【水晶龍は語る①】
ダンジリア近郊、星空の丘にて。
迷宮測量が早めに終わり、時間が余った俺は木の傍に寝転がり、ぼーっと空を眺めていた。
こうするのもなんだか久しぶりな気がするな……ニーナが居た時は来る暇なんてなかったから。
今頃あの子はどうしてるんだろう? 今日は休日だし、クロエと一緒に遊んでたりするのかな。
遊んでるというよりは……多分競い合ってるって言った方が正しいかもな。
そんなことを考えて、ふふっと笑って。のんびりとした時間を過ごしていた時の事だ。
大きな影が太陽を突然覆い隠した。
何事かと思ったら、それはすぐに通り過ぎ、辺りに響く鳴き声を一つ。
それはきらびやかな青い水晶を見に纏う、とあるドラゴンだった。
「……クィスルか?」
まさかこんなところを通るとは……彼も散歩中なのだろうか?
なんとなく気になった俺は立ち上がって、クィスルに向かっておーい! と叫び、手を大きく振った。
気付かないかもなと思ったが、彼は呼びかけに応えるかのように鳴き声を一つ。
くるくると旋回しながら地上へと降りて来たのだ。
しばらくすれば、ずしんとその身体が地面に着地。
俺の方へと向いて座り込み、穏やかな声で話し始めた。
「"アゥロー・ニールーン"……あの時以来だな、人間よ」
「やあクィスル、まさかここを通るなんて思わなかったよ」
「今日は良き"ウィルドゥ"……良き風が吹いていたのでな、少々散歩をしていたのだ」
クィスルはきょろりと辺りを見回し、フム、と一言言うと。
「"カルーン・リロゥ"……神の童、ニーナは居らぬのか」
「ああ、ちょっと色々あってな。説明するよ」
俺はそう疑問を浮かべるクィスルに、事の次第を全て説明した。
黄金の迷宮で起こったこと、ニーナが神の力を無くしたこと、そして彼女は今トランパルに居る事。
全てを話すのは実に長い時間が掛かったけれど、クィスルは何も言わずに俺の言葉へと耳を傾けていた。
そして全てを話し終わった後、クィスルはウウムと唸り、驚きを隠せない様子で語る。
「まさかあの小童の神がそのような行動に出たとは……しかし、よくぞ奴を封じてくれた。我からも礼を言わせて欲しい。感謝するぞ、"ニールーン"」
ツァルの裏切りと暴走を止めたことに、頭を下げて礼を言うクィスル。
だがその声は、少しだけ物悲しいもので。
「ああしかし……我が内通に気付いていれば、ニエレア様は亡くならずに済んだのやもしれぬ」
クィスルは目を瞑り、至極残念そうにそう呟いていた。
そういえば、俺はカルーンが"クィスルは元々エルピス側の者だった"と言っていたのを思い出す。
よくよく考えれば、俺はクィスルやカルーンの関係をよく知らない。
彼がどうしてエルピスに加担したのか、そして離反したのか……少しだけ興味が出て来た。
「クィスル、もし良ければなんだが……話してもらってもいいか? 過去に何があったのか」
「……ウム、良かろう。長い話になるが」
「ありがとうクィスル」
俺はその場に座り込み、彼の話に耳を傾ける。
クィスルは俺を見ながら、ゆっくりと語り始めた。
「あれは……そう、原初の時代。カルーンを始めとする大五神がパンドラの箱庭に封じ込められて、間もない頃の話だ」
クィスルはふと空を見上げ、懐かしむかのように言葉を紡ぐ。
「我々の種族が人間と同じく"魔物"としてこの地に放り込まれた頃……我は生誕した──」
──これは龍の生き残りが語る、エルドラドが栄華を誇った時代の物語。
歴史の観測者が語る、神々の時代の始まりと終わりの、その全て。──