぁ。服も欲しいし、コーディネートの問題もあるからね」
「ああ、それはあるな。いくら性能が良くても見栄えが良くないのはな……」
「うん」
「ところで……」
言い難そうにしている朔斗を見て、首を傾げた恵梨香は続きを促す。
「何?」
「あー、ちょっと特売品があって、それがめちゃくちゃ良さそうなんだよな。んで、それが欲しいけど値段が凄く高い。だから恵梨香に相談に来たってわけ」
「いくら?」
「三五〇〇万」
「えっ!?」
驚きに目を見張る恵梨香。
朔斗は頭を掻きながら言う。
「はは、でも物は本当にいいんだよな。ただ、それを買うと遺産を含めて貯蓄が一気に減っちゃって、恵梨香の武器や防具にかけられる金額が下がってしまう。あとはサリアにお金を貸してもいいって言ったが、それも難しくなるかも」
「うーん、私はまともに戦ってないし、さく兄の防御が固くなるなら賛成だよ。それに服次第だけど、さく兄が買っても、今見ているサイクロプスアーマーセットなら購入できるからね。ちなみにさく兄が欲しい防具の素材は何?」
「ファイアードラゴンだ」
「おぉ! ドラゴンなんだ、すごーい!」
「ああ」
「じゃあ、買ってくる?」
「そうするかな。あと一点しかなかったから、すぐにレジに持っていかなきゃ。サリアに伝えておいてもらえるか? 悪いがお金を貸せなくなったって」
「りょーかいー」
「あ、今のペースならすぐにお金が貯まるし、今回サイクロプスアーマーセットを見合わせて、近いうちにもっといい物を買いに来てもいいかもな。まあそれを買っておいて、すぐに売ってもいいし」
「うん、もう少し考えてみるね」
微笑んでいる義妹に向かってひとつ頷いた朔斗は、ファイアードラゴンセットがあった場所へと足を運ぶ。
他のお客がファイアードラゴンセットを見ていたのに気づき、ささっと商品カードを陳列ケースから取った彼が、それをレジへ持っていく。
こうして新たな探索へ向けて、朔斗は防具を新調するのだった。
文法や表記法。
ケース6。
当て字。
当て字とは、漢字の本来の意味に関係なく、音や訓を勝手にあてはめた漢字。
または漢字のそうした使い方のこと。
当て字には以下のようなものがある。
「無茶苦茶」、「兎に角」、「俺達」、「夜露死苦」など。
「無茶苦茶」:「無茶」は「まったく手の加わっていない自然なもの」という意味の仏教用語『無作』が元になっている。
さらに、この「作」と同じ「サ」の響きを持つ漢字である「茶」が当てられて「無茶」になったと言われている。
後半の「苦茶」は語調をあわせるために追加された漢字。
「兎に角」:漢字と文字の意味に関連はなく、音だけを合わせたもの。これを広めたのは夏目漱石。
彼が流行らせた当て字は他にもあり、「非道い」、「浪漫」、「肩が凝る」、「沢山」などが挙げられる。
「俺達」:常用漢字表で「達」に掲げられている読みは音の「タツ」のみ。
複数の人間を表す「たち」に「達」を当てるのは当て字となる。
公用文や学校教育(国語)、マスコミにおいては基本的に「子供達」といった書き方をしません。
ただ、常用漢字表では「友達」という表記だけは特別に認められている。
「夜露死苦」:1970年代~80年代に暴走族や不良の間で広まった当て字。「喧嘩上等」、「唯我独尊」なども同様。
ちなみに作者は「むちゃくちゃ」、「とにかく」、「俺たち」、「よろしく」といった感じで使用しています。
お読みいただきありがとうございます。
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