2:宣言
「これで終わりだっ!」
鍛え上げられた肉体に革鎧を纏わせた男が、上段に構えた大きな剣を両手で振り下ろす。
彼の正面でその攻撃の的となったのは、鬼のような角を額と左右の側頭部から生やした存在。
二五〇センチはあるだろう身長に、赤黒い肌が特徴的だ。
それはオーガエンペラーと呼ばれる人類の敵対者であり、魔物やモンスターと呼ばれている。
オーガエンペラーはオーガ種の中でも上位に位置する強者。
そんな存在であるにもかかわらず、オーガエンペラーは命の危機を感じ取ったのか、自身の頭部を守ろうと必死になる。
オーガエンペラーは、右手に持った太い棒状の武器で自身の命を狙う攻撃を防ごうとした。
しかし――
「おせえええ!!」
革鎧を着用している男の攻撃がオーガエンペラーの脳天に当たり、そのまま大剣がモンスターの身体を左右に切り裂き、まき散らされる臓腑。
「グギャアアアア――」
オーガエンペラーの命を奪った精悍な顔立ちをした男の名前は石井俊彦。
「よし、これでこのダンジョンもクリアしたな。やっぱり俺たちの実力はここでも通じたか」
大剣を軽く振るって刀身に付着した血を払い落とす。
そんな彼に近付いていく人影が三つ。
金属の兜や胸当て、そして大きな盾を左手に持つ男性は土橋良太。
街を歩いていたら何人もの女性から注目を集める甘いマスクに優しい笑みを浮かべた彼は、俊彦に労いの言葉をかけた。
「おつかれさん」
それに続くのは、右手に杖を握りしめた軽装の赤根恵子という女性。
杖を腰に巻き付けたホルダーに戻した彼女は、頭にかぶった三角帽子の位置を調整しつつ、平坦な声を出す。
「……おつかれさま」
その響きは、声を弾ませていた俊彦とは対極にあるように感じる者も多いだろう。
表情に変化はあまり見えないものの、恵子の美貌は良太と同じように異性の目を惹きつける魅力に溢れていた。
そして彼らに続いて声を出したのは、白を基調としたローブに身を包んだ女性。
彼女の名前は千堂瑞穂、若干の垂れ目なのが手伝ってか、おっとりとした雰囲気の中に優しさを感じさせる。
「みんなが無事で良かったです」
仲間たちから声をかけられ、ひとつ頷いた俊彦が言う。
「さくっとお宝を回収して帰ろうぜ。今日は上級のダンジョンを踏破したお祝いをしなきゃな」
彼の言葉に同意した三人はそれぞれが足を動かし、オーガエンペラーの命が散った後に出現した奥の扉を目指す。
「あ、言うまでもなくオーガエンペラーの処理は任せたぞ、朔斗」
顎でオーガエンペラーの死体を指し示した俊彦が、この場に居たもうひとりの人物に指示を出す。
「わかってる」
部分部分に革製の防具を身につけた黒瀬朔斗が、オーガエンペラーの死体に視線を向けつつ返事をした。
それぞれジャンルが違うとはいえ、俊彦や良太と同様に顔立ちが整っている朔斗。
彼らは全員が全員黒髪黒目。
朔斗に意識を向けられたオーガエンペラーの死体が鈍い光を放つ。
光が出現してから一秒も経たないうちに、その場には魔石がひとつ、オーガエンペラーの角が三本、大きな肉塊が数個、さらに太くて丈夫そうな骨がいくつかに、色々な使用用途がある目玉が現れた。
それらの素材に足を向け、二十メートルほど歩いた朔斗はオーガエンペラーから取れた素材を回収するべくスキルを使用。
すると、そこにあった物はすべて彼の目の前から消え去り、残っていたのはまき散らされた血が染みになった跡のみ。
オーガエンペラーが使用していた武器も当然その場には無くなっている。
それを確認した朔斗は自身も俊彦たちを追いかけて奥の扉へと足を進めた。
扉を開いて奥の部屋へたどり着いた彼らの視界に映るのは報酬箱。
心を躍らせた俊彦、良太、恵子、瑞穂。
彼らを代表した俊彦が報酬箱を開ける。
その中身を見た彼はひときわ大きな声を上げた。
「よっしゃあああ!」
大袈裟に見えるガッツポーズをした俊彦同様、他の三人も箱の中を覗き込む。
数歩後ろからそんな彼らを見ていた朔斗の声が無意識に漏れる。
「――まさか」
しかし、その声は彼の前にいる四人の歓声によって誰も聞き取れない。
そんな朔斗の様子に気づかない俊彦が喜びを隠さずに叫ぶ。
「上級のアイテムボックスゲットだぜ! 俺たち運が良すぎだろ!」
俊彦が喜ぶのも無理はない。
アイテムボックスとは大変貴重な物であり、その入手方法はダンジョンをクリアしたときに開かれる部屋に設置された報酬箱からのみとなっており、しかもその確率はとても低い。
一般的に知られている知識として、報酬箱の中にアイテムボックスが入っている確率は十万分の一以下と言われている。
アイテムボックスの外観は正方形。
一辺が二センチしかなく、手のひらに収まるサイズであるにもかかわらず、その中に入れれる物品の量はとても多い。
アイテムボックスに収納できるスペースは等級ごとに定まっていて、上級のアイテムボックスであればその量は二階建ての建物に匹敵するほどだ。
人間の目で視認できる大きさの生物を収納することはできないが、アイテムボックスの中では時間が停止しているので、食料や敵を倒して手に入れた生ものや、温度に気をつけなければいけない物を運ぶ際には特に重宝される。
また、アイテムボックスと同じように多くの荷物を収納できるアイテムケースという物も存在していて、それは縦幅五十センチ、横幅三十センチ、高さ二十センチとやや大きいので携帯に若干不便だ。
そしてなによりもアイテムケースの中では時間が普通に経過するため、アイテムボックスの劣化版だ。
とはいえ、利便性は優れていることもあり、アイテムケースを使用している者は多いし、アイテムボックスとアイテムケースの両方を持ち歩き、用途によって使い分けている者もいる。
現在の地球には世界各地にダンジョンが存在していて、それぞれに等級があるのだが、低確率で報酬箱に入っているアイテムボックスの等級はダンジョンの等級と同一。
喜びに沸き立つ四人に怪訝な視線を投げる朔斗は内心思う。
(上級のアイテムボックスは確かに超高級品だし、あれを売って手に入った金を四等分したとしても相当な収益が見込める。だけどここは上級ダンジョンだから、仮にアイテムボックスが出なかった場合でもそれ相応の何かが入っていたはず。もちろん当たり外れはあるし、アイテムボックスより高い物はアレくらいしかないだろうけど……それにしても喜びすぎじゃ? そもそも俺がいる以上、このパーティーにアイテムボックスは無くても問題はない)
この場にいるのは五人であるにもかかわらず、朔斗が内心で四等分と考えていることには訳がある。
朔斗は彼ら四人とは長い付き合いであるのだが、彼らとパーティーを組んでダンジョンを攻略するに当たって特殊な約束事をしているため、今回出たアイテムボックスの権利を朔斗は有していないのだ。
(俊彦と良太が特に喜んでいて、他の二人はそれなりってところか。うーん、何かが引っ掛かる)
最近はどんな物よりもアイテムボックスが欲しかった俊彦が振り返り、眉をひそめる朔斗に対して口を開く。
「朔斗、おつかれさん」
「ん? ああ、おつかれ」
「実はな、朔斗に話があるんだ」
「なんだ? ここを出てからじゃダメなのか?」
そう言った朔斗は視線を一瞬動かす。
その先にあるのは幾何学模様の魔法陣。
ダンジョンをクリアしてから入場できるようになる報酬箱がある部屋、そこに必ず設置されている魔法陣を使用してダンジョンから脱出できる。
何か話をするにしても、もう敵が出ないとはいえこんな所で話さないでどこか落ち着く場所で話せばいいと朔斗は思う。
朔斗は視線をさらに動かす。
魔法陣から良太、恵子、瑞穂へと移したあと、最後に俊彦に戻す。
俊彦と良太は含み笑いをしていて、正直なところ朔斗の癇に障る。
恵子は俊彦が何を言いたいのかわかっていないのか、何も考えていなさそうな表情で首を傾げており、瑞穂は目を見開いていた。
(うーん、俊彦が言いたいことは良太も知っていて、恵子は心当たりがなさそうか? 瑞穂は何か知っていそうで驚いているってところか)
そんな分析をしていた朔斗に向かって再び口を開く俊彦。
「いや、アイテムボックスを入手した記念に、ここで俺たちの関係も終わらせよう。俺たちのパーティーを抜けてくれ」
それは朔斗にとって、あまりに理解不能な言葉。
もしかしたら自分の聞き間違いか? と一瞬考えた朔斗だったが、それはないと思い直す。
なぜなら今は全員が全員ただ立っているだけのため、現在ここは物音ひとつしていない空間。
そんな中で耳に入ってきた俊彦からの言葉を聞き間違えるはずもない。
俊彦が言い放った言葉は、この場を沈黙に支配させるに値するものだった。
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