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15:卒業

 俊彦が率いる<ブレイバーズ>の面々が二度目の上級ダンジョンに入った日、恵梨香が通う中学校の卒業式が行われていた。

 外はまだ若干の肌寒さを残しているが、卒業式の会場となっている体育館は心地良く、数人の在校生がうつらうつらと舟を漕ぐ。

 さすがに卒業生は誰ひとりとして居眠りをする者はなく、ほとんどの者が顔を上げて演説中の校長先生の話に耳を傾ける中、顔を伏せて今までの学生時代を思い出して頬を濡らす生徒もいた。

 壇上では髪に白髪が混じり、穏やかな表情をした校長が話を続けていた。


「――――というわけで、私はあなたたち卒業生が、未来に向かって羽ばたいていくことを願っています」


 そこまで言った校長は卒業生らに対し、端から端まで視線を走らせた後、お辞儀をして席へと戻っていく。

 そのあとは卒業生代表からの挨拶やWEO東京第三支部の支部長、そして東京を代表する複数の企業や研究所からのお祝い言葉などが続いていった。


 この式で義務教育の区切りをつけた少年少女。

 こうして彼ら、彼女らは晴れやかな表情で決意も新たに、これからの人生を歩んでいく。


 卒業式が終わり、複数のクラス毎に担任の先生や同級生と、最後の挨拶を終わらせた恵梨香。

 彼女は自分の卒業式に来てくれた義兄に会うため、急いで学校を出てそのまま校門のほうへ向かう。

 父兄も参加できる形式だった卒業式に出席したあと、外で待っていた朔斗の視界に、自分の下へと駆けて来る大切な義妹の姿が映る。

 右手を上げた彼が口を開く。


「おー、きたな」

「お待たせ!」


 ぎゅーっと自分の身体を押し付けるようにして、恵梨香が朔斗と腕を組む。 

 またかと考えた彼だったが、いくら言ってもこうやって腕を取ってくるのを直さないため、突っ込むのを堪えて言う。


「卒業おめでとう」

「ありがと。今日は来てくれて嬉しい」

「ふたりきりの兄妹だしな」

「むぅ」

「ん? 不満か?」

「そうじゃないけどぉー。もちろんさく兄のことはお兄ちゃんだと感じてるよ? でもそれと同時に血の繋がりがない男女でもあるでしょ?」

「またそういうことを言う……」


 朔斗は甘えつつ拗ねている恵梨香の頭を撫でる。

 それを受け入れ、彼女は目を細める。

 数秒後、「さてと」と朔斗が口にし、続けて言う。


「これからWEOに行かなきゃな」

「うん!」

「忘れるはずもないけど、きちんと卒業証明書を貰ってきたか?」

「あるよー。探索者登録には必要だからね」

「オッケー、なら行くとしよう」


 中学校時代、同級生や下級生の少年らから数回の告白を受けても、バッサリと拒否していた恵梨香。

 そんな彼女が男性に蕩けるような笑顔を見せていることに、朔斗や恵梨香の周囲にいた生徒が目にし、驚いている。

 恵梨香にも仲の良い友達はいたが、彼女の心の中心にいるのは常に朔斗だったため、親友とまで呼べる友人はいない。

 彼女は一瞬だけ校舎に振り返った後、義兄とともに歩き始めたのだった。


 住宅街を抜け、商業関係の店舗が多い地区までやってきた兄妹は、雑談をしながらWEO東京第三支部へとたどり着く。

 時間はちょうど昼時、近くにある食堂だったり、ファーストフード店だったりコンビニだったりへ、多くの人が入っていくのを横目に見ながら、朔斗が恵梨香に言う。


「予約しておいたレストランに遅れないように、さっさと探索者登録をしちゃわないとな」

「うん」


 自動ドアを通り少し歩き、朔斗たちは立ち止まる。

 右手方向を顎で指し示した彼が口を開く。


「俺はあっちで色々見ておくから、恵梨香は登録して来てくれ。終わったら俺のほうへ」

「わかったー。もし場所がわからなかったらスマホを鳴らすね」

「ああ。あ、大丈夫だと思うけど、恵梨香もマナーモードにしておくのを忘れないようにな」

「おっけー! じゃあ行ってくるね」


 多くの人が見惚れるような笑顔を浮かべた彼女は、組んでいた朔斗の腕を離し、女性が受付をしているカウンターへと向かっていく。

 その様子を途中まで見ていた朔斗は、多くのパソコンが設置されているスペースに足を動かす。


(どこかのダンジョンの情報でも見て時間を潰すか?)


 彼は空いている席へ座り、すでに起動されていたパソコンの操作を始める。

 パーティーを追放されたあとソロで挑戦したダンジョンは、最下級が一回に下級が二回。

 下級ダンジョンを問題なくクリアできた彼だったが、恵梨香と一緒に行く最初のダンジョンをどの等級にすればいいのか思案していた。


(やっぱり最初は慣らすために最下級がいいか? だけど、余裕すぎるんだよなぁ。恵梨香を鍛えるにしても、あいつは戦闘系ジョブじゃないし……自衛のための武術を中学校である程度学んでいるとはいえ、モンスターと戦うのは初めてだ)


 朔斗は最下級であれば油断をしないという前提ではあるが、魔石だけを残して解体するようなスキルの使い方をしなくても、すでに傷ひとつ負わず踏破できる。

 敵を倒すための手段はスキル【解体EX】。

 もともと使い慣れていた【解体】が【解体EX】に進化したので、使い勝手は基本的に変わらない。

 変化したのは相手が生きているかどうかと、敵が襲ってくる状況でスキルを使うため、自衛しつつその能力をいかに効率的に、どの敵からどのように倒すかという点だろう。


 そういう面を考えて朔斗が決めたこと。

 それは敵の強さやその個体数によって、まずは危険度を格付けして区分区分で、残す素材を予め決定しておくという方法。

 モンスターの種類によって、目玉だったり内臓だったり血だったりも高く売れることがあるため、すべてのパターンに当てはめられるわけではないが、それでも効率よく【解体EX】を使用できるようになってきていた。


(あいつはいきなり中級から行きたいって言っているが……さすがにそれは危険だ。まあ俺がぱぱっと全部倒せば危険度は相当下がる。しかし、それもそれでどうなんだろうと思わなくもない。ってか、そもそもの話、あいつは戦闘要員じゃないしなぁ。無理をするかどうかは結局俺次第か)


 今脳内を巡っていたことはここで考えるべきではなく、あとで恵梨香と一緒にもっと話し合おうと決めた朔斗が、モニターから逸れていた視線を元に戻す。

 そして右上のバナーに目を留めた。


「これは……」


 思わず呟いた朔斗だったが、しっかりと見据えた先に目立つようにあったのは――


『現在キャンペーン中! 特殊探索者の雇い主を募集中です!』


(キャンペーン? そういえばこの前、ネットの動画でコマーシャルを見たっけ。内容まで覚えていないが……)


 すごく気になったわけではないが、なんとなく暇つぶしも兼ねて、朔斗はそのバナーに向かって指を伸ばす。

 タッチパネル式のモニターが画面を切り替えるのは一瞬。

 朔斗は画面に注目し、表示された文字を読んでいく。


『特殊探索者キャンペーン!』


 特殊探索者の制度が始まったのは今から八十年前。

 制定当初からさまざまな施策を繰り返し、数年単位で規約が更新されています。

 モンスターへ直接的にダメージを与えられたり、メンバーを回復したりできるジョブ以外の人数の割合は増えていませんが、世界的に人口が増えるにしたがって、前者に比べるとジョブ発現率が高いサポーター系の人口が増えていて、これはWEOをはじめとしたさまざまな分野において、問題となってきています。

 WEO以外でも国家だったり企業だったりが、最近しているいろいろな試みがあります。


(うーん……デスクワークの場合だと、企業はサポーター系のジョブ持ちのほうを必要とする傾向は強い。そもそも今の時代においては、地表や地中や海中からの資源よりも、ダンジョン内から持ち帰ることが多いって言うよな。それはいくら資源を取っても尽きないというダンジョンの特殊性によるもので、そっちのほうが地球に優しいからだ)


 画面に集中して思案を続ける朔斗。


(そうはいっても現場の人間は必要だし、企業ともなれば入社させた人物を探索者として派遣したり、成功している探索者や見込みがある探索者をヘッドハンティングしていたりする。それに戦闘系のジョブ持ちの全員が全員、それを活かした仕事を選択するわけじゃない。って、この辺はどうでもいいか。今の俺には関係ない)


 逸れた思考を元に戻すためにも、朔斗はキャンペーンの内容に再び目を落とすのだった。

お読みいただきありがとうございます。

面白かった、続きが読みたいと思った方は、評価やブックマークをしていただけると執筆の励みになります。


よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] キーワードの掲示板とはこれ? 〉すごく気になったわけではないが、なんとなく暇つぶしも兼ねて、朔斗はそのバナーに向かって指を伸ばす。  タッチパネル式のモニターが画面を切り替えるのは一瞬。  …
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