22:彼女の夢
恵梨香に確認を取った朔斗が口を開く。
「一年毎に金額を教えてくれないか? 五段階の」
「特殊探索者キャンペーンは一年以上だものね」
「ああ」
「わかったわ。一年だと契約金が一〇〇万で年俸は七〇〇万。二年はそれぞれ二〇〇万と六五〇万、三年が三〇〇万と六〇〇万、四年は四〇〇万と五五〇万。そして五年が八〇〇万と五〇〇万よ」
(特殊探索者の平均契約金や年俸を調べておいたが、この子のは高いほうだな)
提示した金額を聞いた朔斗の様子を窺っていたサリアが続けて言う。
「思っていたより高かった?」
「まあ……正直に言えば……」
「そう? これでもウチは中級ダンジョンもある程度クリアしているのよ。ウチの探索者ランクはDだから、どうしてもこれくらいしちゃうわ。もちろん戦闘能力はそんなに高くないけどね」
特殊探索者として活動している層が一番厚いのはDランク。
探索者のランクは、主に踏破したダンジョンの難易度や回数によって決定される。
もちろんそれ以外にも判定基準はあり、そのひとつはWEOが発行するクエストを達成することだ。
ちなみに企業からの依頼は高収入になりやすいが、探索者ランクには影響しない。
(中級ダンジョンに挑戦しないDランク探索者だと、戦闘系のジョブで年収の平均が七五〇万程度だったか。サリアはサポート系ジョブだから、四〇〇から五〇〇万もいけばいい。中級ダンジョンにも行っているようなDランク上位なら、一気に年収が跳ね上がる)
サリアの言い分を聞いた彼は、脳内で知識を総動員して計算していく。
(特殊探索者キャンペーンでの割引もある。彼女の言うとおり問題ない金額だな。割引を考えなくても、この子を仮に五年雇用した場合、二五〇日間の活動で日当二万円。こう考えたら逆に安いか)
そこまで考えをまとめた朔斗が交渉を持ちかけようか迷う。
(この子に戦闘を一切させなきゃ、おそらく契約金や年俸をもう少し減らせそうだが……それよりも信用を得たほうがいいだろう。追放された経験がある身としては人をすぐには信じられないけど、長期間一緒にいるのなら円滑なコミュニケーションを取って、良い関係を築きたいところ)
「ところで、他のメンバーのジョブを教えてもらえるの?」
サリアからの問いかけが耳に入り、朔斗はテーブルに落としていた視線を上げて言う。
「少し言い難いんだけどな……今のところメンバーは俺と恵梨香だけだ」
指で頬をかきながら口にした朔斗。
それに驚愕するサリア。
(そりゃあ驚くよな……)
朔斗は苦笑いを浮かべつつ「あー……」と声を出し、そのまま説明に入る。
「君がびっくりするのはわかる。君、俺、恵梨香は全員がサポート系と呼ばれるジョブだし。さすがに三人も戦闘系以外を入れるなんて……と思われても仕方がない。だが、俺のジョブである『解体師』――このジョブにはハッキリ言って強すぎるスキルがあるんだ。一対一の戦闘ならほぼ無敵だと思う。多対一でもかなり戦える。まあ相手が千とか万だと厳しいが、さすがにダンジョンでモンスターが一度にそれだけ出たという記録はない」
「それ本当?」
いかにも怪しいといった素振りで朔斗をじっと見つめるサリア。
それに対し朔斗は頷き、さらに言葉を続けた。
「あとは、今のところパーティーを五人にする予定はない。とはいえ、何かあればそれも崩れるかもしれないが。とりあえずメンバーやスキルについて、契約が済む前だと言えるのはこれくらいだ」
「うーん、今の話を聞いた限りだと……即断即決は厳しいわね」
「そっか。ああ、契約は五年を希望する。たしか契約金は即金。年俸は月払いでも良かったよな?」
「ええ、金銭関係はそれで合っているわ。それにしても五年ね……」
「ああ。それともしも俺たちと行動を共にした場合、基本的に戦闘は俺が引き受ける。だから君は最低限自衛していてくれればオッケーだ」
「そこは楽そうね。ダンジョンはどれくらいのランクに入る予定?」
「今はまだ恵梨香が慣れていないから、数回低級や中級に行くだろうが、恵梨香に問題ないと判断したら、上級ダンジョンに。そしてその結果を見て、さらに上を目指す」
朔斗の言い分を聞いたサリアは両手を軽く挙げ、本気? といったジェスチャーを示す。
(たかだかCランクとFランクの探索者がこんなことを伝えても……正直信じられないだろうな)
思わず朔斗が苦笑する。
しかし、自分の決意を相手に伝達しておく必要があるだろう。
「俺はいずれSSSランクの探索者になる」
まるで決められた事実のように言い切る目の前の男に対し、ジト目を向けるサリア。
そんな彼女からの視線を、彼は逸らさず受け止める。
ひとつ息をついたサリアが口を開く。
「ふーん、ふざけているわけじゃなさそうね。それにしてもSSSランクか……子どもがそうやって夢を語るのはよく聞くけど、朔斗さんはそういう曖昧なものじゃないんでしょ?」
「ああ」
「知っているわよね? SSSランク探索者は世界に一〇〇人しか存在しないって」
「当然。探索者序列一〇〇位以内に入らないと、SSSランクにはなれないからな。それに俺はいずれ――シングルナンバーになる予定だ」
自信満々に言い切った朔斗を見てサリアが楽しそうに笑う。
「あはははは、すっごいビッグマウス。あはは」
笑いすぎて涙が少し出てきたサリアだったが、その間表情をまったく変えずにいた朔斗に興味が湧いてきていた。
「あんた面白いな! ウチは朔斗さんの役に立ちそう?」
ガラッと口調が変わったサリアに朔斗が驚く。
彼女はにやりと笑い、彼に言う。
「ウチの地はこんな感じや。特殊探索者としての仮面を被っているときは、わりと丁寧に話すんやけど。あんたのことをウチは気に入ったから、こうやって話させてもらうよ」
「あ、ああ……」
「あんまり気乗りしていなかったけど、さくとんとならいいか」
「さくとんって……」
「まぁまぁ、さくとんって呼ばせてや」
「わかった……」
朔斗は渋々頷く。
(呼び方はなんでもいいが、これは交渉が成立しそうな流れってことでいいのかな? しかし変なあだ名をつけられてしまった……)
若干気落ちした様子の朔斗が言う。
「俺たちに雇われるのを、前向きに検討してくれる思っていいのか?」
「イエス! ウチの人生をチップにして――一さくとんへオールインや!」
部屋内が沈黙に支配される。
サリアはとてもいい笑顔。
逆に朔斗と恵梨香は限界まで目を見開いている。
脳内でサリアの言葉を何度も繰り返す朔斗だったが、いつまでも黙っていられないと口を開いた。
「な、なぜ人生?」
「ウチのジョブが『ギャンブラー』だからや!」
それ関係あるのかよと内心ツッコミを入れたい朔斗だったが、なんとか耐えて無言を貫く。
(この子のスキルはいいんだが、人選に失敗したか? いや、だが信用できそうにないという性格じゃないし……)
恐る恐るといった感じで恵梨香がサリアに質問をぶつける。
「あのー……人生ってことは、仮に五年契約を結んだとして、契約期間が終わってからは?」
「そんなのは当然決まってる! 延々と延長や!」
「えええええ!」
「っていうのはさすがに冗談やけど。でもこれはウチの希望で……ふたりが良ければ探索者を引退するまでは、ずっと契約を延長してほしいって本気で思ってる」
「そ、そうなんだ……」
「まあ、無理強いはしないから、そこは安心してや」
「わかったわ」
実際に一緒に行動してみなければ、サリアとの相性はまだまだわからない。
それでもここまで自分の愛する義兄に熱意を注いでくれるのなら、悪い気がしない恵梨香。
朔斗のほうは不承不承ながら頷いて、サリアに同意を示す。
「ウチが持つスキルの【レアボス出現率特大アップ】。この効果でレアボスが出現しやすくなるんやけど、レアボスの強さがどれくらいか、ふたりは知ってる?」
朔斗はサリアの問いに答える。
「ああ。ひとつ上位のダンジョンボスと大体同等と聞いている。中級ダンジョンでレアボスが出たのなら、上級ダンジョンのボスとほぼ同じ強さ。上級でレアボスが出現した場合だと特級程度の強さ。そして報酬箱は、一段階以上二段階未満と言われている」
ひとつ頷いたサリアが何かを求めるように、虚空を見つめ口を開く。
「ウチは今まで中級ダンジョンまでしか行ったことがない。そんなしょうもなく、どこにでもいる探索者でしかないウチにも夢があるんや。あまりにも大それた夢……『ギャンブラー』として生を受けたからには――一度でいいから、神級ダンジョンでレアボスを撃破してみたいんや!」
地球にあるダンジョンの最高難易度は神級。
レアボスの強さは一段階上のダンジョンボスと同程度。
それなら上が存在しない神級のレアボスはどうなる?
多くはないが、過去神級ダンジョンで死力を尽くし、レアボスを倒した探索者は存在している。
しかし、そういったパーティーのメンバー内に、『ギャンブラー』がいたことはない。
ジョブには当たり外れが明確に存在し、多くの者が他人のジョブを羨んでいるのが現状。
それでも多くの人は、自分が生涯付き合うジョブに誇りや愛着を持っているのだ。
サリアのジョブである『ギャンブラー』は、他のジョブに比べてスキルの成長具合に個人差がありすぎたり、基本的に戦闘能力が低い者が多かったり、能力がピーキーすぎたりするため、探索者ランクがA級以上に上がった者は今までいないのだ。
朔斗が決意を語ったからか、彼の言葉に触発されてサリアが言い放った夢。
それを耳にした彼はドクンと心臓が力強く脈打つのを感じたのだった。
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